第116話 社交は義務




 学院が終わり、馬車で屋敷に戻る。

 その道中、エウリアスはタイストと話をした。

 主に、社交についてだ。


「タイストは、パーティーについて行ったことはある?」

「ははは…………私はどうも社交そっちは苦手でして。馬車での待機組です。」


 タイストが、苦笑しながら答える。


 パーティーにもいろいろあり、傍に護衛騎士を控えさせることのできるパーティーもあれば、護衛さえ認めず招待客しか入れないパーティーもある。

 前者は比較的小さなパーティーで、後者は大きなパーティーでよくある形式らしい。

 規模の大きいパーティーとは、主催者ホストは王族や上級貴族だ。

 一切の警護はホストに任せる、という意味がある。


 とはいえ例外は当然あり、王族や他の上級貴族は、護衛騎士の帯同が許されているのが普通だ。

 伯爵家以下は、当主だけが会場に入ることが許され、護衛騎士たちは入り口付近や馬車で待機となる。


 規模の小さいパーティーなら、護衛騎士を連れて会場に入ることができるが、そうなると護衛騎士にも相応の振る舞いが求められる。

 タイストもできないわけではないだろうが、可能な限り他の人に変わってもらっていたそうだ。


 それを聞き、エウリアスがじとっとした目を向ける。


「…………ダンスパーティーには行ってる?」

「あー、行ってませんね。」


 この話題は苦手なのか、タイストが横を向いて頭を掻いた。

 各領地では、領主軍の騎士のためにパーティーを開いている。

 これは、領主が主催して年に数回開催されるのだ。

 騎士たちがパートナーを見つけ、家庭を持つことを領主が後押ししていた。

 兵士にダンスパーティーはないが、やはり出会いを後押しする場を用意している。


 そして、王都でも同様のパーティーは開かれている。

 こちらは主催者が貴族だったり、どこかの商会だったりするのだが、月に一~二回はどこかしらであるらしい。

 エウリアスの護衛をしている、ラグリフォート家の騎士にも、そうしたパーティーに参加している者はいる。

 事前に届けを出せば、パーティーの日は非番にするなど、融通を利かせていた。


 エウリアスは、タイストを見ながら顔をしかめる。


「…………そろそろ、タイストもパートナーを見つけた方がいいんじゃない?」

「いいんですよ、私のことは。どうか気にしないでください。」

「……………………。」


 こういうことに、周りがあまりやいのやいの言うのは、確かによくないだろう。

 だが、さすがにずっと独身というのも、問題があると言うか。


「俺は、タイストが心配だよ。」

「ありがとうございます、坊ちゃん。ですが、私はそれなりに楽しんでやってますから。」


 いまいち釈然としないが、エウリアスは肩を竦めて頷く。

 本人にその気がないのに、あまり言われても嫌になるだけだろう。


 が、そこで閃く。


「もしかして、もう相手がいる……?」


 エウリアスの呟きに、タイストの眉がぴくりと動く。


「そっか! もう想い人がいるんだ。だからパーティーに行かないんだ!」

「あの……、坊ちゃん?」

「まさか、相手は領地にいるの? あっ!? 俺が王都こっちにいる間、ずっとその人を待たせてるの!?」

「いや、待ってください、坊ちゃん?」

「だめだよ、タイスト! 相手が可哀想だよ。父上に言って、領地での勤務に戻して――――!」

「いません! 坊ちゃん! そんな相手いませんから!」


 エウリアスがタイストの結婚を後押ししようとすると、慌てて否定した。


「それじゃあ、何でダンスパーティーに行かないのさ。領地で待ってる人がいるからじゃないの?」

「違います。苦手なんですよ、そういうの。……もう、この話は勘弁してください、坊ちゃん。」


 タイストが額の汗を拭き、大きく息をつく。


「……分かったけど。」


 そんなタイストの様子を見て、エウリアスもそれ以上は言うのをやめた。


(んー……、何か理由があるのかなぁ。)


 渋い表情をして窓の外を眺めるタイストの横顔に、そんなことを思うエウリアスだった。







■■■■■■







 数日後の夕刻。

 ゲーアノルトが王都に着いた。

 エウリアスも別邸に行き、ゲーアノルトを出迎える。


「無事の到着に安堵しました、父上。」

「うむ。元気そうで何よりだ、エウリアス。…………たびたび来るおかげで、あまり久しぶりという気はせんがな。」


 ゲーアノルトの感想に、エウリアスは微妙な表情になる。

 ゲーアノルトは馬車を降りると、ステインに視線を向けた。


「荷物の整理は任せる。私はエウリアスと話がある。」

「かしこまりました。」


 これから一カ月以上を、この別邸で過ごす。

 そのため、荷物がいつもより多い。


 ステインが恭しく礼をすると、ゲーアノルトはそのまま屋敷に入った。

 早速のご指名に、エウリアスは心の中で「うげ……」と呻く。

 まあ、話の内容には想像がつくが。


 ゲーアノルトが執務室に入ると、エウリアスも後に続いた。

 女中メイドはお茶を用意すると、すぐに部屋を出る。

 ソファーに座ったゲーアノルトは、お茶を一口飲むと、重く息をついた。

 この重さは、旅の疲れか、それとも別の理由によるものか。


 ゲーアノルトが、真っ直ぐにエウリアスを見る。


「大変だったな。まさか、学院内であのような事件が起こるとは……。」


 ゲーアノルトの目には、悔恨が滲んだ。


「お前を騎士学院に入れたのは、失敗だったか。このような事件が立て続けに起こるなど、もう百年以上もなかったことだ。」


 騎士学院内での刃傷沙汰も、過去になかったわけではない。

 特に学院が始まってすぐの頃は、まだ騎士道や騎士の心構えなどが浸透していなかったため、決闘騒ぎも多かったらしい。

 しかし、護衛騎士を制限したり、騎士道という価値観が根付いていくと、こうした騒ぎはほとんど起きなくなった。


「明らかに、エウリアスを狙って行われた犯行だろう。ツバーク子爵には、恨みを買ってしまったかもしれないな。」


 たびたび起きる襲撃事件には、共通点がある。

 エウリアスとルクセンティアだ。

 エウリアスが学院にいなければ、ツバーク子爵家の嫡男モルデンが犠牲になることもなかっただろう。


 言うまでもなく、この襲撃事件はエウリアスのせいではない。

 襲撃を企てた者こそが非難されるべきで、エウリアスやルクセンティアは被害者だ。

 しかし、実際に嫡男を失ったツバーク子爵からすれば、「エウリアスあいつがいなければ」と思ってしまうのも無理ないかもしれない。


 エウリアスは姿勢を正し、ゲーアノルトを見る。


「…………学院を辞め、領地に戻った方がいいですか?」


 それはそれで、エウリアスにとっては有り難い話だ。

 元々、来たくて来た王都ではない。

 以前のように領地で暮らせるなら、と思っている自分も正直に言えばいる。

 だが……。


(このまま領地に戻って、それで解決するのか?)


 一番の問題はそこだ。

 エウリアスが王都に来てから、この襲撃事件が起き始めた。

 では、王都を出て行けば、襲撃は終わる?


(そんなの、誰にも分かるわけない。)


 何より、もう一人の共通点であるルクセンティアが王都にいる。

 エウリアスがラグリフォート領に帰った後に、再び襲撃が起きたら?

 あの『人ではなくなった存在』は、今のところエウリアスでなければ倒せないのだ。

 王城で会った魔法使い、セリオならば倒せる可能性もあるかもしれない。

 しかし、それだって実際はどうなるか分からない。


 今、領地に帰るという選択はできない。

 ゲーアノルトに「領地に戻った方がいいか」と尋ねたエウリアスだが、まだそれはできないと考えていた。


 エウリアスの問いに、ゲーアノルトは目を閉じた。

 ゲーアノルトがどんなことを考えているのか、エウリアスには分からない。


「それについては、一旦保留だ。ホーズワース公爵や、場合によっては陛下にもお伺いを立てようと思っている。」


 被害が大き過ぎて、もはやゲーアノルトでさえも判断を下せないと言う。


「捜査がどこまで進んでいるのか。犯人の狙いもまったく分かっていない。様々なことを勘案し、判断されることになるだろう。」

「分かりました。」


 エウリアスの存在が王都にとって害と判断されれば、帰れと命令される。

 そうはっきりと命じられれば、エウリアスに否はない。

 やや俯いたエウリアスに、ゲーアノルトが表情を和らげる。


「エウリアスのせいではないし、お前に責任はない。そのことは、みんな分かっている。」

「はい……。」


 理由は様々ではあるが、貴族とはそうした脅威に晒されるのが常だ。

 だからこそ、護衛を付けているのだから。

 今回は敵が少々特殊ではあるが、やっていることは同じだ。


『貴族に対し、ちからで挑む者がいる。』


 これはすべての貴族の共通認識であり、だからこそ絶対に引いてはならないと考えるはず。

 ゲーアノルトは、そう言った。


「これは貴族社会に対する反抗であり、エウリアスはその矢面に立たされているだけだ。トレーメル殿下襲撃事件のこともあり、これを企てている輩が、王族にさえ弓引く大逆人であることは明白。こんなことに屈すれば、貴族社会のみならず、リフエンタール王国が揺らぐ。」


 ゲーアノルトが、目に力を籠めてエウリアスを射貫く。

 脅しに屈するようなことは、貴族として、絶対にあってはならないと。


「話は変わるが、エウリアスが王城の魔法使いと、情報交換をするようなことが公爵の手紙にあったが……。もう会ったか?」

「はい、セリオという方とお話ししました。ただ、古い書物にもあまり有力な情報はないようです。」

「そうか。」


 エウリアスは、ゲーアノルトに一つ尋ねる。


「魔物や魔獣が、昔と比べてかなり減っているという話を聞きました。確かに、ラグリフォート領でも魔物とかの被害はあまり聞いたことがないのですが……。」

「そうだな。いないわけではないが、生息域がはっきりしているおかげで、ほとんど被害は出たことはないな。」

「やっぱり、いるのはいるのですね。」

「ああ。小型の魔物なら、時々山を下りてくることがある。今のところ、大きな被害を出さずに済んでいるな。」


 山ばかりのラグリフォート領には、いくつか魔物の住処となっている山がある。

 そうした山の麓に、監視のための物見櫓などを建て、警戒していた。


「数が少ないのも幸いし、出てきた魔物はすぐに発見できている。人里に近づく前に、軍から部隊を派遣して退治をしている。」

「話は少し聞いたことありますが、俺もどの山がそうなのか知らないんですよね。」

「屋敷の周辺の山にはいないからな。魔物退治については、兵士たちに任せておけばいい。」

「兵士? 騎士団は派遣しないのですか?」

「魔物退治は、山岳地帯での戦闘が多い。騎士の運用には向かないからな。」


 騎士の得意な戦闘は、やはり騎馬を用いた平地での戦闘だ。

 それに引き換え、兵士は地形を選ばず、どんな地形でもそれなりの対応が可能だった。

 突出した強みはないが、数が多く、多くの地形に対応できること自体が強みと言える。


 ゲーアノルトがお茶を飲み干す。


「大昔は魔獣や魔物も多かったというのも、そんな話自体がお伽噺と言えるくらい、昔の話だ。」

「そんなに昔の話なのですか?」

「旧帝国時代でさえ、徐々に魔物は減っていたようだな。原因ははっきりしていないようだが。私もあまり詳しくはないが、それにより無くなった職業で『冒険者』というのがあるそうだ。」

「冒険者、ですか?」


 何、そのちょっと男心をくすぐる職業は。


「自分で魔獣や魔物の生息域に赴き、狩ったりする仕事らしい。魔獣や魔物の減少によって、徐々に仕事として成り立たなくなったようだが。」

「へえーー……。」


 あんまり、面白そうな仕事ではないようだ。

 自分から魔物の生息域に入って行くなど、今なら考えられない。


「まあ、それはいいだろう。」


 ゲーアノルトはカップを置くと、テーブルベルを鳴らした。

 入ってきたメイドにお茶をお替わりすると、今日のところは話が終わった。


「今年から、エウリアスにもいくつかパーティーに同行してもらう。準備しておきなさい。」


 最後にそう宣告され、エウリアスは背筋を伸ばした。

 予想通りではあるが、肩を落としそうになったのを誤魔化すために。


 社交とか面倒だけど、頑張るしかないかぁ。




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