第126話 街道で渋滞




 冬休みとなり、ラグリフォート伯爵領に帰省するため、エウリアスは王都を発った。

 ゲーアノルトの馬車に同乗し、一週間の旅である。


 護衛は騎士が三十名、兵士が二十名だ。

 元々ゲーアノルトが連れていた護衛の騎馬隊十名に、エウリアスの屋敷や別邸にいた騎士が二十名。

 追加で派遣されてきた、グランザら兵士が五十名いたが、このうち二十名が帰省に同行する。

 残りの三十名は、エウリアスの屋敷の警護に残してきた。







 王都を発ってから五日目。

 これまでは予定通りに進めているので、すでに旅程の半分以上を消化していた。


 エウリアスは、長い道中を無為に過ごすのも勿体ないので、現在の王国の情勢などをゲーアノルトから教わっている。

 少々際どい話も忌憚なく話せるように、護衛騎士にも聞かせないよう、車内はエウリアスとゲーアノルトの二人だけ。


「父上は、サザーヘイズ大公爵ともお付き合いがあるのですか?」


 エウリアスは、この機会に気になっていたことを聞いた。


 エウリアスが社交界デビューしたサザーヘイズ家のパーティーで、ゲーアノルトはわざわざ呼ばれて会談したのだ。

 立場の違いを考えると、この扱いはちょっと違和感がある。


 エウリアスに尋ねられたゲーアノルトは、唇を引き結び、難しい顔になった。


「付き合い自体は、無くはない。家具の注文を受けたりしているのでな。」

「先日のパーティーで呼ばれたのは、そのことで?」


 そう聞くと、ゲーアノルトは黙った。

 しばし考え、慎重に口を開く。


「……おそらくマクシミリアン様は、私を日和見に引き込みたいのだろう。」

「父上を、日和見にですか?」


 無理じゃね?

 これまでのゲーアノルトの言動から、それは絶対にあり得ないような気がした。


「勿論、私にそのつもりはない。だが、同じ東部の貴族同士…………それも相手は大公爵だ。あまり露骨に距離を取ることもできん。」


 東部貴族の多くが、サザーヘイズ大公爵と繋がっている。

 領地運営のために、多かれ少なかれ世話になっているのだ。

 現在のラグリフォート領は経済的にかなり豊かになったが、だからといってサザーヘイズ大公爵と反目するのは愚の骨頂だ。

 影響力を考えれば、むしろこちらからすり寄った方が楽な道だと言える。


「現在の王国の政治は、マクシミリアン様がバランスを取っている。それは、逆を言えばマクシミリアン様がコントロールしているとも言える。事実、マクシミリアン様が賛成したため、『騎士学院の修了』が家督承継の条件から外されてしまった。」


 現王派と革新派で真っ二つに意見が分かれている場合、鍵を握るのがサザーヘイズ大公爵ということのようだ。

 日和見の票次第で、どちらにも傾けることができる。


「今回の『騎士学院の廃止』は、多くの貴族が反対した。しかし、それ以外の議題は、ほぼマクシミリアン様の思い通りになった。」


 増税案の多くは賛成され、陛下の裁可で発効することになった。

 しかし、サザーヘイズ大公爵が反対した一部の増税案は、陛下に奏上されることなく廃案に追い込まれたそうだ。


「余程の大差がつかない限り、陛下に奏上されますよね? 現王派だけでは奏上できなかったのですか?」

「その現王派に、造反が出たのだ……。」


 ゲーアノルトが、苦りきった顔で呟く。


「いくら現王派とは言っても、さすがに領地の不利益が大きい議題ともなれば、一枚岩とはいかない。それは仕方のないことではあるのだが……。」


 他にも、陛下が自ら発案した国土改造計画が、大きく修正が加えられることになったらしい。

 陛下ならば、そんな修正案を無視し、元の案を強硬に押し通すこともできるが、強い反発を懸念して断念。

 とりあえず修正案を裁可し、こちらも発効したそうだ。


 エウリアスも、微妙な顔になる。


「ちょっと不思議な感じがしますね。もっとも勢力の小さい日和見が、議会をコントロールしているということになるのですから。陛下の案にさえ、修正を加えるなど……。」

「まあ、これはそういうものだと諦めるしかない。それに、必ずしも票の通りになるとも限らないしな。」


 陛下が、貴族の意見を聞く姿勢を鮮明にしているからこそ、こうしたことが起きる。

 そうでなければ、派閥を作ったところで意味がないのだ。

 そもそも、陛下は意見など聞く必要がない。

 立法の仕組みさえ、好きに作り替えることができる。


 宰相に意見を集約させ、ただそれを裁可してもいい。

 人の意見など聞かず、陛下の考えだけで法を作ってもいいのだ。

 宰相以下、大臣らに「やれ」と命じるだけでいい。

 実際、そうした時代もあったのだ。


 ゲーアノルトが足を組み替え、腕を組む。


「多くの意見を聞こうとされるのは素晴らしいことだとは思うが……。今のやり方は、少々問題があるかもしれないな。」


 ゲーアノルトの呟きに、エウリアスはとしたものを感じた。

 下手をすると、陛下への批判とも受け取られかねない。

 まあ、エウリアスだけを残した場だからこそ出た、本音といったところか。


「機能不全に陥りかねない。父上はそうお考えなのですね。」


 エウリアスは、さりげなくゲーアノルトの意見を修正した。

 問題があるのは陛下ではなく、機能不全になりつつある議会の方だ、と。


 とはいえ、現在の王国の実情を深く知ることができたのは有り難かった。

 サザーヘイズ大公爵とゲーアノルトの、微妙なすきま風には腹の奥がそわそわするが、それでも上手く舵取りを行っていると思う。


 領主というのは、本当に大変なようだ。

 エウリアスは、ゲーアノルトの領主としての手腕に、ますます敬服した。


 その時、馬車が徐々に減速し始める。

 しばらくはそのまま進んでいたが、やがて停車した。

 ゲーアノルトが窓を開け、外の護衛に声をかける。


「どうした?」

「申し訳ありません、ゲーアノルト様。どうも、前が少し詰まっているようです。」


 馬車の横についていた兵士が答えた。

 どうやら街道の先で、少し渋滞が起きているらしい。


「何かあったのでしょうか?」


 エウリアスは呟くが、当然ながら答えなど返ってくるわけがない。


 街道が渋滞するようなことは、滅多にない。

 それでも、原因としてよくあるのは荷馬車のトラブルだ。


 引いていた馬が動けなくなった。

 荷馬車の車輪が壊れた。

 そうして街道を塞いでしまい、他の馬車の往来を邪魔してしまうことがある。


 ゲーアノルトは、窓から街道の先に視線を向けた。


「何人かやって、確認させろ。」

「はっ!」


 ゲーアノルトの指示に、三人ほどの兵士が渋滞の原因を確認に行く。

 エウリアスは客車のドアを開け、下りた。


 グランザがエウリアスに気づき、近くにやってくる。


「馬車は楽でいいけど、身体が凝っちゃうのがね……。」

「ははっ、それは仕方ありませんな。」


 徒歩で馬車の周囲を固める兵士には申し訳ないが、一日じっとしているのもつらいものだ。

 エウリアスは外の景色を眺めながら、身体を解した。


 朝の、冷たい風が通っていく。

 街道の周囲の野原は枯れ、もうすっかり冬の景色だ。

 遠くに見える山々も、茶色くなっている。


 天気は良く、太陽もそこそこ高い位置にある。

 眩しい日差しを手で遮り、街道の先を見るが、渋滞の原因は分からなかった。

 前方は少し丘になっており、その向こうが見えないからだ。


 エウリアスは着ていた外套の襟を閉め、後ろの荷馬車の方に歩いて行った。

 さすがに五十人からの護衛がいるため、荷物を運ぶ馬車が別に用意されている。

 この荷馬車には、十日分の食料や水などが載せてあり、野宿に備えていた。

 実際は、これまでの道中で野宿など一度もなかったが。


 エウリアスが馬車に近づくと、馬車の後ろで警護していた騎馬が数騎やってくる。

 タイストだ。


「坊ちゃん、あまり外に出ないでください。」

「じっとしてると身体が凝っちゃうんだよ。……よっと。」


 エウリアスは御者台に上がり、荷台を漁る。

 干し肉を引っ張り出すと、口に咥えた。


「……あのですね、坊ちゃん?」

「勝手に食うなって言うんでしょ。もう大半の旅程が済んでるんだからいいじゃん。もぐもぐ……。」


 貴重な税金で用意した食料。

 何より、騎士や兵士が勝手に漁るような真似をすれば、立派な軍規違反だ。

 それをエウリアスが乱しているのだから、示しがつかないと言えばその通りだった。


「はっはっはっ、ユーリ坊ちゃんは育ちざかりですからな!」

「そうそう。」


 理解を示すグランザに便乗する。


 一応、騎士や兵士にも道中で齧る分が少し支給されている。

 塩漬けされた干し肉を少し齧り、塩分を補給するのだ。

 汗を掻かないエウリアスにはあまり必要ないが、ゲーアノルトとの会話で頭を使うので、少し気分転換に齧りたかった。


 しょっぱい干し肉を齧り、革袋から水を飲んで口の中を洗い流す。

 御者台から街道の前の方を見ていると、確認に行っていた兵士たちが戻ってくるのが見えた。


「戻ってきたみたいだ。もぐもぐ……。」


 もう一度水を飲み、エウリアスは御者台を飛び降りた。

 前の馬車に戻りながら、グランザに声をかける。


「もし馬車が塞いでいるんなら、どかすのを手伝ってあげて。簡単に直せるなら、直してあげてさ。」

「そうですな。ゲーアノルト様も反対はされないでしょう。」


 そんなことを話しながら、エウリアスは兵士からの報告を聞きに、馬車に戻るのだった。




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