第102話 モルデンの動機
ルクセンティアとモルデンの稽古(?)……が終わり、本部の中で話をすることにした。
練習場に来ていた氷銀騎士会のメンバーは、今日は帰らせた。
本部と言っても、簡素な木造の建物だ。
それでも、十人以上が使える会議机を備え、それなりに広い。
その会議机にエウリアスとルクセンティアが着き、向かいにモルデンが着く。
ロルフは進行役として、議長席に座った。
また、この場には護衛騎士が六名いる。
それぞれ、エウリアス、ルクセンティア、ロルフの護衛騎士が二名ずつだ。
ロルフが、モルデンを睨む。
「話はエウリアス君に聞かせてもらった。俺は、エウリアス君に氷銀騎士会に入ってもらえないか、確認するように言ったな?」
そう。
最初、モルデンがエウリアスに声をかけてきたのは、実はロルフの指示だったのだ。
氷銀騎士会の活動に関わっていなかったロルフは、今年の入会候補にエウリアスが入っているか、そもそも知らなかった。
しかし、一年生の騒動をいくつか耳にし、念のために誰を候補にしているのか、モルデンに確認した。
そのリストにエウリアスが入っていなかったため、声をかけるように指示したのだ。
「伯爵家の嫡男であるエウリアス君を、候補に入れないなどあり得ない。……そのことも不思議に思っていたが、どうやら誘う時も随分と失礼な態度を取っていたようじゃないか。」
「……………………。」
モルデンは、俯いたまま答えない。
ただ、じっとしているだけ。
「断られたなら断られたで、俺に話を持って来ればいいものを。今度はルクセンティアさんに声をかけた。」
ロルフは、ルクセンティアに視線を向ける。
「貴女には、随分と迷惑をかけてしまったようだ。会長として、知らなかったでは済まされないのは承知している。ここに、お詫び申し上げます。」
「いえ、ロルフ様。会長として責任を感じるのは分かりますが、今回のことは完全に、一人の問題ある者の行動によるものです。謝罪は受け入れますが、まずはすべての清算を済ませましょう。」
ルクセンティアがそう言うと、ロルフが頷いた。
「一体、何を考えているんだ。騎士会のメンバーだけでなく、他の学院生にまで命令して、ルクセンティアさんを勧誘していたそうじゃないか。」
「……………………。」
ロルフが尋ねるが、モルデンは答えない。
完全にだんまりを決め込み、モルデンの不可解な行動の理由が分からなかった。
「エウリアス様。よろしいでしょうか。」
埒が明かず困っていると、タイストがエウリアスに声をかける。
本来こうした場では、護衛騎士の発言が許されるようなことはない。
しかし、当の本人が黙り込んでしまったので、エウリアスは軽く肩を竦め、頷いた。
「皆様、難しく考えすぎです。
タイストは、モルデンの名前を呼ぶことさえ嫌なようで、「そこの男」と言い放った。
「タイスト、失礼だぞ。」
「…………申し訳ありません。」
エウリアスが注意すると、タイストは頭を下げた。
「それで? 自分の立場というのは?」
「はい。現在、騎士会での最上位者はロルフ様ですが、実際は名前だけです。そうすると、実質上のトップは誰でしょうか?」
「誰って……。」
全員の視線が、モルデンに集中する。
それを見て、タイストが頷く。
「現在の騎士学院では、貴族家の嫡男はエウリアス様とロルフ様、そしてモルデン様の三名です。」
タイストは、全員に視線を巡らす。
「はっきり言えば、エウリアス様が所属してしまうと邪魔なのでしょう。ロルフ様に言われ、仕方なくエウリアス様を誘いはしましたが、
まあ、確かにモルデンに胡散臭さを感じて断ったが、元々エウリアスは氷銀騎士会自体も胡散臭く感じている。
それはともかく、タイストの発言で一つ気になり、エウリアスは尋ねた。
「でも、俺が断った時、モルデンは明らかに気分を害していたよ?」
「それが、この男……失礼、モルデン様の偏狭で浅ましいところなのです。ロルフ様に言われて誘いに来ただけなのに、つい酔い痴れてしまったのでしょう。伝統ある氷銀騎士会を、実質的に支配している自分に。エウリアス様に断られ、自分の尊厳を踏みにじられた気分になったのでしょう。」
自分が大切に思っている物を否定され、傷つくのは理解できなくもない。
しかし、それが「氷銀騎士会で威張っている自分」ってのはどうなんだ?
「とはいえ、結果としては目の上に
俯いていたモルデンの顔が僅かに上がり、タイストを睨むようになった。
もしかして、ちょっと効いてる?
図星なのか?
「そうして次に狙いを定めたのがルクセンティア様です。失礼ながら、ルクセンティア様なら丁度いい。」
「丁度いい?」
エウリアスが聞き返すと、タイストが頷く。
「ええ、そうです。
「え? そんなことで、ルクセンティアを引き込もうとしていたの?」
あくまでタイストの想像だが、随分と情けない理由だ。
「おそらくモルデン様は、自分よりも上位の者を入れたくなかった。さらに言えば、嫡男は入れたくなかったでしょう。たとえ男爵家の嫡男でも、まともな人物であればモルデン様を放っては起きません。本性を知れば、騎士会から追放するでしょう。」
呼び方だけは何とか『様』をつけているが、言っている内容がちょいちょい失礼だ。
本当に嫌そうだね、タイスト。
まあ、気持ちは分からなくもないけど。
でも、あんまり礼を失した態度はだめだよ?
モルデンも貴族家の嫡男なんだから。
ガタンッ!
そこで、急にモルデンが立ち上がった。
椅子が床を鳴らす音が、大きく響く。
「護衛ごときが、ベラベラと……っ! 身の程を弁えろっ!」
そう言うと、モルデンがドアの方に歩いていく。
「おいっ、モルデンッ! どこに行くんだ!」
ロルフが声を上げるが、モルデンはそのままドアに手をかけた。
「つまらねえことをごちゃごちゃと……! 付き合ってられるか!」
モルデンはそう吐き捨てると、そのまま外に出てしまった。
ロルフは顔をしかめ、首を振る。
ロルフの前では取り繕っていたとはいえ、モルデンに任せていたことを悔いているようだ。
何より、モルデンの本性を見抜けなかったことを、恥じているのかもしれない。
ロルフは、ルクセンティアに頭を下げた。
「本当にすまなかった。俺が、もっとちゃんと見ていれば……。」
「いえ、普通は名前だけを所属させるというのは知っていますから。むしろ、あのような方は珍しいでしょう。」
わざわざ騎士会に所属し、威張り散らしたいなんて思う方が普通ではない。
次男三男などの貴族家の縁者なら、そういう傾向が出そうだとは思ったが、嫡男のモルデンがそこまであからさまに騎士会で好き勝手やっていたとは……。
威張りたいだけなら、家の使用人にだって威張れるだろうに。
しかしモルデンは、それだけでは満足できなかったようだ。
「エウリアス君にも、迷惑をかけたね。」
「気にしないでください。俺は何もしていないので。」
エウリアスがそう言うと、ロルフがにっこりと笑顔になった。
「そう言ってもらえるとありがたい。それでは、改めて勧誘させてもらおう。エウリアス君、氷銀騎士会に入らないかい? いや、是非入ってもらいたい。」
「は……?」
突然ロルフに誘われ、エウリアスは目を丸くした。
「キミの護衛騎士が言うように、今騎士学院に通っている嫡男は三人しかない。こんなことをしていたことが分かった以上、モルデンは当然除名することになる。そうなると、俺とエウリアス君しかいないんだ。」
「ロルフ様がいれば、問題ないでしょう?」
「確かに、今は問題ない。しかし、これからはどうなる?」
ロルフの話に、ルクセンティアが頷いた。
「騎士学院の修了。家督承継からこの条件が外されたことで、今後は貴族家の嫡男がどれだけ入学してくるか分からないのですね?」
「そうだ。これまでも、毎年必ず嫡男がいたわけではない。それでも、ほぼ毎年一人くらいは入学していたそうだ。それでも俺の一つ上、今の五年生には嫡男はいなかったし、昨年の入学者にも嫡男はゼロだ。」
これまでも稀に嫡男の入学しない年はあったが、だいたい一人くらいはいたらしい。
年によっては、二人三人と入学することもあった。
しかし、騎士学院の修了が必須条件でなくなったため、今後は分からない。
前に教室でルクセンティアやトレーメルと話していて出た意見だが、やはりロルフもその点については懸念を抱いていたようだ。
「もし来年の入学者に嫡男がいなければ、俺の学院修了と同時に、騎士会に所属する嫡男がいなくなってしまう。それでは、今後騎士会と嫡男を結ぶ役目のできる者がいなくなってしまうんだ。」
貴族家の嫡男は、平民から怖れられる存在だ。
ロルフのいなくなった騎士会では、次に入学した嫡男に、入会の打診をすること自体が難しいだろう。
エウリアスが変な顔をして迷っていると、ルクセンティアが笑いかける。
「良いと思いますよ、ユーリ様。入っては如何でしょう?」
「え!? ティア!?」
以前は氷銀騎士会に懐疑的だったルクセンティアまで、エウリアスに入会を勧め始めた。
ロルフがにやりと、口の端を上げる。
「聞いているよ、エウリアス君。なかなかの腕を持っているのだろう? 今年入学した中では、特に腕が良さそうだと思っていた
ロルフは名前を挙げはしなかったが、この二人というのはバルトロメイとヒューゴーのことだろう。
侯爵家の嫡男とは言え、どこからそんな話を仕入れてきたのか……。
まあ、ほぼ間違いなく、父親であるヒンケル侯爵からだろうけど。
「名前だけでも構わないと父に言われていて、俺も騎士会のことを放っておきすぎた。これからは、もう少しマシな組織になるよう目を配ろうと思う。……手を貸してもらえないだろうか?」
ヒンケル侯爵の世代では、名前だけでも問題なかったのだろう。
というか、モルデンが特殊なのであって、それが普通のことだったのだ。
ルクセンティアが頷く。
「貴族家の嫡男には逆らえなかったとはいえ、騎士会を名乗る以上、もう少し気概のある組織にするべきではありませんか?」
「……いや、そもそも騎士会を名乗るのってどうなの?」
エウリアスは、どうしてもそこに引っ掛かりを覚えてしまう。
これも、「他の学院生とは違うんだぞ」という思い上がりの表れではないだろうか。
エウリアスが渋っていると、ロルフが腕を組み、考える。
「確かに、伝統的に名乗ってきたとは言え、あまりいいことではないか――――。」
…………ギャアァァーーッ……!
その時、外から悲鳴のような声が聞こえてきた。
エウリアスは、ルクセンティアやロルフと顔を見合わせる。
護衛騎士たちが、緊張した表情で外を窺う。
「ロルフ様、動かないでください。」
「エウリアス様、しばしお待ちを。」
「ルクセンティア様、こちらでお待ちください。」
それぞれの護衛騎士たちが、護衛対象の傍に寄り、目配せをする。
「…………確認しろ。」
ロルフが自分の護衛騎士に命じると、一人の騎士がドアに向かう。
慎重に、ゆっくりとドアを開き、外を窺う。
その騎士が、目を見開いた。
「モルデン、様……? ロルフ様、負傷したモルデン様が、こちらに向かってきています。」
「……負傷?」
その報告を聞き、ロルフがドアに向かう。
ロルフに続き、エウリアスも立ち上がるとドアに向かった。
「エウリアス様。」
タイストが、慌ててエウリアスを止めようとする。
だが、エウリアスはドアに行くと、隙間から外を見た。
「――――ッ!?」
それは、確かにモルデンだった。
雑木林から、首の辺りを手で押さえ、フラフラと覚束ない足取りでこちらの建物に歩いてくる。
モルデンのシャツは、首から流れる血で赤く染まり、一目で重傷であることが分かった。
「……たす……け、て…………くれ……。」
モルデンは、必死にこちらに手を伸ばす。
しかし、足がもつれて、転倒してしまう。
「一体、何があったんだ?」
ロルフが、混乱した頭で必死に考える。
いきなりの事態に、状況がよく理解できなかった。
それでも、かなりまずい事態であることだけは確かだ。
エウリアスはドアから離れると、ルクセンティアの下へ行った。
「ユーリ様……どうでした?」
「分からない……分からないけど、かなりまずいと思う。」
エウリアスはそう呟くと、どう行動すべきかを考えるのだった。
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