第104話 呪蟲と呪尸




「何だ……あの黒いものは?」


 ロルフの護衛騎士が、その異様な光景に後退あとずさる。

 立ち上がった男の子は首から血を流しているが、それとは別に黒いもやが湯気のように漏れ出ていた。


「……………………っ……!」


 エウリアスは他の男の子たちを見る。

 よく見ると、全員が斬られた跡から黒い靄が出ていた。


「ユーリ様……。」


 エウリアスを見上げ、ルクセンティアが不安そうに呟く。

 エウリアスもルクセンティアを見つめるが、すぐに視線をホーズワース公爵家の護衛騎士に向けた。


「ホーズワース家の護衛は戻れ! ティアの護衛についてくれ!」

「ユーリ様!? 何を!?」


 ルクセンティアの問いには答えず、エウリアスはタイストの方を向いた。


「タイスト! こいつらは、女と同じだっ!」

「ええ! まったく、どうなってやがるのか!」


 そう言いながら、タイストは襲い掛かってきた男の子を斬った。

 襲い掛かって来る男の子たちの動きは、速いは速いが、あの時の女ほどではなかった。

 膂力も、おそらく前に戦った女の方が上だろう。


「俺が前に出る! ティアを頼む!」

「いけません、ユーリ様!」


 エウリアスが護衛騎士と交代しようとすると、ルクセンティアが引き留める。

 エウリアスは、腕を掴むルクセンティアの手に、そっと自分の手を添えた。


「こいつらは、と同じなんだ。多分手っ取り早いのは、俺が出ることだと思う。」

「で、ですが……。」


 ルクセンティアも、漆黒の百足を見ている。

 話を聞き、実行犯の女のことも知っている。

 クロエのことを説明した時、どうやって倒したかをルクセンティアには伝えているのだ。


 ルクセンティアが躊躇ためらいながら手を放すと、何とか隙を作った護衛騎士がやってくる。


「任せたぞ。」

「勿論です。」

「エウリアス様も、お気をつけください。」


 エウリアスはルクセンティアの護衛を交代すると、まずは一番近い男の子に向かった。


「クロエ、やることは分かってるな!」

「無論じゃ。」


 ゼロ距離の【偃月斬えんげつざん】。

 黒い靄を出していた女も、【偃月斬】で首を刎ねたら動かなくなった。


「フッ!」


 エウリアスは起き上がろうとする男の子の首を、横薙ぎで刎ねる。

 本来、ギリギリ届かない太刀筋だが、【偃月斬】で首が落ちた。

 起き上がろうとしていた男の子が、そのまま倒れる。


 ちゃんと倒せたか確認したいが、残念ながら今はそこまで余裕がない。

 エウリアスは、すぐに別の男の子に向かった。


 すぐ近くで、ロルフの護衛騎士が組みつかれ、身動きが取れなくなっていた。


「ぅおおおっ……! 何だっ……この、力はぁ……っ!」


 男の子は護衛騎士の手甲ガントレットに噛みつき、なおもしがみつく。

 あの女ほどではないと言っても、やはり相当な膂力を持っているらしい。

 護衛騎士は何とか引き剥がそうとするが、単純な力勝負では負けてしまうようだ。


「クロエッ!」

「大丈夫じゃ! やるがいいっ!」


 エウリアスが小声で呼ぶと、エウリアスの意図を察したクロエが即座に答えた。


 エウリアスは男の子の背後から、横薙ぎを一閃する。

 組みつかれた護衛騎士との距離が近いため不安だったが、クロエは「大丈夫」だと言った。

 ならば、クロエのその言葉を信じ、エウリアスは男の子を斬るのみ。

 首を斬られた男の子の身体がダラン……と力を失い、崩れ落ちた。


「おいっ、大丈夫か!?」

「あ、ありがとうございます……っ。」


 ロルフの護衛騎士が、青褪めた顔でお礼を言う。

 護衛騎士は肩で息をしながら、大きく溜息をついた。


「エウ、今度は直接斬ってみよ。」


 エウリアスが次に向かおうとしたところで、クロエがそんな提案をしてきた。


「直接って……。」


 何か新しいことを考えているのか?

 だが、そういうのって、失敗した時に剣がぐしゃぐしゃになるとか言ってなかったか?

 そこまでは言ってないか?


「さすがにこれだけやっていれば、わらわも慣れるしの。これまでのように飛ばすのではなく、其方の斬撃そのものに『歪みの力』を乗せてみようぞ。」


 よく分からないが、確かにクロエは毎朝エウリアスの訓練に付き合ってくれている。

 切れ味を上げるなども、練習しているのだ。

 毎日の訓練で、何かしらのコツを掴んだのかもしれない。


「ハァァアアーーーッ!!!」


 エウリアスは、二人の男の子の間を駆け抜けながら、続けざまに首を刎ねる。

 そうして振り返ると、二人とも崩れるように倒れた。


「おお、普通に斬っただけなのに効果がある!?」

「うむ。ざっとこんなものじゃの。」


 四人の男の子を斬り、残りは二人だけ。

 しかし、そこで困ったことが起きた。


「…………………………あのさ……首が……。」


 残りの二人は、すでに首が斬られていた。

 おそらく、首を刎ねるエウリアスを見て、真似をしたのだろう。

 しかし、二人は首を斬られても黒い靄で繋がり、頭が僅かに浮いていた。


「どうすんのよ、これ……。」

「どうするもこうするもないの。やることは同じじゃ。あの隙間を斬るが良い。」


 肉体的な繋がりは断たれても、黒い靄が繋がっているために、活動が停止しないらしい。

 人ではなくなったと言う話だったが、もはや生物ですらないようだ。


「何なんだこいつらはっ!」


 タイストが堪らず叫ぶ。


 タイストはもう一人の護衛騎士と、一人の男の子の相手をしていた。

 残りの男の子は、ヒンケル家の護衛騎士とロルフの三人がかりだ。


 男の子たちはひたすらに暴れるが、さすがに複数で相手をすればやられることはなさそうだった。

 それでも、いくら斬っても倒せない男の子たちに、護衛騎士たちはビビリ気味だ。


「ハッ!」


 エウリアスはタイストに掴みかかろうとする男の子の横から、首の黒い靄を斬った。

 斬られた黒い靄は再生することなく、そのまま首が地面に落ちる。

 そうして、身体も糸が切れたように崩れ落ちた。


「はぁーっ、はぁーっ……! エ、エウリアス様……。」


 苦し気に呼吸するタイストの腕を、エウリアスは労わるようにポンポンと叩く。

 最後に残った男の子の方を見ると、丁度ロルフが突きで胸を刺したところだった。


「そのまま動きを封じておいてくださいっ!」

「わ、わかった!」


 男の子は胸に刺さった剣を両手で掴むと、引き抜こうとする。

 しかし、その腕を護衛騎士たちが斬った。


 首は黒い靄で繋がっているが、どうやら腕は繋がっていないらしい。

 斬られた腕から黒い靄は出ているが、そのまま地面に落ちた。


「ハアッ!」


 ロルフが動きを封じている間に、エウリアスは背後から首に繋がる黒い靄を斬る。

 男の子は、そのまま地面に倒れた。


「フゥーー……ッ!」


 ロルフが大きく息をつくと、額の汗を拭う。


「一体、こいつらはどうなっているんだ……?」


 斬っても倒せない。

 首を刎ねても倒せないなど、まともな存在ではない。

 ロルフはぐるりと見回し、倒れている六人の男の子を見た。

 全員が、学院の制服を着ている。


 そうして、一人の男の子の方へ歩いて行った。


「……………………。」


 ロルフはその男の子の横に立ち、目を閉じる。


「……お知り合いですか?」

「知り合い……というほどではないが。今年同じクラスになった平民だ。」


 どうやら今回襲撃してきた男の子に、ロルフの顔見知りがいたらしい。

 ということは、この男の子たちは正真正銘、学院生で間違いなさそうだ。

 何者かが学院生に偽装したのではなく、本物の学院生。


 エウリアスがそんなことを考えていると、少し青い顔をしたルクセンティアが横に並ぶ。


「ユーリ様……お怪我は?」

「ん? ああ、大丈夫だよ。みんなが引きつけてくれてたから、不意打ち気味に斬ってただけだからね。」


 そこに、ヒンケル家の護衛騎士がやって来て、報告する。


「ロルフ様。モルデン様は……残念ながら。」

「そうか。」


 少し離れた所に倒れている、モルデンの安否を確認しに行ってくれたようだ。

 だが、すでに事切れていたらしい。


 そうして、ロルフが全員に視線を巡らす。


「とにかく、ここを離れよう。学院に報告し、関係各所に連絡をしてもらわなければならない。」


 ロルフの意見に、エウリアスたちは頷いた。







■■■■■■







「もう少し楽しめるかと思ったのに。意外とあっさり倒してくれたわね。」


 雑木林の中から、エウリアスたちを見ていたエラフスが呟く。


 もっとも、この結果はほぼ予想通りだ。

 もう少し苦戦してくれるかと思ったが、坊やが“呪尸じゅし”を倒すすべを持っていること自体は、以前の女で分かっていた。


「どうやってあの力を断ち切ったのか分からなかったけど、普通に斬ってただけとはね……。」


 漆黒の百足をあっさりと倒し、“呪尸じゅし”になりかけの女を追った。

 そして、その女も首を刎ねただけで倒していたように見えた。

 ただ、以前は遠目だったため、何かをやったのをエラフスが気づかなかっただけかと思ったのだが。


 エラフスは髪を掻き上げ、眉を寄せる。


「“呪蟲じゅこ”の弱点に気づいたってわけでもなさそうだし……。どういうことかしら。」


 普通に斬るだけでは、身体の中を支配するエラフスの力は切れない。

 それを断ち切ったのは、剣の力か、坊やの力か。


「まあ、“払暁の意向”は叶えたし。今回はここまでかしら。」


 ラグリフォート家を揺さぶり、学院内で騒動を起こす。


 手間がかかった割には呆気のないものだったが、得てしてそんなものだ。

 多大な時間と労力をかけたものが、一瞬で役目を終える。

 とはいえ、今回の労力とは少年たちをたぶらかすだけの簡単なものだったが。


「いつもこういう仕事だったら楽しいのに。」


 そう言うと、エラフスがぺろりと唇を舐めた。

 木の陰から、立ち去るエウリアスたちを見る。


「ンフフフ…………私がちゃんと殺してあげるから。それまでは、勝手に死んじゃだめよ坊や?」


 うっとりした表情で呟くと、エラフスもその場を去るのだった。




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