第127話 スワンプ




 エウリアスが馬車に戻ると、すでにゲーアノルトが報告を受けていた。

 ゲーアノルトの表情は、かなり深刻なものだった。


「……どうかされたのですか、父上?」


 エウリアスは馬車に乗り込み、席に着いた。

 向かいに座るゲーアノルトが、眉間の皺を深くする。


「どうやら、この先で賊が出たらしい。荷馬車が襲われた。」

「賊……?」


 こんな時間に?

 あまり人の通らない街道なら、真昼間に襲われることもある。

 だが、この街道は結構人も馬車も通る。

 だからこそ、渋滞が発生した。


「いつですか?」

「詳しいことは分からん。だが、すぐに通れるようになるかは微妙なようだ。」

「単なる事故じゃないのか……。」


 こうなると、なかなか面倒だ。

 馬車の故障や、轍に嵌まり動けなくなったとかなら、手伝うこともできる。

 だが、賊に襲われたとなるとそうもいかない。


 エウリアスは、報告してきた兵士を見る。


「怪我人は? その荷馬車の主は無事なのか?」

「いえ……。」


 兵士が首を振るのを見て、エウリアスは顔をしかめた。


 襲われた荷馬車は、荷台の荷物が散乱した状態だったらしい。

 数人の男が斬られ、一目で亡くなっているのが分かる状態だったという。


(荒っぽい……。何だか、やり口がただの賊じゃないな。)


 普通、荷馬車を襲う時は、目的は積み荷だ。

 丸ごと奪い、売り払う。

 荷馬車でなく、街道を歩いている人を襲う場合、目当ては金目の物になるだろう。


 だが、その荷馬車の荷物は、荷台から落とされ散乱していたらしい。

 こんな人通りのある街道で、昼間に襲うというのも引っかかる。


「父上、どうしますか?」


 エウリアスは、ゲーアノルトに尋ねた。


 この場合、採るべき行動は二つに絞られる。

 このまま街道を進むか、引き返すか、だ。


 このまま進む場合、現場の整理が必要だろう。

 馬車をどかし、散乱しているという荷物を片付ける。

 可哀想ではあるが、亡くなったという人たちを、勝手に弔うことはできない。

 街道を抜けた先で、この辺りを警備しているはずの警備隊に通報することになる。


 引き返す場合、ここで馬車の向きを変え、昨日泊った町に戻る。

 そこで町の警備隊に通報すれば、明日には通れるようになっているだろう。


 そして、貴族としての対応の正解は、後者だ。

 勝手に現場をいじくり回さず、速やかに最寄りの警備隊に通報し、任せる。

 これが、他の領主が治める地で事件に遭遇した、貴族の正しい対応だ。


 もしも目的の町が近い場合、前者を選択する場合もある。

 しかし、ここは引き返した方が明らかに近い位置だった。

 急がなくてはならない、特段の事情もない。


 ゲーアノルトは仕方なさそうに息をつき、ドアを開けたまま待機していたグランザを見る。


「引き返す。町に戻るぞ。」

「はっ!」

「騎馬から二人ほど先行させて、町の警備隊に通報に行かせろ。」

「了解しました!」


 グランザが敬礼し、てきぱきと指示を飛ばす。

 ここは、街道の両側を野原に囲まれているだけの場所なので、向きを変えるのも容易だろう。

 護衛として同行している騎士や兵士も多いので、全員で協力し、馬車の方向転換をさせる。

 その間にも、騎馬隊から二人を選んで、先行して町の警備隊に通報に行かせる。

 一分の隙もない、完璧な貴族の対応だ。


「…………何か、言いたいことがありそうだな。」


 しかし、俯いて黙り込んだエウリアスを見て、ゲーアノルトが声をかけた。


「いえ、何もありません……。」


 明らかに不満そうな顔をして、エウリアスが首を振る。


 以前に話をした、ラグリフォート領で他の領主が犯罪を解決した場合、と同じような状況だった。

 ここでエウリアスが何かすれば、この地の領主に迷惑がかかり、何よりゲーアノルトの責任になってしまう。


 それが分かっていながら、すぐ近くで誰かが賊に襲われたと聞くと、「何とかしたい」と思ってしまうのだ。

 今更できることなど、何も無いというのに……。


 町に戻るまでの間、エウリアスは俯き、ただじっと堪え続けるのだった。







■■■■■■







 エウリアスたちが町に引き返し始めた頃。


 遠く離れた森の中。

 半ば崩れかかったような小屋で、五人の男たちが祝杯を挙げていた。


「はっはぁーーっ! 思ったよりもちょろかったな!」


 濁った目をした男が言うと、周りの男たちが気まずそうに苦笑した。


「真昼間っから、こんな堂々と……。」

「……ぜってえ捕まると思ったもんな。」


 白昼堂々と襲撃をすると聞いた時には「これでお縄か……」と半ば諦めた。

 それでも襲撃に参加したのは、たんにボスが怖かったからだ。


 手下たちの言葉に、濁った目をした男が嗤う。


「だから言ったろうが! 荷馬車ごと奪うような仕事とは違うんだ。簡単だったろう?」

「ボスの言う通りでした。」

「ほんと、すいやせん。」


 仕事の前にビビっていた男たちが、濁った目をした男に謝った。


 濁った目の男の名は“スワンプ”。

 勿論、偽名だ。

 男の目が「まるで濁った沼のようだ」と誰かが言い、この呼び名がついた。


 男たちの稼業は、所謂いわゆる野盗。

 荷馬車や旅人を襲い、金目の物を奪う。


 だが、実はもう一つ仕事がある。

 去年スワンプが思いつき、始めた仕事。

 それは、をするということ。


 理由など知らない。

 商売敵なのか、恨みなのか。

 だが、ある商会を邪魔だと思う者が、“スワンプ”に依頼をするのだ。


『この商会の荷馬車を襲ってくれ。』


 ただ荷馬車を襲い、皆殺しにするだけで、普通に荷馬車を奪うよりも多くを稼げた。







 これまでの荷馬車ごと奪うやり方では、とにかく逃げ果せるのが大変だ。

 積み荷を満載した荷馬車を持ち帰らないと、そもそも金にならない。

 このため、人目を避けないと警備隊に通報され、警備隊の騎馬に追跡されたら逃げるのは困難。

 せっかく奪った荷も、裏に流すため買い叩かれる。

 野盗と言っても、なかなかに世知辛い稼業だった。


 だが、新しい商売は違う。

 稼ぎとは依頼料なので、面倒で厄介な荷馬車は置いていって構わない。

 特別料金オプションで、目的の積み荷だけを奪うこともやっている。

 これがかなり稼げるのだ。


 金に糸目をつけず、手段も選ばず、とにかく手に入れたい物がある場合、スワンプに依頼が来る。


『どこどこから、どこどこへ運ばれる、〇〇〇を奪ってくれ。』


 情報を入手するのは依頼主で、情報の信憑性を確認するのは犯罪組織“蛇蠍だかつ”。

 スワンプはただ荷馬車を襲い、ちょろっと持ち帰るだけでいい。


 これまでは、それでも人目につかないようにやっていた。

 しかし、さっさと襲い、さっさとぶっ殺し、さっさと奪い、さっさと逃げる。

 これ、昼間でもやれるんじゃね?

 そう思い、試してみた。


 勿論、警備隊の配置などを考慮し、通報から駆けつけるまでの時間も計算する。

 そうして、もっとも時間のかかりそうな場所で、襲撃したのだ。







 スワンプは酒瓶を呷り、床に置いた木箱を見た。

 小脇に抱えられる程度の木箱で、中には腕輪が入っている。


「こんな物一つに二千万とか。金持ってる奴の考えることってのは、分からねえなあ。」


 スワンプの言葉に、手下の男も首を捻る。


「それなりに装飾はされちゃあいますが、こんな腕輪にそこまでの価値があるんですかねえ?」

「まあ、装飾品なんてのは、そんなもんなんでしょうけど。」


 手下たちも酒瓶を呷り、木箱に視線を向けた。


「…………実は、腕輪これはどうでもいいとか?」


 手下の一人の呟きに、スワンプが濁った目を向ける。


「理由はどうでも、とにかく商会を潰したかったってことか?」

「ええ……、若しくは店主をぶっ殺したかっただけとか。」


 その意見に、スワンプは口を曲げて考え込む。

 が、すぐに考えることをやめた。


「ま、どうでもいいか!」

「へへっ、そうっすね!」


 あとは、腕輪を“蛇蠍”に届ければ二千万リケルだ。

 広く仕事を募集するのに“蛇蠍”を利用しているため、バカ高い手数料が取られる。

 どうせ依頼主からも搾り取ってるだろうに、スワンプたちの報酬からも手数料を取るとか、あくどいにもほどがあるな“蛇蠍あいつら”は。


 スワンプは、つま先で足元の木箱をコツコツと叩く。


「とにかく、さっさと腕輪こいつを渡して――――」

「しばらくはのんびりしようや!」


 スワンプの言葉の続きを、手下の一人が引き取る。


「いいっすねえ!」

「もう冬っすから。暖かくなるまでは、どこかの街で遊んでましょう!」


 その意見に他の手下たちも乗っかる。

 ボロ小屋の中に、男たちの笑い声が響いた。


 だが、スワンプはかりかりと頭を掻いた。


「残念だが、そうはいかねえんだなあ。」

「……へ?」

「何でっすか!?」


 スワンプの言っていることの意味が分からず、手下たちが怪訝そうな顔になる。


「何でって、もう一個仕事受けちゃったから。」

「「「はああぁぁああああああっ!?」」」


 スワンプから告げられた残酷な現実に、手下たちが一斉に声を上げた。


「何で受けちゃうんすか!?」

「そりゃあお前、二千万ぽっちじゃ足りねえからよ。」

「二千万っすよ!? これで足りないって……どんだけ遊ぶ気っすか!」


 暦の上の話で言えば、春までは三カ月くらいだ。

 二千万リケルを五人で山分けしたとしても、一人あたり四百万リケル。

 一カ月で、百万リケル以上使える計算だ。


「うまい仕事があるなら、やりたいだろう?」

「そりゃあ、稼げるには越したことはねえっすけど……。」

「そんなにおいしい仕事なんですか?」


 スワンプが、にやりと笑った。


「やることは今日とそう変わりはしねえよ。ちょいと襲ってかっぱらうだけで、何と三千万だ!」

「「「三千万!?」」」

「やるしかねえだろ、こんなうまい仕事あったらよぉ。」


 スワンプの話に、手下たちが顔を見合わせる。


「本当に、そんだけなんすか?」

「ああ。今日の仕事を受ける時に、二つ提示されたんだよ。」


 そこで、スワンプが酒瓶を呷る。


「ぷはっ……。そろそろ、このやり方も他の奴に真似されるかもしれねえ。そうすると、今みたいに稼げるのは今だけになるな。」


 広く仕事を集めるために、“蛇蠍”の連中を利用する必要があった。

 そうでもしないと、こんなやばい仕事、そうそう依頼なんかこないからだ。

 だが、そのために情報の伝わりも速い。

 何より、“蛇蠍”がこの方法で稼ごうとしかねない。

 かなり粗暴なやり方なので、リスクを恐れてこれまでは真似しようとはしなかった。

 しかし、スワンプたちが上手くやり過ぎたため、さすがにそろそろ真似されるだろう。


「みすみす他の奴にくれてやることもない。ちょいと田舎に行って、依頼の物を奪ってくりゃいいだけなんだからよ。」


 だが、目の前にぶら下がっていた休暇がお預けとなり、手下たちのテンションはだだ下がりだ。

 スワンプは、隣にいる手下の頭を叩く。


「いいからやるんだよ。もう受けちまったんだからよぉ。」


 そうして、やる気を引き出す魔法の言葉を使う。


「これが上手くいけばお前、娼館を常宿にして春まで居られるぜ?」

「ま、まじっすか。」

「おうよ。毎日抱き放題じゃねーか。」

「だ、抱き放題……。」


 手下たちのやる気が、むくむくと膨らむ。

 スワンプが笑った。


「いいねいいね、その顔。やる気ができてきたじゃねーか。」


 ぺちぺちと、手下の頬を叩く。


「っす。」

「……や、やるかぁ。」

「はっはっ、そう来なくっちゃな!」


 そう言って、スワンプは酒瓶を呷った。


「すぐに『生きててよかったぁ』って言わせてやるよ!」

「しゃあ! やるか!」

「よ、よーし!」

「そうそう! その意気だぜ!」


 そうして、床に置いていた木箱を掴む。


「じゃあ、さっさと腕輪こいつを届けて、次に行くぜ。」

「「「へいっ!」」」


 男たちは小屋を出ると、繋いでいた馬に跨り、すぐに移動を開始した。

 楽しい休暇を夢見ながら……。




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