第114話 他に適任がいないのは分かるけど……
中庭に近い会議室を一つ押さえているというので、そちらに移動する。
中には
セリオは、中庭から運んできた金属の棒を壁に立てかける。
会議机にトレーメルが着くと、エウリアスたちも席に着いた。
角の席にトレーメルとエウリアスが並び、セリオが角を挟んだ位置に座る。
セリオはお茶を一口飲むと、エウリアスに話しかけた。
「エウリアス君がこれまでに倒した魔物のこと、教えてもらえるかい?」
セリオの言っている魔物というのは、漆黒の百足と、人ではなくなった存在のことだ。
エウリアスは以前にホーズワース公爵に話した内容を含め、すべて話した。
これらはすでに伝わっているはずなので、今更隠したところで意味はない。
セリオも、あくまで念のために確認しているだけだろう。
そうして、一通りの話を聞き、セリオが腕を組む。
「うーん……やはり、その黒い靄が
「はい。百足になった黒い靄もそうですが…………ホーズワース公爵家を襲撃した女や、学院で襲ってきた学院生の傷口から、黒い湯気のようなものが出ているのをみんなが目にしています。」
それを聞いていたトレーメルが、セリオに尋ねる。
「魔物のことを記した書物などに、似たような記述はないのか? 黒いかどうかはともかく、靄か何かが魔物になったりというのは?」
だが、セリオが首を振る。
「剣で斬れない魔物として、”
漆黒の百足は、剣で斬るだけは斬れていた。
すぐに修復されてしまう、というだけで。
そのため、レイス説は候補から外されたそうだ。
「人に憑依するような魔物でも、いくつか記述はありました。この特徴はレイスにも当てはまりますね。」
他にも『夢魔』や『淫魔』と呼ばれる魔物、インキュバスやサキュバスにも、そうした特徴を記述している書物があったそうだ。
「ですが、細かい部分で違いがあるというか……。夢魔などに関しては、『首を刎ねても動く』などということはないようです。」
「レイスではどうだ?」
トレーメルが聞くと、セリオが頷く。
「レイスが憑依していた場合、憑依した対象が命を落としても動いていた例があるようですね。」
「じゃあ、レイスで決まりじゃないのか?」
しかし、セリオは納得していないようで、首を振る。
「レイスの仲間というか、近い魔物である可能性は否定できないのですが……。どうも、聞いた特徴と書かれている内容に差があるのが、気になりまして。」
そうして、セリオがエウリアスを真剣な目で見た。
「そもそも、我々が知り得る魔物などの情報というのは、かなり限られているんだ。」
「そうなのですか?」
「ああ。今、魔物というのはとても少ない。数百年前と比べると、明らかに減っているんだ。種類も、数もね。」
「いいことだな。魔物や魔獣の類は、倒すのにも苦労するというし、被害も大きいのだろう?」
トレーメルがそう言うと、セリオが頷く。
「確かに、稀に魔獣や魔物が人里に現れたなんて話がありますが、結果はかなり悲惨です。村や集落が、丸ごと壊滅させられることもありますので。」
「聞いたことがあります。生息域から外れた魔獣なんかが、そうして人里を襲うことがあると。」
「ああ。だが、実はそうした魔獣や魔物の種類は、とても限られていてね。」
「そうなのか?」
セリオの説明に、トレーメルがカップに手を伸ばしながら尋ねる。
「先程から例に挙げているレイス、それにインキュバスやサキュバスか。こうした存在を裏付ける証拠は、実は何もないんだ。」
「え、そうなんですか?」
エウリアスが、少し驚く。
セリオは肩を竦めた。
「古い書物などに、そうした記述はある。しかし、エウリアス君は実際にレイスを見たことがあるかい?」
セリオにそう聞かれ、エウリアスは困ったように首を傾げた。
あの黒い靄がレイスでした、というなら見たことがあると言える。
しかし、確証が得られていない現状では、なかなか肯定しにくい。
「……多分、ないと思います。」
「そうだね。私も見たことがない。」
セリオがエウリアスの返答に頷いた。
「実際、私も書物に書かれているので、知識としては知ることができた。でも、それが実在するとは言い切れないんだ。」
セリオは背もたれに寄りかかり、少し身体を伸ばす。
「魔獣や魔物のいくつかは確かに実在する。実際に被害が出ているし、退治もされている。しかし、古い書物に載っている魔物などの多くは、実在が確認されていないんだ。」
「魔物が減ったのは喜ばしいことだが、その確認できない魔物というのは、そんなに多いのか?」
「ええ、多いですよ。何せ、書物にある九割以上が未確認の存在ですから。」
「そんなに多いのか!?」
九割も未確認だと言われ、トレーメルが驚きの声を上げる。
「実際は、そんなものじゃなさそうですけどね。旧帝国時代に焼かれた書物も多いようで、情報の断絶が起きているのです。」
リフエンタール王国が出来る前の、帝国の時代に失われた情報というのは、結構深刻なのだと言う。
魔物の例で言えば、かつて存在しながら、現在では記録さえ失われた魔物がいてもおかしくないそうだ。
「帝国ができる前の情報は、そこで大分失われました。今ある魔物や魔獣について記された
そのため、曖昧な情報から記された書物も多いのだとか。
いくつかの書物で同じ内容が書かれていれば、少しは信憑性も上がるが……。
「そんなわけでね。いろいろ書庫の書物を調べてはいるけど、残っている書物にはそもそも載っていない可能性もあるんだ。」
「そうだったのですね。」
なるほど、だからいつまで経っても、調査が進まなかったのだろう。
エウリアスに追加の情報が来なかったのは、ホーズワース公爵が止めていたわけではなく、そもそも確度の高い情報が届かなかったかららしい。
「エウリアス君が何か特殊な力の持ち主だったら、それが何かの手掛かりになるかも、と期待していたのだけど……。」
「あの……すみません。お役に立てずに。」
がっくりと肩を落とすセリオに、エウリアスは申し訳なくなり謝る。
実際、隠していることがあるため、少しばかり心苦しかった。
「……………………。」
エウリアスは、セリオに尋ねようかと悩み、そのまま黙っていることにした。
『――――その書物に『歪魔族』という存在の記述はありますか?』
魔物の類だと言うなら、歪魔というのも魔物ではないだろうか。
何と言っても、
クロエを、黒水晶から解放する手掛かりになるかもしれないとも思うが、本人が一切漏らすなと強く言っている。
そのため、エウリアスは尋ねることをやめた。
「まあ、魔物の特定も重要だけど、もっとも重要なのは退治する方法だね。」
そう言って、セリオが身体を起こす。
「エウリアス君に、もう少しはっきりとした傾向が出てくれれば、これも断定しやすかったのだけど……。」
セリオは指先で机をコツコツと叩いた。
「できれば、私たちも一度戦ってみたいね。魔法で倒せるのか。どの系統の魔法が効果が高いか。そうしたことを検証したい。」
「戦ってみたいって、本気か……?」
トレーメルが顔をしかめて言うと、セリオがしっかりと頷く。
「何のために、私たちが王城に常駐していると思っているのですか。いざという時に、陛下や王族の方々を護るためですよ?」
「それは勿論、分かっているが……。」
「剣で倒せない以上、魔法で倒せるかどうかを検証することは、非常に重要です。」
セリオが、エウリアスに視線を向ける。
「今度現れたら、何匹か生け捕りにしてもらえないかい?」
「生け捕り!? あれを!?」
セリオの無茶な注文に、エウリアスが驚く。
「首が斬れたんだ。手足を斬り落とせば、何とかならないかね?」
「あ、いえ、それは……やれなくもないと思いますが……。」
エウリアスは、後ろに控えるタイストの方を見た。
タイストも、ちょっと苦しそうな表情をしている。
エウリアスは、額をかりかりと掻いた。
「…………成功するかどうかはともかく、捕縛用の縄を用意しておくか。」
「縄では千切られてしまうのではないか? 鎖の方が良いと思うぞ。」
「鎖……。」
そんなのを常備していては、重くってどうしようもない。
かなりの膂力がありそうなので、それなりに太い鎖が必要だろうし。
とはいえ、手足を落とせば、縄でも逃げられないように縛ることは可能か?
「……ていうか、手足落としたら失血死しますよね。」
ふと思いついてエウリアスが言うと、セリオが笑った。
「ははっ、それで倒せるならそれでも全然構わないよ。でも、首を落としても動いていたのだろう? 失血死なんて意味ないんじゃないか?」
「そうでした……。」
セリオの指摘に、エウリアスがげんなりする。
「まあ…………漆黒の百足みたいな、靄そのものだとどうにもなりませんが。人ではなくなった存在なら何とかなりそうですね。」
「人ではなくなった存在?」
トレーメルが呟き、エウリアスは頷く。
「元々は、おそらく普通の人ですよね? それが人とはいえないような魔物になった。だから『人ではなくなった存在』って呼んでるんです。」
「なるほどな。そうして聞くと、なかなか厄介な存在だな。」
納得したようにトレーメルが呟くと、セリオが真剣にエウリアスに頼み込んだ。
「とにかく私たちは、魔法でその謎の存在を倒せるか試したいんだ。すまないが、協力してほしい。今のところ、エウリアス君に頼む以外なさそうなんだ。」
嫌な事実に、エウリアスは顔をしかめる。
「…………絶対、とは言えませんよ? さすがに、こっちも命が懸かっていますから。」
「勿論だ。それで構わない。」
たびたびそうした存在に襲われている、エウリアスにしか頼めないと言えばその通りだろう。
セリオの頼みを、エウリアスは渋々ながら引き受けるのだった。
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