第125話 冬休み 帰省する者 しない者




 すっかり秋も終わりに近づき、冬に片足を突っ込んだような冷たい風の吹く今日この頃。

 今年最後の騎士学院の日を迎えていた。


 明日から冬休みとなり、一カ月半ほどの休みとなる。

 冬休みの間、エウリアスは一週間ほどかけてラグリフォート伯爵領に帰り、一カ月過ごす。

 そして、また一週間ほどかけて王都に戻るという予定を立てていた。


 あまり雪の降らないリフエンタール王国だが、それでも多少は降る。

 雪が降ると、途端に身動きが取れなくなるので、国のあらゆる機能が低下する。

 さすがに完全に停止するわけではないが、なるべく余計な動きをしないように、みんなが家に引っ込むことになるのだ。


 ただ、冬休みに不安がなくもない。

 勿論、正体不明の襲撃者のことだ。

 エウリアスを襲ってくる分には、倒せばいい。

 しかし、エウリアスと同様に狙われているルクセンティアは、あの『人ではなくなった存在』を倒せない。


 このことについて不安はあるが、ゲーアノルトもホーズワース公爵も何も言ってこなかった。

 二人がそのことを考えないわけがないのだが、おそらくエウリアスの助力を『不要』と考えているのだろう。


 ラグリフォート伯爵領と、ホーズワース公爵領は離れている。

 そして、エウリアスもルクセンティアも、領地に帰らないわけにはいかない。

 ルクセンティアが危ないからと、エウリアスが一カ月もホーズワース領に行くわけにはいかないのだ。


 ゲーアノルトとホーズワース公爵の間で何か話がされたのかは、エウリアスには分からない。

 だが、社交のシーズンで二人はそれなりに顔を合せているのだ。

 それでも何も言ってこないというのは、そういうこと。


 エウリアスが勝手なことをすれば、二人に迷惑をかけてしまう。

 そのため、エウリアスはゲーアノルトに言われた通り、ラグリフォート領に帰る支度を進めるのだった。







 エウリアスは軽鎧、手甲などの装備を身につけ、トレーメルとソードを打ち合っていた。


「ユーリは、すぐに領地に帰るのか?」

「来週の頭に、父上と一緒に帰ることになってるよ。」


 そんなことを話しながら、剣を合わせる。

 ガキンッという甲高い音を響かせ、交互に剣を打ち合う。


「つまらんなあ。ティアも領地に帰ると言うし、みんな王都からいなくなってしまうな。よっ!」


 トレーメルの剣を受け、エウリアスは長剣ロングソードを振り上げる。


「まあ、冬の間は仕方ないよね。ハッ!」


 今度はトレーメルが剣を受ける。

 エウリアスはにっこりと微笑んだ。


「夏休みみたいにサボっちゃだめだよ? また『誰?』ってなるから。」

「もうあんなことはしないぞ! ジェラートだって、もうずっと食べてない!」


 そう、トレーメルがムキになって反論する。

 冷たいお菓子のようだし、怪しいとしたら次の夏休みだろうか。


 そんな話をしながら、練習を続ける。

 少し離れた所では、イレーネがルクセンティアから指導を受けていた。


 イレーネは、夏休み後からかなり実力をつけてきた。

 真面目に朝の訓練も続け、放課後は剣術部にも参加している。

 騎士としては、少々体格に恵まれていないが、それでも実力はこの運動のクラスでも中間くらいか。

 男の子が大半の騎士学院で、女の子が中間にいるだけでも、大したものだろう。

 まあ、これは男の子の方がだらしない、という意見もあるだろうけど。


「そういえば、イレーネは帰らないのだったか?」


 トレーメルに聞かれ、エウリアスは頷く。


 何でも、イレーネは冬休みの間も実家には戻らず、ずっと寮にいるつもりらしい。

 先日、仕事のついでとのことだが、学院にまた父親のメンデルトが来たそうだ。

 冬休みに帰省するつもりがないと手紙で知らせたら、説得に来てしまったのだという。

 最終的にはメンデルトが折れ、泣きながら帰っていったらしいが……。


「それじゃあ、冬休みの間はイレーネの稽古でもつけてやるかな。」

「……え?」


 トレーメルの案に、エウリアスは目を丸くする。


「一応聞いておくけどさ、…………どこで?」

「王城に呼ぶつもりだが? 馬車を用意してやれば、問題ないだろう。」

「ありまくりだよ……。ていうか、問題しかないよ。」


 冬休みの暇潰しに、イレーネの稽古をすると言い出すトレーメルに、エウリアスは顔を引き攣らせた。


「だめか?」

「さすがに、やめておいた方がいいと思うよ?」

「ふぅ……む。そうか。」


 何だかんだ、剣の訓練の時間では、エウリアス、トレーメル、ルクセンティアの三人に、イレーネも加える流れになった。

 夏休み後にトレーメルがイレーネの相手をするようになったが、そのまま今も続いていた。

 すっかり気安くなったが、そんなのは本人同士の話でしかない。


 トレーメルが平民の女の子を王城に招く。

 それも、馬車まで用意してなど、邪推しようとすればいくらでも邪推できるだろう。


「それではやめておくか。…………しかし、そうなると本当に暇でしようがないな。」

「まあ、仕方ないんじゃない? 冬休みって、そんなものだし。」


 これは別に、トレーメルに限った話ではない。

 ほぼすべての国民が、そう思っているのだ。

 さすがに街や街道の治安を守る警備隊や、官吏、官職に就いている貴族などはそれなりに仕事をしているが。

 商会なども、多少は動いてるか。


 トレーメルが、剣を振りながら考える。

 そうして、パッと笑顔になった。


「そうだ。僕がラグリフォート領に行くってのはどうだ?」

「はああぁぁぁあああああっ!?」


 トレーメルの突拍子もない案に、エウリアスが素っ頓狂な声を上げる。


「無茶言わないでよ!?」

「だめか? 屋敷に部屋は余ってるだろう?」

「そりゃ、あるだろうけどさ! 王子を迎える準備なんかすぐにできるわけないでしょ!?」

「別に、部屋をちょっと貸してくれればそれで構わないぞ?」

「そういうわけにいかないよ!」


 ラグリフォート領のような田舎では、王子の訪問など、領地を挙げての一大イベントである。


『あ、お構いなく。』


 なんて言われて、本当に構わないわけにはいかない。

 エウリアスが、げんなりした顔で呟く。


「一年……せめて半年は前に決定して、準備するレベルだよ?」

「やっぱりだめか。」

「当たり前だろ? もう、分かってて言わないでよ。」


 さすがにトレーメルも、無茶を言っていることは分かっていたらしい。

 まあ、そりゃそうか。


「はぁ……もういっそ、冬休みなど廃止してやろうか。」


 ぼそり、とトレーメルが呟く。

 エウリアスが、じとっとした目でトレーメルを見た。


「メル、絶対に王様になっちゃだめだよ? 暴君になるビジョンしか見えないから。」

「ははっ、ひどいな。だが安心しろ。絶対にない。」


 自分が暇だからと、冬休みを無くそうとするトレーメルに、エウリアスが微妙な顔をして冗談を言う。

 そんなエウリアスの戯言に、トレーメルも笑った。


 第八王子という、絶対にあり得ないポジションだからこそ、こんな際どいことも冗談だと思ってもらえる。

 これが第二王子、第三王子あたりでは、冗談では済まないだろう。


 そんなことを話していると、テオドルが手を叩き、合図する。

 授業の終了が近いのだろう。


「ふぅ……今年最後の授業も終わりか。」


 トレーメルが軽く額の汗を拭い、ルクセンティアとイレーネの方を見る。


「年明けに鈍っていないようにな。」


 そう、トレーメルが拳を突き出す。

 エウリアスは、コツンと拳を当てた。

 が、すぐにやりとする。


「それをメルが言うの?」

「言ったな! 見てろ? 次の授業では、ユーリをけちょんけちょんにしてやるぞ。」

「けちょんけちょんって何さ。」


 トレーメルの言い方がおかしくなり、エウリアスは笑ってしまう。

 長剣を鞘に戻すと、エウリアスは空を見上げる。


 澄んだ空がどこまでも広がり、ラグリフォート領で見た空を思い出すエウリアスだった。




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