第121話 パーティーには、マナーがいっぱい




 絶賛、を継続中のエウリアス。

 ワッティンソン子爵とナバール男爵と話をした後は、特に誰とも会わなかった。


 いや、数人は知り合いを見かけはした。

 騎士学院の四年生、ロルフはすでに社交デビューを数年前に果たしている。

 そのため友人もいるようで、楽しそうに談笑しているところを見かけた。

 少々離れているので、エウリアスの方から声をかけに行くことはしなかったが。


 また、学院長であり農務大臣を務めているミーラワード公爵の姿も見かけた。

 こちらは身分が違いすぎるし、周りには如何にも貴族家の当主らしき人物が何人もいたので、とてもじゃないが声をかけられない。

 そのため、大人しく壁にくっつき、パーティーを観察することに専念していた。


(……父上、なかなか戻らないなぁ。)


 すでにゲーアノルトが呼ばれてから、三十分は余裕で経っている。

 会場の中央ではダンスが始まり、多くの紳士淑女のみなさんがダンスに興じていた。


 そうして会場を見回していると、軽い空腹を覚える。


(ちょっと摘もうかな。)


 会場には無数のテーブルがあり、様々な料理が置かれていた。

 食事というよりは、軽く摘むための軽食がメインだ。

 お酒に合うオードブルや、デザート類がいろいろある。


 エウリアスは近くのテーブルに行き、色とりどりの料理を眺める。

 見たこともない、綺麗な料理が並んでいた。


(何だ、この赤いの。)


 綺麗に四角く切り揃えた、ゼリーのような食べ物。

 しかし、上が透明で、下が赤い。

 綺麗すぎて、食べ物なのかも疑いたくなる。


「これと、これを。あと、これももらえるかな。」

「はい、少々お待ちを。」


 給仕係は、エウリアスが指さした食べ物を皿に取り分ける。

 フォークを添え、エウリアスに渡した。


(おお……美味しそう。)


 エウリアスが選んだのは、謎のゼリーと一口大のパスタ、ローストビーフだ。


(このゼリーはデザートかなあ。でも、並び順からするとこれも軽食か。)


 とりあえずエウリアスは、最初にパスタを食べてみることにした。


(うっま!)


 濃厚なソースに、少しの酸味。

 旨みの凝縮の仕方が、これまで食べたどんなパスタとも違う。

 エウリアスは静かに感動し、ゆっくり、じっくりとパスタを味わった。


 次にローストビーフを食べようとした時、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。

 軽く周りを見回すが、特に知り合いは見当たらない。


 が、またすぐに聞こえた。

 少し離れた場所いる、人だかりからのようだ。

 エウリアスは軽く首を傾げ、その人だかりを眺める。


(あ、ティアだ。)


 人だかりの中にルクセンティアがいた。

 その人だかりは、どうやらルクセンティアが中心のようだ。

 ルクセンティアを取り囲むのは、比較的若い男が多い。

 というか、男の子ばっかりである。


(おお、人気者だね、ティア。)


 ホーズワース公爵の三女。

 それを抜きにしたって、ルクセンティアは美人さんだ。

 貴族家の縁者ならば、お近づきになろうとするのは、もはや義務と言っていいだろう。


 沢山の男の子に話しかけられながらも、ティアはにこやかに対応していた。


(あんなに話しかけられてもちゃんと対応してるんだから、すごいなあ。)


 社交スキルが、エウリアスとは桁違いである。

 普段から、ホーズワース公爵家を訪れる貴族の対応もこなしているらしいので、相当に場数を踏んでいるのだろう。

 そうして見ていると、ルクセンティアがエウリアスに気づいた。

 にこっと微笑み、軽く会釈してくる。


(うん、頑張れよー。)


 という思いで軽く手を振り、エウリアスはローストビーフを口に入れた。

 おお、これも旨いな!


 一瞬だけ、ルクセンティアのこめかみにピキッと青筋が見えた気がするが、きっと気のせいだろう。

 この距離で、そんなものが見えるわけがない。

 エウリアスは残りのゼリーも口に入れ、皿を給仕係に返した。


(やっぱりデザートじゃないんだ、このゼリー。)


 肉や野菜の旨みを感じる、実に不思議な食べ物だった。


(どうしよう。もう少し食べようかな。)


 そんなことを思いながら料理を見ていると、後ろが少し騒がしくなった。

 エウリアスが振り返ると、人だかりからこちらにズンズン歩いて来るルクセンティアが見えた。

 ルクセンティアは満面の笑みを浮かべているが、えらい迫力でこちらに向かって来る。

 背中が揺らめいて見えるのは、目の錯覚だろうか?


 ルクセンティアはエウリアスの前に来ると、増々笑みを深める。

 だけど、何でこめかみが震えてるの?


「や、やあ、ティア。こんばんは。」

「ええ、ユーリ様。こんばんは。」


 そう言って、ルクセンティアがずいっとエウリアスに一歩踏み込んだ。

 その迫力に、思わずエウリアスは一歩下がる。


「…………何?」

「あら、何がでしょうか?」


 笑顔のルクセンティアがさらに一歩踏み込み、エウリアスが一歩下がる。


「あの子たち、放っておいていいの?」


 エウリアスは、先程までルクセンティアと話をしていた男の子たちに視線を向ける。

 どうやら、彼らも何事かと戸惑っているようだ。


 しかし、ルクセンティアはガッとエウリアスの腕を掴むと、強引に引き寄せた。

 ゴゴゴゴゴ……と空気を震わせるオーラを纏い、笑顔のルクセンティアが尋ねる。


「どうして無視したのですか、ユーリ様?」

「え!? 何が!?」


 ルクセンティアの言葉に驚き、エウリアスは目を丸くした。


「無視なんかしてないよね!?」

「しつこく付きまとわれて、困っていたのですよ? あそこは声をかけてくださるべきではありませんか?」


 あの会釈はどうやら、「声をかけろ」「助けに来い」ということだったらしい。

 いや、分からんて。


「えーと……ごめん?」

「何で疑問形なのですか? もう……。」


 そうルクセンティアは溜息をつくが、自力で脱出を成功させていると思うのだけど……。

 とは思うが、余計なことは言わない。

 エウリアスはにこりと微笑み、ルクセンティアに料理を勧める。

 話題を逸らそうとか、そんなことは考えてないよ?


「ティアは、料理はもう食べた? すごく美味しいよ。」

「いえ、まだです。……それどころではありませんでしたから。」


 そう言って、じとっとした目をエウリアスに向ける。

 どうやら、作戦は失敗したようだ。


 だが、付きまとわれて困っている時には、料理というのは有効な手段ではある。

 食事中に声をかけるのは、基本的にマナー違反とされているからだ。

 軽いアイコンタクトでの挨拶くらいは構わないが、しつこく話しかけるのはNGノーグッドだった。







「本当に美味しいわ。」

「でしょ?」


 ルクセンティアと二人で、軽食を摘む。

 ルクセンティアは、ようやく一息つけて、雰囲気が和らいだ。

 さっきのルクセンティアは、ちょっと怖かったよ。


「メルはまだ来てないのかな?」

「いえ、もう来てますよ。先程、サザーヘイズ大公爵とご一緒されていましたから。今は、奥で上級貴族の相手をされているのでしょう。


 エウリアスには見えなかったが、人だかりの中にトレーメルの姿があったという。

 今は特別に招待された人しか入れない談話室サロンで、上級貴族の相手をしているのではないかと言う。

 さすが王族。


 王族は、パーティー主催者ホストの重要度で、誰を、何人参加させるかを考える。

 例えば今日のパーティーであれば、王太子と第二王子、王女の誰々、といった具合だ。

 主催者と個人的な繋がりがある場合、そうしたことも考慮して参加させる王族を選ぶのだ。


 これには当然、主催者の家格や序列が関係する。

 ある侯爵家のパーティーに王太子が参加し、別の公爵家のパーティーに不参加だと「軽んじられた」と受け取られるからだ。

 周りからもそう見られてしまう。――――王家はあの家と距離を取ろうとしている、と。


 そのため、社交シーズンを通して、王族全体でバランスを取る。

 こうした部分でも、パーティーは政治、と言えた。


 だが、トレーメルは今年社交会デビューということで、特別枠だ。

 可能な限り多くのパーティーに顔を出し、「これからよろしく」と挨拶して回らないといけないらしい。

 王族って大変だね……。


 ルクセンティアがお皿をテーブルに置くと、何気なく周囲に視線を巡らせる。

 周りでは、そわそわした男の子たちがこちらを窺っていた。

 みんな、話しかけるタイミングを見計らっているのだ。


「…………はぁ、困りました。」

「あはは……みんな待ってるね。」

「笑い事じゃないです。もういっそのこと、ずっと食べていようかしら。」

「会場中を回って、料理を全部制覇する?」

「ふふ……それもいいかもしれませんね。」


 エウリアスの冗談に、ルクセンティアが可笑しそうに笑った。


「きっとみんなびっくりするよ? 『え、あんなに食べるの!?』って。」

「それはそれで面白そうですが、あまり変なイメージがつくのはちょっと……。」

「まあ、女の子だしね。」


 そう言って、エウリアスも苦笑する。

 実のところ、エウリアスも少し困っていた。


(…………視線が痛いなぁ。)


 現在、ルクセンティアを独占しているエウリアスにも、いくつかの視線が向けられていた。


(『何だよ、あいつ』とか思っていそうだよなぁ。)


 きっと「邪魔だ、どけ」だの、「死ね」「爆ぜろ」だのといった呪詛が視線に込められているだろう。


 実は、ルクセンティアはデビュタント・ボールをしていない。

 本人が拒否したからだ。

 そのため、こうしたパーティーで見かけた時に、お近づきになろうと必死なのだ。


 どうしたものか、と考えていると、エウリアスの持っている皿をルクセンティアが取り上げる。

 そうして、テーブルに置いた。


「もう少しお付き合いくださいね、ユーリ様。」

「それはいいけどさ。どうするの?」


 にっこりと笑顔を向けるルクセンティアが、ちょっとだけ怖かった。

 逃がさないわよ、という強い意志を感じられた。


 ルクセンティアはエウリアスの腕を取ると、そのまま移動を始める。


「どこ行くの、ティア?」


 この辺で待っているように、ゲーアノルトに言われているのだけど。


「じっとしていると、どうしても視線が気になりますので。少しダンスを。」


 確かに、ダンスをしていれば、視線のことはあまり気にならなくなるだろう。

 他にもダンスをしている人たちが沢山いるので、その中に紛れるというのもある。


 エウリアスたちはダンスをしている人の間を縫い、中心付近に行った。

 そうして向かい合い、一礼する。


「それでは、一曲お相手をお願いします。」

「あら、一曲だけでやめる気ですか?」

「…………ぁ……ぇ……? その……。」


 どうやら、一曲では許してくれないようだ。

 気を取り直し、ルクセンティアの手を取って姿勢を作ると、呼吸を合わせダンスを開始する。


 優雅な演奏が流れる中、周囲にも気を配る。

 パートナーのことをリードするのは勿論だが、こうしたパーティーでのダンスの場合、周囲にも気を配らなくてはいけない。

 他のダンスをしている人たちにぶつかることがないように、周囲の動きを予測し、空いているスペースに誘導する。


「やっぱりお上手ですね、ユーリ様。」

「ありがとう。上手い人と踊ると、こっちもやり易いよ。」


 ダンスを楽しみながら、そんな会話も楽しむ。


「ところで……。」


 そうして踊っていると、ふとルクセンティアの目が細められる。


「ユーリ様は、いつ褒めてくださるのかしら?」

「――――っ!?」


 ルクセンティアのその言葉に、エウリアスはぎょっとした。


 パーティーでは、女性を褒めるのはマナーだ。

 衣装、アクセサリー、髪型、雰囲気、何でも構わない。

 挨拶として、さりげなく褒めるものなのだ。


「ル、ルル、ルクセンティアのドレス姿、初めて見た。よよよく、似合ってるとおも……思います。」

「もう、そんなに動揺しなくても。」


 そう言って、ルクセンティアが軽く頬を膨らませる。

 今日は、ルクセンティアと最初に会ったシチュエーションが少々特殊だったため、すっぽりと抜け落ちてしまった。


「でも、ありがとうございます。ユーリ様もよく似合ってますよ。」

「いえ……大変失礼しました。」


 ルクセンティアの微笑みに、エウリアスもぎこちなく微笑み返す。

 そうして二人で、しばしダンスを楽しむのだった。




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