第122話 マクシミリアンとの会談




 エウリアスが、ルクセンティアとダンスを始めた頃。


 サザーヘイズ大公爵家の応接室。

 現サザーヘイズ大公爵家当主、マクシミリアンに呼ばれたゲーアノルトは、応接室で待機していた。

 こうしたパーティーを機会に、普段できない込み入った話をする場を設けるのは、特別なことではない。

 特にマクシミリアンは、普段はゲーアノルトと同様で、領地に引っ込んでいる。

 社交のシーズンを逃せば、なかなか話をする場を整えるのも苦労する方なので、面会の申し込みも相当数に上るはずだ。


 そのマクシミリアンが、わざわざゲーアノルトを呼んだ。

 実は、こうして呼ばれるのは、今回が初めてではなかった。

 ここ数年、サザーヘイズ大公爵家のパーティーに参加すると、こうした場が設けられた。


 同じ王国東部に領地を持つ領主。

 しかも相手は大公爵ということで、ゲーアノルトとしても接点を持つこと自体は構わなかった。

 だが、あまり深入りはしないようにしていた。


 不興を買うわけにはいかないが、近づき過ぎれば飲み込まれる。

 大公爵に与する者、との印象を周囲に与えてしまう。


 普通に考えれば、それもいいだろう。

 大公爵の後ろ盾というのは、様々な部分で大きなメリットをゲーアノルトに与える。

 だが、ゲーアノルトがマクシミリアンと一歩引いた付き合いをしているのには、理由があった。


 端的に言ってしまえば、マクシミリアンが日和見の領袖りょうしゅうだから、ということになるだろうか。

 基本的に現王派寄りのスタンスを取るが、日和見は時に革新派に加担する。

 それが、ゲーアノルトには受け入れ難かった。


 まさに、そうした日和見と革新派によって、家督承継の条件から『騎士学院の修了』が外されてしまった。

 様々な理由により、この条件を撤廃する必要がある、と判断したのは分かるが……。


 それでも、貴族は貴族だ。

 いざとなれば剣で領地と王国を護れなければ、貴族たる資格はない。

 そうした信念を持つゲーアノルトとしては、これは絶対に受け入れがたいだった。


 他にも細かい部分で、ゲーアノルトの考えと日和見や革新派は対立する部分がある。

 そのため、ゲーアノルトはマクシミリアンとは近づき過ぎないようにしていたのだ。


 コンコン。


 不意にドアがノックされ、執事が入ってくる。


「ラグリフォート伯爵。お待たせいたしました。」


 本当にたっぷりと待たされることになったが、それを言っても仕方がない。

 面会できるのであれば、と二日でも三日でも喜んで待つ者も多い。

 そういう相手なのだ。――――サザーヘイズ大公爵という存在は。


 執事に案内され、宮殿のような屋敷の奥へと進む。

 そうして、大きな広間に通された。

 玉座こそないが、少し配置をいじれば、ちょっとした謁見の間にもなりそうな部屋。

 マクシミリアンとの会談は、いつもこの部屋で行われていた。


 奥のソファーに座るのが、サザーヘイズ大公爵マクシミリアン。

 ゲーアノルトは執事の後につき、部屋を進んだ。


「旦那様。ラグリフォート伯爵をお連れしました。」

「よく来てくれた、伯爵。」

「ご健勝そうで何よりです、マクシミリアン様。」


 マクシミリアンが頷く。


「さあ、かけてくれ。」

「失礼いたします。」


 ゲーアノルトは、マクシミリアンの向かいに座る。

 すぐに赤酒が運ばれ、テーブルに置かれた。


「待たせてすまんな。どうも、今年は立て込んでしまって。」

「マクシミリアン様との面会の機会は少ないですから。みなが、我先にと殺到するのも無理からぬことかと。」

「面会の難しさなら、伯爵も負けてはおらんのではないか?」


 そう、マクシミリアンが笑った。

 家具関連で呼ばれれば、どこにでも飛んで行くゲーアノルトだが、そもそも捕まえることが自体が難しい。

 あちこちを飛び回るので、領地を空けていることが多いからだ。


 マクシミリアンは赤酒の入ったグラスを手に取ると、一口飲んだ。

 ゲーアノルトも、一口だけ飲む。

 まったく手をつけないのも失礼なので、一応口をつけておいた。


「今年は、伯爵のところの嫡男が学院に入ったと聞く。随分と、元気がいいようだな。」


 そう明るい声で言うマクシミリアンだが、ゲーアノルトは僅かに顔を俯かせた。


「お騒がせして申し訳ありませんでした、マクシミリアン様。どうも、まだまだ堪え性が無いようで……。」

「はっはっ……若いというのは、そういうものだ。とはいえ、あまりやり過ぎんよう、よく言っておくことだ。」

「勿論です。」


 マクシミリアンがグラスをテーブルに置くのに合わせ、ゲーアノルトもグラスを置く。


「……何か困ったことがあれば、いつでも相談しなさい。伯爵は何でも自分で解決しようとするが、同じ東部の貴族同士。いつでも力になろう。」

「寛大なお言葉、感謝いたします。」


 ゲーアノルトは、頭を下げた。

 そんなゲーアノルトを見て、マクシミリアンは一つ頷いた。


「ところで、伯爵はこの話は聞いているかな?」

「どのようなお話でしょうか?」


 話の切り替わりに、ゲーアノルトは少しだけ警戒心を引き上げた。


「一部の貴族が、『騎士学院の閉鎖』を提言するつもりのようだ。」

「……………………何ですって?」


 しかし、思いもしなかった突拍子もない話に、さすがのゲーアノルトも度肝を抜かれた。


「前々から、そういう意見が出てはいたのだ。あの学院は金がかかり過ぎる、とな。」

「それで、廃止ですか……?」


 何を馬鹿なことを!

 ゲーアノルトは、そう吐き捨てたい気持ちに駆られた。


「学院を修了しても、そんほとんどが王国軍に行くことになる。領主軍では、毎年は採用しない領地もある。学院がなければ、その分の税金を減らすか、もっと有効なことに使えるのではないか、という考えのようだ。」

「何と浅はかな……!」


 お金が惜しくて、騎士を育てるのをやめる?

 そのお金を護るのにも、武力が必要だということすら理解できない領主がいることが、ゲーアノルトには信じられなかった。


「領主軍にも騎士団がある。必要なら、自前で育てれば良いという考えもあるようだ。」

「……それでは、質を保つことができないと愚考しますが?」


 ゲーアノルトは、つい声が低くなってしまった。

 沸々と、怒りのような感情が込み上げる。


「伯爵、気持ちは分かる。私もこのような考えは間違っていると思う。」

「はい……っ。」

「実際にこれが提言された場合、どれだけの領主が賛同するか分からんが……。おそらく小会議も開かれ、議論されることになるだろう。」


 ゲーアノルトは、黙って頷いた。


「ただ、痛ましい事件もあった、廃止を訴える貴族のことも、理解はできるのだ。」

「………………それは……!」


 痛ましい事件というのは、ツバーク子爵家の嫡男モルデンの死だろう。

 確かに、貴族の嫡男に犠牲者が出るというショッキングな事件ではあったが……。


 ゲーアノルトは、慎重に言葉を選ぶ。


「私は、それでも学院を廃止するのは、行き過ぎだと思います。」

「勿論だ。さすがにすぐにすぐ、廃止というのは受け入れ難い。ただ、そうした方向も今後は検討する価値はあると思う。」

「マクシミリアン様……何を……!」

「言ったであろう? すぐではない。だが、昔から兵士は各地の領主軍で募集して、鍛えているのだ。なぜ、騎士はそれができない? 当初は、騎士道という新しい価値観を生み出したことで、一括して教え込むことが必要だった。だが、もう十分に騎士道も浸透した。伯爵は質を保てないというが、それもやり方次第ではないかね?」

「………………。」


 マクシミリアンの意見は、間違いではない。

 間違いではないが、果たしてそれは最善だろうか……?


 眉間に深い皺を寄せ、考え込むゲーアノルトにマクシミリアンが声をかける。


「近々、そうした提言がされるだろう。少し、考えてみてくれ。」

「はい……。貴重な情報をありがとうございました、マクシミリアン様。」

「うむ。」


 そうして、他にも軽い情報交換を行い、会談を終える。

 少々驚くような情報もあったが、なぜこのような会談の場を設けるのか、ゲーアノルトは釈然としなかった。

 これは、毎年思っていることだ。


 同じ東部の貴族というだけで、それ以上の接点はほとんどない。

 ラグリフォート産家具を扱う商会はサザーヘイズ大公爵領にもいるが、そんなのは他の領地でも同じ。

 特別なことではなかった。


(日和見に取り込もうとしているのか?)


 だが、ゲーアノルトは絶対に、日和見とも革新派とも協調するつもりはなかった。


(学院の廃止、か。ホーズワース公爵はこの情報を掴んでいるか……?)


 急いでコンタクトを取り、共有すべき情報だろう。


 ゲーアノルトはパーティー会場に戻りながら、公爵はどこにいるだろうかと考えていた。







■■■■■■







 ゲーアノルトが退室した後。

 ソファーに座ったマクシミリアンは、テーブルの上のグラスに手を伸ばす。


 コンコン。


 ノックに続き、隣の部屋と繋ぐドアが開くと、仮面の執事が入ってきた。

 マクシミリアンはそちらを見ることもなく、尋ねる。


「ラルヴァか。どうした?」

「例の話。裏が取れたそうです。」

「そうか…………事実か。」


 マクシミリアンは呟くと、赤酒を一口飲む。

 パーティーを開くメリットは、多くの者と容易に情報交換ができることだ。

 特にサザーヘイズ大公爵家のパーティーは、ほとんどの貴族が集まる。

 個別に様々な情報を広く、浅く集めることで、大概の情報の真偽は判別可能だった。


「情報が確定したのは有り難い。すぐに探し出せ。何としても見つけよ。」

「かしこまりました。」


 恭しく頭を下げ、ラルヴァは部屋を出て行った。

 一人になったマクシミリアンは、グラスを目の高さにまで持ち上げる。


「…………事実であったか。」


 グラスの中の赤酒を見つめ、マクシミリアンはそう呟くのだった。




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