第142話 王都の我が家




 冬休みも、残すところ数日。

 エウリアスは王都へ向かう荷馬車に乗り、


「おっほっほっほぉ~。うっはぁ~。」


 手に持った木の板をうっとりと眺め、気色の悪い声を上げていた。


「くぅぅ~っ! 堪らん! まじで艶っつややね!」


 エウリアスは新たな艶出しの手法を教わり、その練習をしていた。


 ゲーアノルトの乗る貴族用の馬車ではなく、その後ろに続く荷馬車の方に乗り、荷台から足をぶらぶらさせる。

 そうして王都への道中を、ひたすら新手法の練習に費やし、木を磨き続けていた。


 板の表面にヤスリをかけ、タオルで磨く。

 オイルを使って更に磨き、別のオイルを使ってまた磨く。

 このオイルは、どこにでもある物だ。

 こんな物の組み合わせで、ここまで艶が出せるとは……!


「坊ちゃん、そろそろ王都が見えてきますよ。」


 荷馬車の後ろを歩く馬に乗ったタイストが、声をかけてくる。


「あ、もうそんな場所まで来てるの?」


 周囲の風景を見回し、現在位置を確認する。

 丘があるので見えないが、距離的にはもう視界に映っても不思議はない辺りだった。

 馬上のタイストには、もしかしたら見えているのかもしれない。


 エウリアスは道具を袋に仕舞い、磨いた木の板も片付ける。

 そうして、荷台から飛び降りた。


 長距離の移動なので、馬車の速さは徒歩と然程変わらない。

 小走りで、前の馬車に向かう。

 エウリアスに気づいたグランザが、ゲーアノルトの乗る客車をノックする。

 そうして、ドアを開けてくれた。


「ありがとう、グランザ。」


 グランザは頷き、エウリアスが乗り込むとドアを閉めた。

 客車に乗り込んできたエウリアスを見て、ゲーアノルトが呆れたような顔をする。


「少しは落ち着いておれんのか、エウリアス。」

「すみません……。」


 小言を頂戴し、軽く肩を竦める。


「もう、後期の社交は始まっているだろう。エウリアスもパーティーに連れて行く。礼儀作法をしっかり復習しておきなさい。」

「分かりました。」


 エウリアスは素直に頷いた。

 今さらと思わなくもないが、復習は大事だ。

 もっとも、エウリアスがパーティーで一番苦労しているのは、紹介された人物の顔と名前を憶えることだが。

 こればかりは、繰り返し顔を合わせ、憶えていくしかない。


 エウリアスは、窓から外を眺める。


(さて、メルにどうやって彫刻を渡そうかな。)


 梱包している木箱は、結構大きい。

 安全に届けるには、できればこのまま渡す方がいいだろう。

 だが、かなりの大きさがあるので、学院で手渡すというわけにもいかない。


 中身を取り出せば、大きさはそこまでではないが、破損のリスクが高まる。

 何より、この彫刻を他人に見られることは避けなくてはならない。

 特に、ルクセンティアには。


(素晴らしい作品ではあるが、学院に持って行くにはエロ過ぎ……少々あでやか過ぎるよな。)


 まるでご禁制の品の受け渡しのように、エウリアスは細心の注意を払い、依頼者トレーメルに届ける計画を考える。


 とはいえ、騎士学院が始まるまでは、エウリアスの方からコンタクトを取るのが難しい。

 ゲーアノルトに言えば王城に連絡をすることも可能だが、さすがにそれは気が引ける。


(学院が始まってから、本人トレーメルと相談すればいいか。)


 そう方針を定め、エウリアスは学院が始まるのが楽しみになるのだった。







■■■■■■







 先に別邸に向かい、ゲーアノルトが下りる。

 そこからエウリアスは、郊外にある屋敷に一人で向かった。

 まあ、車内が一人というだけで、馬車の周囲には騎士が二十人、兵士も二十人いる。


 多数の負傷者を出した怪物との戦闘により、エウリアスに同行する騎士や兵士は入れ替えがされていた。

 あの戦闘で負傷した者は、今も領地で療養している。

 そして、欠員をそのままにするわけにはいかないので、別の部隊から補充された。


 屋敷に着くとステインら使用人たちが出迎え、てきぱきと荷物を運び込む。


「その箱は殿下からの注文の品だから、特に慎重にな。俺の部屋に運んでおいてくれ。」

「かしこまりました。」


 別邸で荷馬車から載せ替えた木箱を指さし、ステインに指示する。

 非常用の食料などを積んでいた荷馬車は、別邸の物だ。

 そのため、エウリアスの乗る馬車に、載せ替えていた。


 屋敷を見上げ、エウリアスは大きく息を吸い込む。


「ここはここで、なんだか『帰ってきた』って気分になるな。」

「そう言っていただけるのが何よりです。」


 屋敷のエントランスに入りながら、付き従うステインとそんな話をする。

 ずっとラグリフォート領の屋敷を恋しく思っていたが、すでに王都の屋敷もエウリアスにとって、我が家になっていた。

 母や弟のいない屋敷に、安堵する自分がいる。


(よくないな……。家族を、そんな風に思うなんて。)


 少しの罪悪感を感じつつ、それでも心に乗せられた重い蓋が取り除かれたような、軽やかさも感じてしまう。


「変わったことはなかったか?」

「変わったことではありませんが、トレーメル殿下からお手紙をお預かりしています。」

「手紙? メルから? いつ届いたの?」

「つい先日。二~三日にさんにち前でしょうか。」


 セリオからも手紙を渡されたが、タイミング的には、その後に書かれた物ということだろう。

 セリオから、領地でのエウリアスの様子を聞き、書いたのかもしれない。


「私の方で預かっておりますので、部屋にお持ちします」

「分かった。すぐ持ってきてくれ。」


 ステインが手紙を取りに行くと、エウリアスはタイストを伴い部屋に向かう。

 ソファーに座ると、ひと心地ついた。


「あー……、前は落ち着かないとか思ったけど。いいなあ、ここ。」


 ソファーの上で手足を伸ばし、すっかり慣れてしまった自分がいる。

 広すぎると思っていた部屋だが、今ではラグリフォート領の部屋の方が、狭く感じてしまうくらいだ。


「タイストたちも疲れてるだろ。今日はゆっくり休んでいいぞ。」

「お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫です。私はこの後、不在中の報告を受けるのに、少し外させてもらいます。」

「ああ、分かった。」


 そんな話をしていると、ステインが部屋にやって来た。

 エウリアスは手紙を受け取ると、早速目を通す。


 そこには、セリオから話を聞き安心したこと。

 そして、王都に戻り時間があるようなら、学院が始まる前に会おうと書かれていた。


(随分と心配かけちゃったみたいだな。)


 手紙をテーブルに置き、女中メイドに視線を向ける。


「インクとペンを。」

「はい。」


 メイドが、エウリアスの執務机の机に置かれたインク瓶と羽根ペンを持ってきてくれる。


「今から書く手紙を、メル……トレーメル殿下に渡して。門番には話が通ってるらしいから。」

「かしこまりました。」


 エウリアスの指示に、ステインが一礼する。


 エウリアスは、王都に戻ったこと、明日の予定が空いていることを書き、注文されていた彫刻を持ってきたことも書く。

 かなり箱が大きいので、できれば学院ではなく、屋敷に来てくれると有難いとも書いておく。

 本当は届けたいところだが、さすがにエウリアスではトレーメルの部屋に行く許可が下りない。

 そのため、遊びに来てくれれば、その時に彫刻を渡すよ、と書いた。


「じゃあ、これを。」

「すぐに届けてきます。そのまま別邸の方に就こうと思いますが、よろしいですか?」

「分かった。気をつけて行ってくれ。」


 ステインが王城まで手紙を届けに行き、そのまま別邸に向かうという。

 ゲーアノルトがいる間は、ステインは別邸の管理を中心に行うことになる。


 部屋を出るステインを見送り、エウリアスはソファーに背中を預けた。


(メルに会うのも一カ月半ぶりかあ。)


 そんなことを思いながら、エウリアスはメイドの淹れてくれたお茶を飲み、リラックスした時間を過ごすのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る