第134話 それぞれの役目
長い黒髪を振り乱し、女の姿をした怪物が暴れていた。
人の物ではない左腕を振るい、兵士の一人が吹き飛ぶ。
「ぐはあっ!?」
それでも、何とか
「もっと、もっと、もっとおっ! もっと私を楽しませなさいっ!」
女が、歓喜に震えるように叫ぶ。
その隙に、別の兵士が後ろから斬りかかった。
ザシュッ!
がら空きの背中に、剣が直撃する。
だが、女はゆっくりと振り返り、その兵士を左腕で殴り飛ばした。
その兵士は防御が間に合わず、地面を転がると、そのまま動かなくなった。
何とか女を囲うが、まともに動ける兵士はグランザを除いて四人。
二人は濁った目の男に斬られ、三人がこの怪物にやられていた。
騎士たちが、エウリアスの下に集まってくる。
エウリアスを護るため、エウリアスを逃がすためにだ。
そんな騎士たちに、エウリアスは命じる。
「お前たちは、俺が合図をしたら
「何をっ!?」
「エウリアス様!?」
エウリアスの命令に、騎士たちが戸惑う。
てっきりエウリアスに避難させると思っていた騎士たちが、タイストを見る。
タイストが苦し気に頷き、呻くように言う。
「坊ちゃんの命令だ。」
「……わ、分かりました。」
騎士たちが、覚悟を決めた顔で頷いた。
とはいえ、作戦が決められず、エウリアスも迷っていた。
無闇に攻撃をしても、あの怪物は倒せない。
これまでも兵士の攻撃で、僅かには傷をつけている。
だが、まともに効いているようにも見えなかった。
(……【
最初に首を刎ねようとしたが、落とすことができなかった。
だが、今のところまともにダメージを与えたのは、あの一撃のみ。
もう一度首に【偃月斬】を入れ、二発三発と、切断しきるまで叩き込む。
これが、今考えられる、もっとも有効な手段だろう。
(もっと距離を空ける必要があるか……?)
クロエに言えば、【偃月斬】の威力を上げることは可能だ。
ただし、そのためには距離が必要になる。
初撃は距離が近すぎたため、クロエも当てるだけで精一杯だったろう。
だが、十分に距離を空ければ、【偃月斬】の威力を上げられる。
五十メートルは距離を取り、威力を上げた【偃月斬】で攻撃。
上手くいけば、これなら一撃で首を落とせるかもしれない。
「……とでも思っておるのかもしれんがのぉ。それは止めておいた方がええの。」
エウリアスの考えていることに見当がつくのか、クロエが小声で止めた。
「何でだよ。他に手がないだろ。」
「動きが獣のようじゃ。あんなに動かれては、当てるのも大変じゃな。下手をすると、其方の家の者も巻き込みかねんの。」
女の動きが速く、また兵士たちが攻撃を仕掛けているため、上手く当てるのが難しいとクロエが言う。
タイミングを合わせ、【偃月斬】を放つ時に兵士を退かせても、女が兵士を追えば結果は同じようなものだ。
エウリアスが顔をしかめる。
「じゃあ、どうすれば……っ。」
「普通に斬ればよかろ?」
「普通にって…………まともにダメージが入ってないぞ?」
エウリアスは、相変わらず暴れまくる女に視線を向けた。
これまでも、兵士たちが何度となく女を斬っている。
複数で攻撃を仕掛けているため、犠牲を出しながらも攻撃自体は当っているのだ。
だが、女は一向に止まらなかった。
「前に学院で、首を刎ねても倒せなかったのがおるじゃろ。」
「ああ、それがどうしたんだ。」
「その時、普通に斬るのも試したの?」
「あ……!」
そうだ。
あの時、普通に斬っても『歪みの力』を乗せるとか何とか言っていた。
実際に、それで倒すことができたのだ。
「
「別の、方法?」
「それを今説明しても仕方あるまい。其方は普通に斬れば良いわ。」
前とは違うことをやると言うクロエだが、その声には自信がありそうだった。
普通に斬っても倒せない以上、今はクロエを信じるしかない。
「…………ただ、斬ればいいんだな?」
「そう言うておる。」
「分かった。…………それは、一回だけか?」
「いや、其方の振った剣のすべてに効果があるの。」
「そうか……。」
そうして、エウリアスは倒し方を頭の中で組み立てる。
あの怪物に決定的な隙を作り出し、確実に首を刎ねる状況を思い描く。
「タイスト、グランザ! 聞け! 作戦を決めたぞ!」
エウリアスは二人に、思いついた作戦を伝えた。
ついでに、クロエにも注文を入れる。
「――――どうだ?」
「どう、と言われても……。」
タイストが作戦を聞き、渋い顔になった。
グランザの表情も渋いが、仕方なさそうに了承する。
「……やるしかないですな。しかし、少々坊ちゃんが危険です。本当にそれでいいのですか?」
「お前たちに
エウリアスはそう言うが、タイストとグランザが首を振った。
「いや、それが普通です。坊ちゃんが
「まぁ、普通はそうだよなあ。」
タイストの意見に、グランザも同意する。
普段仲悪いくせに、こんな時だけ結託すんなや!
「いいんだよ! はいっ、作戦会議終わり! これ以上は、もう兵士たちがもたない! やるぞ!」
エウリアスが強引に話を打ち切ると、タイストとグランザが渋々頷く。
そうして、グランザが女の方に駆け出す。
すでに兵士たちは満身創痍。
何とか戦闘を維持するために加勢に行くのだ。
タイストが準備のために馬に乗ると、エウリアスもその後ろに乗った。
「それじゃあ、クロエ。頼んだぞ。」
「まったく……、人使いが荒いのぉ。」
「あとで奮発するからさ。」
「やれやれじゃの……。一度にあれやこれやとやるのは大変じゃ。予め、其方の剣に力を籠めておくからの。 あの女以外には、その剣身に触れさせるでないぞ? 斬って良い物とそうでない物など、選択はせんからの。剣身に触れた物、すべてが千切れると思え。」
「
「そうじゃ。」
どういう理屈か分からないが、剣身に触れるとすべて千切れるらしい。
「ま、まあいいか……。とにかく、いくぞ。 突撃しろっ!」
「「「ハアッ!」」」
そうして、エウリアスの号令を合図に、四騎の騎馬で女にチャージを仕掛ける。
三騎を前に並べ、エウリアスを乗せたタイストの騎馬がその真後ろにつく。
エウリアスはタイストの背中に隠れながら、今も暴れる女を睨みつけるのだった。
「ぶぉらぁぁぁあああああっ!」
ガキンッ!
グランザの剣を、女は不気味な左腕で弾く。
振り下ろされた剣を素手で弾く女の腕は、裂けた皮膚から黒い靄が溢れ、ぼこぼこと蠢く。
「こんのっ、化け
剣を弾かれながら、グランザはその場で踏ん張る。
そうして、再び剣を振り下ろした。
グシュッ!
前腕の中ほどに、刃が喰い込む。
しかし、グランザの膂力を以てしても、その腕を切断することができなかった。
「じじいに用はないの。死になさい。」
女が腕に力を籠めると、筋肉が絞まる。
喰い込んでいた剣身を筋肉で挟み込んだまま、左腕を振るった。
「うおっ、おぉぉおおおっ!?」
剣を持ったグランザごと持ち上げ、払う。
グランザが、ズシャアアー……ッと地面を転がった。
「チィ……化け
「理解できないのは仕方ないのだけど、耳障りね。すぐに呻くしかできないようにしてあげる。」
女がゆっくりと、左手の拳を開く。
腕に喰い込んでいた剣が、ガシャンッと落ちた。
グランザが立ち上がると、二人の兵士がグランザの前に立つ。
剣を奪われたグランザを護るため、ボロボロの身体で剣を構えた。
「馬鹿、どけっお前ら!」
「へへっ、そうはいきませんよ。」
兵士たちは全員、すでに立っているのがやっと状態だった。
エウリアスの逃げる時間を稼ごうとしていたが、なぜかエウリアスが逃げてくれない。
しかも、そのエウリアスの下に行っていたグランザまで、女に向かっていった。
――――つまり、何か作戦がある。
それが何か、兵士たちは聞いていない。
悠長に説明を聞いてるような余裕もない。
だが、絶対に何かある。
そう確信した兵士たちは、今できること、今やるべきことを各々で考えた。
そうして女の向こうに、横並びになった三頭の騎馬が「突撃せん」とばかりに迫ってくるのが見えた。
先程まで一緒にいたはずの、エウリアスの姿が見えない。
まさか、あの突撃する騎馬に、一緒に乗っているのか?
何が起きているのか。
何を狙っているのか。
兵士たちには分からないことだらけだ。
だが――――。
「うおらぁ! 今度は俺が相手だぁ!」
「魔物なんかに負けてたまるかぁ!」
二人の兵士は叫び、女に向かって駆け出した。
あの騎馬の突撃に、一体どんな狙いがあるのか。
正直言えば、馬ではね飛ばしたところで、この怪物にどの程度のダメージを与えられるか怪しい。
それでも、女の意識を騎馬から逸らすため、二人の兵士は駆け出した。
女が、嗤う。
「まったく、どうしてこう愚かなのかしらね。」
そう言いながら、女は舌なめずりをする。
ゴシャッ!
「ぐっはぁ!?」
「キーガーー……ッ!」
一人は鉤爪をまともに喰らってしまい、胸に深々と爪が刺さった。
グランザは、爪が胸当てを貫通したことを悟り、その兵士の名を叫ぶ。
唸るような剛腕は、兵士の二人をまとめて吹き飛ばした。
大の男二人をまとめて吹き飛ばす圧倒的な力が、その腕にはあった。
「――――ッ!」
吹き飛んだ二人の兵士にトドメを刺そうとするが、咄嗟に女が振り返る。
もっと引きつけたかったが、背後からの騎馬の接近を悟られてしまう。
もっとも、大きな蹄の音がするので、いつまでも誤魔化しきれるものではないが。
「フンッ! 小賢しいわね!」
女と騎馬の距離は、五十メートルほど。
女は、迫る騎馬を左腕で殴り飛ばした。
ドガッ!
ヒヒィィーーーーンッ……!
「うぉわあぁぁあああ!?」
殴られた馬が転倒し、騎士も投げ出される。
女は一度左腕を引くと、もう一度別の騎馬を殴った。
バキイッ!
「ぐっ!?」
馬が転倒し、再び騎士が投げ出される。
あと、一頭。
しかしよく見ると、その一頭の後ろに、もう一頭いることに気づけるだろう。
当然、女も気づく。
手前の一頭を排除したところで、後ろの一頭ではねる作戦らしい。
距離はもう、二十メートルほど。
「ちっ!」
女は舌打ちをすると、横に回避した。
一度の横っ飛びで、十メートルを軽々と超えるような跳躍。
「っ!?」
しかし、大きく横に飛んだ女に、どこからか現れたエウリアスが迫った。
人間離れした跳躍に負けない速さで、エウリアスも跳躍していた。
女は左腕で、迫るエウリアスを殴ろうとする。
シュッ!
だが、エウリアスの
「何っ!?」
「これで、終わりだっ!」
そうしてエウリアスは、そのまま
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