第115話 ダンスはコミュニケーション
秋が深まってきた、今日この頃。
午後の騎士学院の授業。
屋内運動場で、エウリアスは女性の教師の手拍子に合わせ、華麗にダンスステップを踏んでいた。
パートナーはルクセンティアだ。
社交では定番のダンスのため、急な指名でも問題なく合わせられる。
ダンスで重要なことは、パートナーに合わせること。
しかし、それ以上に大事なことは自信をもって踊ることだ。
たとえステップを間違えなくても、足元ばかり見て、パートナーを見ないのでは
軽く微笑み、パートナーの目をしっかり見て、自信をもってリードする。
周囲にいる学院生の視線を感じながら、エウリアスはルクセンティアの華麗なターンをサポートした。
「お上手ですね、ユーリ様。」
こそっと、ルクセンティアが耳打ちしてくる。
「久しぶりで、内心どきどきだよ。」
「ふふっ……冗談ばっかり。」
微笑みながら、周りにバレないように言葉を交わす。
エウリアスとルクセンティアは、今日から始まったダンスの授業の手本として、急遽指名されたのだ。
実は、これも騎士学院の立派な
騎士ともなれば、主君に付き従い社交場に出入りすることもある。
そのため、社交場での礼儀なども教わるのだが、その一環としてダンスも教わることになる。
なぜ付き従うだけの騎士が、ダンスを教わるのか。
それは、騎士もダンスパーティーがあるからだ。
貴族の社交とは別に、騎士はダンスパーティーが催される。
主に、パートナー探しを目的として。
このパートナーとはダンスパートナーではない。
生涯のパートナーだ。
ダンスパーティーとは、将来の結婚相手を探すお見合いの場でもあるのだ。
そのため、騎士学院でもダンスを教えている。
騎士に必要な、素養の一つとして位置づけられていた。
エウリアスは、最後にルクセンティアを一回転させ、しっかりと受け止める。
それから互いに一歩引き、手を放すと向かい合って一礼した。
ルクセンティアは
フィニッシュし、姿勢を正すと歓声と拍手が湧き上がる。
「「「すごーーい!」」」
「「「お貴族様って、何でもできるの!?」」」
「ルクセンティア様、綺麗だったね……。」
今日から始まるダンスの授業だというのに、すでに教わる必要がないレベルでこなすエウリアスとルクセンティアに、惜しみない賞賛が贈られた。
拍手をしながら、女性教師がエウリアスたちの下にやって来る。
この女性はニネット。
学院で、礼儀作法やダンスなどを主に受け持っている教師だ。
「お二人とも、大変素晴らしかったですわ。」
「ありがとう。」
「ありがとうございます。」
エウリアスとルクセンティアは、ニネットに一礼する。
「みなさん、こんなに素晴らしいお手本は滅多に見られませんよ。お二人に、もっと拍手を!」
ニネットが言うと、見ていた学院生たちが更に拍手を強める。
エウリアスたちは拍手を受けながらも、涼しい顔でトレーメルの下へ歩いて行った。
「二人とも上手だな。」
「まあ、これくらいはね。トレーメルだってできるだろ?」
「そろそろ社交のシーズンですからね。最近、少しおさらいをしましたので。」
ルクセンティアがそう言うと、トレーメルが頷く。
「僕も、そろそろおさらいをしないと…………間違えてしまいそうだ。」
「本番で足を踏んでしまったら、申し訳ないからね。俺も、真面目におさらいをしとこ。」
そう。
リフエンタール王国の社交は、秋の後半から本番を迎える。
これから一カ月ほどの間、王国中のすべての貴族が王都に集まり、昼間は議会、夜にパーティーを開く。
この時期しかパーティーが開かれないわけではない。
しかし、この社交のシーズンは官職に就いていない貴族も王都に集まるため、特に集中して開催されるのだった。
ニネットがパンパンと手を叩くと、みんなが一斉に静かになる。
「みなさんがダンスパーティーに参加するのは、まだ先の話になります。ですが一通り踊れないと、素敵なお相手と出会った時に、みすみす逃してしまうことにもなりかねません。ダンスが苦手だと、気後れしてしまうこともあるでしょう。『もっと真面目に習っておけば……』なんて後悔は、あちらこちらのパーティーで聞かれますよ? 素敵なパートナーを得るためにも、真剣に取り組んでください。…………みなさんには、ある意味もっとも重要な授業だと言えるはずです。」
騎士となると、当然ながら駐屯地などに常駐する生活になる。
そこでパートナーに巡り合えれば、それが一番だろう。
しかし、そんな幸運に恵まれる人はほんの一握りだ。
多くの騎士が、このダンスパーティーで生涯のパートナーを見つけることになる。
ニネットの言う通り、これは自分の人生が懸かった授業だと言っても過言ではないのだ。
そうして、学院生たちを横で見ていたテオドルが声を上げる。
「じゃあ、ステップの練習を始めるぞ。男子はこっちに来てくれ。」
「女子はこちらです。まずは男女で別れ、それぞれのステップを憶えるところから始めますよ。」
教師の指示に、男女が運動場で別々になる。
「じゃあ、また後でね。」
「はい。」
ルクセンティアと別れ、トレーメルとテオドルの方に向かう。
「しかし、何とか間に合って良かったぞ……。」
そう言って、トレーメルがお腹周りを撫でる。
そこには、もはやぽよんぽよんな無駄なお肉はない。
夏休みから早二カ月。
半月で激太りしたトレーメルは、何とか元の引き締まった身体を取り戻していた。
太るのは一瞬でも、痩せるのは非常に長い道のりだった。
「トレーメルは社交に出るの?」
「ああ、先日『今年から出るように』と父に言われたのでな。ユーリは?」
「俺はどうなんだろう。特には言われてないけど……。」
「だが、まったく行かないということはないのではないか?」
「うーん……そうかも。父上ももうすぐ王都に来るから、その時に言われるかもね。」
貴族としての教育に熱心だったゲーアノルトは、当然ながらダンスにも優秀な家庭教師をつけた。
おかげで、ダンス自体にそこまで不安はない。
そうして、それだけ熱心に叩き込んだゲーアノルトが、エウリアスをパーティーに連れて行かないということはないだろう。
むしろ、そのために身につけさせたのだから。
「お互い、しっかりおさらいをしておこう。…………恥をかかないために。」
「はは……そうだね。」
非常に消極的なトレーメルの理由に、エウリアスが乾いた笑いを漏らす。
当然ながら、騎士だけでなく貴族にもダンスは必要だ。
騎士のように生涯のパートナー探しということはないが、貴族にとってのダンスとは重要なコミュニケーションの一つ。
そして、ダンスとは一人でやるものではない。
エウリアスが失敗しては、相手に恥をかかせることにもなりかねない。
得手不得手はあっても、みんな失敗しないくらいには身につけているのが、当たり前なのだ。
そうしてトレーメルとも距離を空け、テオドルの手拍子に合わせてステップを踏む。
(…………社交かぁ。正直、あんまり気乗りはしないんだけど。)
とはいえ、これも貴族の務めではある。
普段はパーティーなどにあまり参加しないゲーアノルトも、この時期は毎晩のように出掛けるらしい。
シーズン中の昼間の議会と、夜のパーティーは、貴族家当主の義務のようなものだ。
(嫌だから行かない、なんて我が儘を言うわけにはいかないよね。)
近いうちに連れて行かれるであろう社交パーティーを思い、そっと溜息をつくエウリアスだった。
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