第156話 約束は守ってる?
一週間前、ホーズワース公爵に突然の来客があった。
身なりは立派だが、怪しい雰囲気を持つ男。
その男は、濁った目を特徴としていたらしい。
(濁った目…………俺も憶えがあるな。)
ラグリフォート領に帰省していた時に出くわした、コルティス商会の荷馬車を襲っていた賊に、そんな男がいたことを思い出す。
剣の腕が立ち、その後すぐにあの腕が化ける女に襲撃され、逃げられてしまった。
捕えた賊の証言で、その男が“
犯罪組織“
ならず者同士、利用し合っているような関係のようだ。
ヨウシアから聞いた話では、元々“蛇蠍”自体がそんな感じのようだが。
(けど、俺もあんまり特徴は憶えてないんだよなあ。)
もう一度見れば、「あ、こいつだ」と判別はできると思う。
だが、似顔絵を描こうとしても、そこまではしっかりと憶えてはいなかった。
バリキュロの話だけでは、ラグリフォート領で見た男と、公爵を尋ねてきた男が、同一人物だという確証を得ることはできない。
「……………………。」
その時、クロエがぼそぼそ……と耳元で囁いた。
エウリアスが怪訝そうに眉を寄せるのを見て、ルクセンティアが首を傾げる。
「どうかされましたか、ユーリ様?」
「いや、ちょっと……。」
バリキュロがいるため、ここでルクセンティアにクロエのことを話すことができない。
エウリアスは、にこっとバリキュロに微笑んだ。
「教えてくれてありがとう。」
エウリアスは丁寧にお礼を伝えた。
バリキュロの立場では、本来こうした情報を漏らすのは許されることではない。
それでも話してくれたのは、きっとルクセンティアの必死さに打たれてだろう。
「いい執事だね。」
エウリアスがそう言うと、ルクセンティアが笑顔になる。
「はい。私が小さい頃から仕えてくれてます。いつも、とてもよくしてくれますよ。」
「おかげで、胃薬が手放せませんが……。」
「ちょっと、バリキュロ!?」
苦労を偲ばせる表情で、バリキュロが胃の辺りを摩った。
(苦労してるんだね……。)
自分のことは棚に上げ、バリキュロのこれまでの苦労にエウリアスは涙した。
ほろり……と零れる涙をハンカチで拭う。
ポーツスあたりがバリキュロの話を聞けば、きっと心から共感することだろう。
(ま、それはいいや。)
ポケットにハンカチを仕舞う。
「公爵は今どちらに?」
「私室の方にいらっしゃいますが……。」
「ティア、案内して。」
公爵に会いに行くと言うエウリアスに、バリキュロが慌てる。
「申し訳ございませんが、それは無理です。誰も通すなとおっしゃっていたようですから。」
公爵は屋敷に戻るなり、私室に籠っているらしい。
誰も通すな、と厳命して。
エウリアスは目を閉じ、溜息をついた。
公爵が今、どんな思いでいるのかは分からない。
それでも、時を置くほどに状況は悪化していく。
エウリアスとしては一刻も早く事情を把握し、ゲーアノルトを説得する材料を得なくてはならない。
公爵の行動が、
エウリアスは、決意を秘めた目でルクセンティアを見る。
「それでも、会わなくてはならないんだ。」
そう言うとエウリアスは
応接室から出て、待機していたタイストに長剣を渡す。
「預けておく。お前たちは待機だ。」
エウリアスがそう言うと、タイストががっくりと肩を落とした。
「もう、私には何がなんだか……。」
そんなことを言いつつ、長剣を受け取る。
ぶんぶん振り回され、さすがのタイストも気が滅入っているらしい。
ロクでもない状況なのは分かっているが、エウリアスが何をしているか分からず、ただ振り回されているだけ。
確かにタイストの立場では、落ち着かないだろう。
「ティアも、頼む。」
エウリアスが言うと、ルクセンティアが頷く。
そうして、同じようにホーズワース家の護衛騎士に待機を命じた。
「貴方たちも、ここで待機していなさい。」
「ルクセンティアお嬢様、なりません!」
さすがに、これに騎士たちは反発した。
だが、ルクセンティアも戯れや冗談で言っているのではない。
これまでに見たこともないほどの真剣さで、もう一度命じる。
「待機です。屋敷の外に行くわけではありません。お父様に会いに行くだけです。」
そうして、歩き出した。
エウリアスは、そんなルクセンティアの後をついていく。
「悪いね。無理を言って。」
「いえ……巻き込んでしまっているのは、むしろこちらです。申し訳ありません、ユーリ様。」
謝罪するルクセンティアに、エウリアスは横に並んで笑いかける。
「いいさ。とにかく今は、公爵に会いに来たという男のことを教えてもらおう。」
「ええ……。」
頷くルクセンティアだが、さすがに困ったような表情だ。
「ですが、普通に聞いても教えてもらえるとは思えません。どうすれば……。」
「大丈夫、いい方法があるよ。」
エウリアスは、自信ありげに口の端を上げた。
「――――クロエに。」
最後に付け足すと、ルクセンティアが転びそうになった。
慌ててルクセンティアを支える。
「あの……ユーリ様? それは、どういう……?」
「俺にも分からない。けど、さっき言ってきたんだよ。」
応接室で話をしていた時、クロエが声をかけてきたのだ。
『
具体的なことは分からないが、とにかく公爵に会いに行けと急かされ、物は試しと向かうことにした。
だめで元々。
その時はその時で、別の手を考えるだけだ。
そうして廊下を進み、もうすぐ公爵の私室という所まで来た。
当然ながら部屋の前には護衛騎士が二人付き、警護をしていた。
「こんな所で立ち止まるでない。さっさと行くがええ。」
「あのな、あの護衛を何とかしないと入れるわけないだろ?」
このまま突き進めと言うクロエに、反論する。
「そんなことは分かっておるのじゃ。妾に任せるのじゃろ? さっさと行かんか。」
エウリアスとルクセンティアは、互いに顔を見合わせる。
「あの、クロエ様? それはどういうことでしょうか?」
「まったく、面倒じゃのぉ。妾が行けと言うておる。さっさと行くのじゃ。」
「おわっとぉ!?」
ぐいっと変な力に引っ張られ、エウリアスは転ばないように廊下を走った。
「ユ、ユーリ様!?」
いきなり走り出したエウリアスを追って、ルクセンティアも慌ててついてくる。
「よっ、とっ、はっ。」
引っ張る力が無くなり、エウリアスは何とか体勢を整える。
しかし、すでにそこは公爵の私室の目の前だった。
二人の護衛騎士は、エウリアスのことに気づいていないかのように、ただ立っているだけ。
立ったまま寝てるのか?
「……………………どゆこと?」
思わず、そんなことを呟く。
「認識を歪めておるだけじゃ。今の
エウリアスが初めて黒水晶を手にした時、それを忘れていたように。
この護衛騎士たちの認識を歪め、エウリアスとルクセンティアのことを認識しないようにしているらしい。
「お前、あの力は――――!」
「
「………………。」
そうだったか……?
あの時はエウリアスも本当に怒っていて、細かな言い回しまでは憶えていなかった。
認識を歪める力そのものを使うなという話ではなく、エウリアスにだけ使うことを禁止したんだっけ?
「あの……ユーリ様? 大丈夫ですか?」
ルクセンティアも追いつき、不思議そうに護衛騎士を見る。
こんなすぐ傍にいるのに、やはり気づいていない様子だった。
「とりあえず、これで入ることは可能か?」
若干釈然としない部分もあるが、今重要なことはそこじゃない。
「ルクセンティア。行くよ。」
「は、はい。」
エウリアスとルクセンティアは頷き合う。
そうしてエウリアスは、ホーズワース公爵から話を聞くため、そのドアに手を伸ばすのだった。
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