第136話 重要な試作品?
エウリアスは、無事だった騎士に警備隊の詰所まで行ってもらい、状況の説明と応援、各方面への連絡を頼んだ。
そうして、負傷した騎士と兵士を、応急的に処置する。
重傷者四名、軽傷者が七名。
そして、死亡者が一名。
「キーガー。今までありがとう。俺が不甲斐ないばかりに……すまない。」
エウリアスは、
そんなエウリアスの後ろに立ち、グランザが首を振る。
「そんなことありません。ユーリ坊ちゃんは一矢報いてくれました。」
あんな怪物を相手に、立ち向かっていける者がどれだけいるのか。
貴族家の当主であっても、戦う覚悟を持っている者は少ない。
簡単に家臣に命じるが、自分が戦場に立つ覚悟を持っているとは思えない当主も多いと、グランザは聞いていた。
「……せめて、あいつを倒してさえいればな。仇は取ったぞって言ってやれたんだけど。」
「それは……。」
とはいえ、さすがにあんな怪物がいるとは夢にも思わなかった。
エウリアスは立ち上がると、胸に手を当てる。
そうして、軽く頭を下げた。
「今はまだ、力が足りなかった。及ばなかった。」
どう自分に言い訳しても、拭えない後悔の念がある。
エウリアスは唇を引き結び、真っ直ぐに亡骸を見つめる。
その目に、力を宿す。
「だけど、誓おう。必ずや、この仇は取ってみせる。絶対に。」
「坊ちゃん……。」
「家族のことは心配しないでくれ。お前の忠義に、背くような真似はしない。」
そうして、目を閉じる。
笑いあった日のことが、脳裏に浮かぶ。
「だから、キーガー。…………安心して眠ってくれ。」
エウリアスの言葉に、グランザは息を詰まらせた。
「……坊ちゃん、ありがとうございます。」
エウリアスは振り返ると、お礼を言うグランザの腕をポンと叩いた。
「さあ、やることがいっぱいあるぞ。グランザも、怪我しているところすまないが協力してくれ。」
「当たり前でさぁ。こんなかすり傷、気にしないでください。」
そう言って力強く胸を叩くが、「ぐ……」と息を詰まらせ、苦し気に顔をしかめた。
動ける騎士や兵士に指示を出した後、エウリアスは荷馬車の男たちに話を聞きに行った。
「この荷馬車はコルティス商会だったのか!?」
御者をしていた男から話を聞き、エウリアスは驚きに声を上げてしまう。
「は、はい……。私は、会頭をしているメンデルトの弟で、ホセと言います。この度は、助けていただいて本当にありがとうございました。」
そう言って、御者をしていた男が深々と頭を下げた。
メンデルトの弟ということは、イレーネの叔父か。
「じゃあ、積んでいた荷物は?」
「家具造りに必要な装飾、釘や蝶番など、金属部品が主です。他にも、細々といろいろありますが……。」
「それで大量の釘があったのか。」
街道に散らばった物で、厄介なのが釘だった。
これがあるから、このままでは通行が非常に危険なのだ。
ホセが、恐るおそる尋ねる。
「あの……皆様は、一体? 領主軍の方……ではないのですか?」
騎士や兵士がいるので、ホセには領主軍の一団に見えたのだろう。
ただ、明らかに若いエウリアスがいるため、それも自信がないといった感じか。
エウリアスの後ろに控えていたタイストが、コホンと軽く咳払いをする。
「こちらはラグリフォート伯爵家の嫡男、エウリアス様だ。ついでに言えば、コルティス商会の危機に、伯爵との橋渡しをしたのがこちらのエウリアス様です。」
「えっ!? あの、エウリアス様!?」
ホセは、どうやらメンデルトから話を聞いていたようで、その場で平伏した。
「ももも、申し訳ございませんでした! このようなことに巻き込んでしまい――――!」
「気にするな。巻き込んだというか、目の前で襲われている馬車があれば、助けるのは当然だ。」
少々厄介な相手ではあったが、賊を撃退することはできたのだ。
負傷者を出しつつも。
問題は、その後だった。
「お前たちは、あの女に見覚えはあるか?」
「い、いえ……申し訳ございません。」
やはり、ホセもあの女のことは分からないらしい。
「あの……。」
そこで、ホセが何かを言い難そうに、声をかけてくる。
「どうした?」
「その……荷物のことなのですが。」
そう言われ、エウリアスは振り返る。
馬車ごと砕け散り、中身が街道いっぱいにぶちまけられている。
「うーん……もうすぐ領主軍の応援が来るから、片付けるついでに回収はさせるつもりだけど……。ちょっとどういう扱いになるか、俺では判断がつかないな。」
さすがにすべて破棄されるとは思わないが、壊れたり汚れたりで、使えない物もあるかもしれない。
「いえ、そうではなくてですね。」
ホセはそう言うと、声を落とす。
「その……非常に重要な試作品を積んでいたのです。伯爵にお見せするための……。」
「試作品? 何の?」
「そ、それは……。」
ホセは、エウリアスに伝えていいものかどうか、悩んでいるようだった。
「すみませんが、探す許可をいただけませんか?」
「まあ、それはいいけど……。」
結局ホセは、何の説明もせず試作品を探す許可を求めた。
「でも、下手したら壊れちゃってるんじゃない?」
「その可能性はありますが、一応頑丈な金庫に入れ、壊れないように梱包もしていますので。」
わざわざ金庫に仕舞い、その試作品は綿や布で保護しているらしい。
絶対に無事に届けるため、念には念を入れていたようだ。
「どのくらいの金庫だ? そんなに大きな物は無さそうに見えるけど。」
「手で持ち運べるサイズの金庫です。持ち運べますが、番号と鍵が無いと開けるのは難しいでしょう。絶対に壊れないというわけではありませんが。」
それは、コルティス商会の技術の粋を集めた、超頑丈な金庫らしい。
そこまで厳重にして、ゲーアノルトに届ける試作品。
きっと、ラグリフォート領にとっても重要な物なのだろう。
「分かった。俺も探すよ。」
「い、いえ、それには及びません! 助けていただいただけでも有難いのに!」
「いいんだよ。重要な物なんだろう? ってことは、俺にも重要な物ってことさ。」
「…………すみません。ありがとうございます。」
そうして、エウリアスはタイストやグランザにも声をかけて、その金庫を探した。
ホセも、荷馬車の護衛たちに声をかけ、総出で探すことになった。
三十分ほど、街道脇の草叢も探す。
警備隊の応援が到着する頃に、ようやくその金庫を見つけた。
グランザが、見つけた金庫をホセに手渡す。
「ほら、これじゃないのか?」
「はい、これです! ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
何度も頭を下げ、ホセがお礼を言う。
「ふぅ……見つかってよかった。」
エウリアスはそう呟くと、到着したばかりの警備隊に、街道の整備を指示しに行くのだった。
■■■■■■
「くそっくそっくそっ、三千万がパァだっ!」
馬を使い、何とか逃亡に成功した“
森の奥に逃げ込み、念のため南下し、ラグリフォート領から離れた。
追っ手が懸かるにしても、これでしばらくは時間が稼げるはずだ。
馬を下り、スワンプは木の幹を殴りつける。
そんなスワンプを、手下の男は恐々とした様子で見ていた。
「どうしますか……ボス。」
「知るかよっ! くそっ、くそっ!」
この仕事が上手くいけば、あとは春まで遊んでいられると思ったのに。
とんだ目に遭ってしまった。
「……随分とはしゃいじゃって。楽しそうね。」
そこに、一人の女の声が耳に届く。
「誰だっ!?」
スワンプが咄嗟に振り返り、誰何する。
しかし、その時には、すでにスワンプはナイフを投げていた。
スワンプの投げたナイフは、女の目を正確に射貫く――――。
パシッ!
しかし、そのナイフを女が掴んだ。
二本の指で挟むようにして。
「なっ――――!?」
女の目を射貫いたはずのナイフが、ぎりぎりで止められていた。
女の口の端が上がる。
「いきなりご挨拶じゃない?」
そう言った女の姿は、異様だった。
顔や衣服を真っ赤に染め、にやりと嗤う。
「なんっ……何なんだ、てめえ……っ!」
手下は、得体の知れない女に怒鳴り声を上げた。
だが、女は手下には目もくれす、ただスワンプだけを見る。
「フフ……なかなか
女が長い黒髪を掻き上げ、鼻で嗤う。
「でも……
心底がっかりしたように、肩を竦め、首を振る。
「何わけの分かんねえこと言ってん――――ゴボッ!?」
女に手を伸ばそうとした手下が、逆に身体の向きを変えられ、後ろから首を握られていた。
「ぎぎゃああぁぁあああ……っ!?」
ミシミシと音を立て、手下が片手で持ち上げられる。
スワンプの投げたナイフで、女が手下の腿を刺した。
「ぐああああああぁぁぁあああああああああっっっ!?」
あまりの痛みに、手下が悲鳴を上げる。
それを見て恍惚とする女に、さすがのスワンプも呆気に取られた。
「フフフ……
ゴキンッ!
手下の首が折れ、だらんと力が抜ける。
女が無造作に投げ、
「ご馳走様。」
女が、ペロリと唇を舐める。
あまりにもあり得ない事態に、スワンプの頭が急速に冷え始める。
先程までの怒りなどは綺麗さっぱり霧散し、今は目の前の女をただただ見ていた。
正直に言えば「あ、死んだなこりゃ……」というのが、スワンプの感想だ。
圧倒的な強者。
それは、捕食者と被捕食者の差。
スワンプは女を一目見て、自分が
これまで、ひどいことも沢山やってきた。
殺してきた人数だって、いちいち数えてなどいられない。
散々やってきたことだ。
今さら自分の死に、大して思うことなどない。
(ああ……俺の番がやってきたか。)
そんなことを思っていた。
だが、女は薄ら笑いを浮かべるだけで、動かなかった。
「…………
そんなことを聞きながら、スワンプは女の隙を探る。
敵わないとは思うが、自分から首を差し出すような殊勝な生き方はしていない。
どうすれば生き残れるかを、冷えた頭で考え始めていた。
懐や腰に着けたナイフを意識するが、今は僅かにでも動けない。
残念ながら、女は強すぎた。
不用意に動けば、次の瞬間にはスワンプも手下のように、森に捨てられたゴミに変わっているだろう。
「貴方こそ、逃げないのかしら?」
「逃がしてくれるのか?」
「どうかしらね。フフ……試してみる?」
「ちっ……。」
女の意図が読めず、スワンプが舌打ちをした。
この、手のひらで
久しく忘れていた感覚だった。
スワンプの目をじっと見ていた女が、ますます口の端を上げた。
「悪くない。どうやら、
「……あ?」
女の言うことが分からず、スワンプが怪訝そうな顔になる。
「ミレイ・ナバール。」
女が呟いたその名前に、スワンプの目がすっと冷えた。
「……おい。」
スワンプの低く抑えられた声に、殺気が乗る。
女はその殺気を感じ取っても、笑っていた。
「貴方を探していたの。…………ちょっと余計な寄り道をしちゃったけど。」
女が腕を組み、リラックスした姿勢で話を続ける。
「いい仕事があるの。」
スワンプの殺気を正面から受け止めながら、女が仕事を持ちかけた。
「貴方にしかできない仕事よ、
スワンプの目に、ますます殺気が宿る。
「聞かせてもらおうかっ……! だがな、二度とその名で呼ぶんじゃねえ……!」
スワンプは歯を喰いしばり、絞り出すように言った。
そんなことを少しも気にせず、女が微笑む。
「フフ……分かったわ。私はエラフスよ。よろしくね。」
そうして、スワンプは目の前の女を殺してやりたい衝動を堪えながら、仕事の詳細を聞くのだった。
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