第101話 氷銀騎士会の実態
ガキンッ!
ルクセンティアは振り下ろされた
モルデンとは、およそ頭一つ分の身長差があった。
上背のある相手の振り下ろしは、それだけで脅威だ。
「ク……ッ!」
全身に力を入れ、何とか受け止める。
ただ一撃を受け止めただけで、ルクセンティアの腕は痺れるようだった。
素早く飛び退り、すぐに剣を構え直す。
「ほう……、それなりに訓練はしてきてるらしいな。あれを受け止めるか。」
モルデンは軽く剣を払い、ルクセンティアに切っ先を向ける。
「だが、随分苦しそうじゃないか? いつまでもつかな?」
貴族家の縁者なら、そして騎士学院にわざわざ来たということは、剣の訓練を受けていても不思議はない。
それでも、地力の差がある。
男と女では、筋力も骨格も体重も違う。
たったの二歳差でも、成長期の二歳の差は大きい。
圧倒的に、地力に差があるのだ。
モルデンが、にやりと嗤う。
「ゥオラアアアッ!!!」
力任せの、大振りの剣。
モルデンは、ルクセンティアがいつまでも受けきることは難しいと考え、このまま力で押すことにした。
その考え自体は間違ってはいない。
しかし、ルクセンティアはモルデンの剣を受け止めることをやめた。
モルデンの考えていることは正しいし、そのことはルクセンティアにも分かっている。
だからこそ、ルクセンティアは躱すことに徹したのだ。
悔しいが、モルデンもそれなりに剣を修練しているようだ。
ルクセンティアとモルデンの技量に、そこまでの差はなかった。
そうなると、総合的な力で勝負は決することになる。
ルクセンティアは足を使い、剣をいなして隙を伺う。
「ダッシャアァァア! グォラアアッ!!!」
一方のモルデンは、とにかく力で押しに押した。
躱されようと、隙を突かれる前に再び力任せの剣で斬り返す。
ルクセンティアは、その威力を怖れ、どうしても大きく躱さざるを得なかった。
「どうしたっ! オラッ、どうしたんだよっ! でけえ口叩いて、手も足も出ねえかっ!」
ブンッブンッと風を斬り、モルデンが剣を振るう。
大きく振りかぶり、ルクセンティアの首を目掛けて振り下ろした。
カシュッ!
ルクセンティアはその剣に合わせ、自らの剣を滑り込ませた。
モルデンの剣の太刀筋を逸らせながら、滑るようにルクセンティアの剣がモルデンの肘を叩いた。
「グッ……!」
思わぬ反撃に、モルデンが咄嗟に後ろに下がる。
しかし、素早くルクセンティアは踏み込み、連撃を繰り出す。
肩、腕、足に、次々とルクセンティアの剣がヒットした。
「ハッ!」
ギンッ!
鋭い横薙ぎを剣身の根元に受け、モルデンが剣を落としてしまう。
ルクセンティアは剣を構え、軽く息をつく。
「拾ってください。剣が無くては、稽古にならないでしょう?」
「こ、この
モルデンの憎しみの籠った目を受けても、ルクセンティアは静かに息を整えるだけ。
「私、本気で怒っているのですよ? 貴方のような者がいると、貴族全体の資質を疑われてしまいます。」
そうして気迫を籠めた目で、モルデンを睨む。
「自らの行いの代償。たっぷりと味わってください。」
「……ぶっ殺してやるっ!」
ガシンッ!
モルデンは剣を拾うと、怒りをぶつけるように地面に突き立てた。
「このっ、くそアマがぁぁあああああああああっ!!!」
モルデンは怒りを解き放つように叫ぶと、剣を振り上げ、ルクセンティアに向かって突進した。
■■■■■■
エウリアスは、氷銀騎士会の本部があるという雑木林に向かって走っていた。
「ロルフ様! すみません、急ぎます!」
「ああ、分かっている!」
エウリアスの横を走るのは、四年生の侯爵家の嫡男。名前をロルフ・ヒンケルと言う。
ヒンケル侯爵家の嫡男で、現在の氷銀騎士会の会長を務めている学院生。
スラッとした優男のような見た目だが、剣の腕はかなりのものだという噂だ。
エウリアスはイレーネの話を聞いてから、クラスの子たちに騎士会の会長について聞いて回った。
知っている子は少なかったが、何とか四年生のヒンケル侯爵家の嫡男が、会長を務めているという情報を得た。
イレーネの話だけでは、現在のルクセンティアへの対応が、誰からのオーダーか分からなかった。
そのため、確認した上でやめてもらうように頼むつもりで、エウリアスはロルフとコンタクトを取ったのだ。
できれば昼休みに会いたかったが、それはロルフの都合で断られた。
放課後ならば構わないというので、先程まで話し合っていたのだ。
トレーメルも心配していたが、今回はエウリアスに任せてもらうことにした。
王族であるトレーメルが関わると、どうして話が大きくなってしまう。
また、嫡男同士の話し合いになるので、ルクセンティアにも待っていてもらうことにした。
結論から言えば、ロルフは何も知らなかった。
氷銀騎士会には、やはり名前だけ所属してる状態だったのだ。
ロルフの父であるヒンケル侯爵に、「氷銀騎士会にはなるべく協力してあげなさい」と言われていたので、言われた通り名前だけ貸していた。
モルデンがまめに氷銀騎士会に顔を出し、時折ロルフに報告をしてきていたので、任せていたらしい。
モルデンは、ロルフの前では大人しくしていたそうだ。
そのためロルフも、現在の氷銀騎士会の状況を理解していなかった。
「
エウリアスから現在の状況を聞き、ロルフはそう怒りを滲ませた。
ヒンケル侯爵領は、ホーズワース公爵領と同じ王国北部に属するらしい。
そのため、ロルフはルクセンティアとも面識があったのだ。
そう深い繋がりがあるわけではないが、ホーズワース公爵とも面識があり、ルクセンティアのことを「何かあればよろしく」と言われていた。
エウリアスから話を聞いたロルフは、ルクセンティアに会長として謝罪したいと申し出た。
名ばかりとは言え、会長は会長だ。
自分の不始末として、筋を通したいと言ってくれた。
そうしてルクセンティアが待っている場所に向かうと、そこにルクセンティアの姿はなかった。
ロルフが焦った顔で、エウリアスを見る。
「もしかしたら……自分で決着をつけに行ったのかもしれない……。」
そうロルフに言われ、エウリアスも思い至る。
エウリアスは、イレーネの話と、現在の会長がロルフであることをルクセンティアに教えた。
その上で、まずは嫡男同士で話し合うと伝えていたのだ。
しかし、ロルフはルクセンティアと面識があった。
だが、ルクセンティアはエウリアスにそのことを隠した。
(…………ロルフの
モルデンの独断だと当たりをつけたルクセンティアは、自分の手でケリをつけに行ったに違いない。
そのために、エウリアスにロルフと面識があることを隠した。
エウリアスがロルフに会いに行っている間に、自分で決着をつけるために。
エウリアスたちが本部前の広場に着くと、すでにルクセンティアとモルデンが剣を交えていた。
「このっ、くそアマがぁぁあああああああああっ!!!」
モルデンはそう叫ぶと、ルクセンティアに突進していった。
「おいっ、モルデ――――!」
止めに入ろうとするロルフの腕を、エウリアスは掴んだ。
「エウリアス君!? 何を!」
「失礼しました、ロルフ様。ですが、ここはもう少しお待ちください。」
「し、しかしっ!」
焦った表情のロルフに、エウリアスは真剣な目で訴える。
今はまだ、ルクセンティアに任せて欲しい、と。
そうして、エウリアスはルクセンティアに視線を向けた。
見たところ、優勢なのはルクセンティアのようだ。
激高したモルデンと、冷静なルクセンティア。
これだけでも、どちらが優勢か分かるというもの。
何より、ルクセンティアはいつも通りの美しい姿勢で剣を構えている。
そして、ルクセンティアの護衛騎士も、離れて見ているだけ。
ルクセンティアが本当に危なければ、護衛騎士たちが黙って見ているわけがないのだ。
ルクセンティアは、モルデンの力任せの剣を、危なげなく捌いていた。
エウリアスでも受け止めるのに苦労しそうな剣を上手くいなし、受け流す。
的確に反撃を入れ、完全に戦いを支配していた。
(やっぱり、ルクセンティアの姿勢は綺麗だな……。)
エウリアスは二人の戦いを見て、そんなことを思ってしまった。
「このっ、ちょこまかとっ……! うぜえんだよっ!」
モルデンは、ルクセンティアの剣を受けながら、構わず飛び込んだ。。
さすがに
そのため、打たれた痛みを我慢すれば、そのまま突っ込むことは可能だった。
「危ないっ!」
ロルフが声を上げる。
モルデンは、ルクセンティアとの身長差を使い、鍔迫り合いに持ち込もうとした。
単純な筋力や体格の勝負になれば、ルクセンティアでは勝ち目がない。
しかし、ルクセンティアはその鍔迫り合いに、自分から足を踏み出す。
そうして、モルデンとぶつかる瞬間に、ひょいっと躱した。
モルデンの右手首を掴み、そのまま突進力を利用して流す。
すれ違い様に、背中に一撃を入れながら。
ゴッ!
「グアッ!?」
モルデンは勢い余って、そのまま転倒した。
地面に両手をつき、剣も落としてしまう。
「わぁお。 やっるぅ!」
エウリアスは、思わず声を上げてしまった。
あれは、前にトレーメルに聞かれて、エウリアスが見せた技だった。
あの時はルクセンティアも見ていたが、見様見真似の技をここで決めてみせるとは。
倒れ込んだモルデンを、ルクセンティアは剣を構え直し、静かに見下ろした。
「勝負あり、ですね。行きましょう。」
「あ、ああ……。」
ロルフは驚いているのか、ポカンとした顔になっていた。
だが、エウリアスに声をかけられると、すぐに表情を引き締める。
「モルデン! 何をやっているんだ、お前はっ!」
ロルフが大喝すると、一斉に視線がロルフに集まった。
「え? 会長?」
「ロルフ様が、どうして?」
突然のロルフの登場に、氷銀騎士会の学院生たちがみんな戸惑っていた。
エウリアスは「やれやれ」と首を振りながら、ルクセンティアの下に歩いて行く。
「ティア。」
エウリアスが呼ぶと、ルクセンティアが視線を泳がせた。
この子の、こんな誤魔化すような姿は初めて見るな。
「まったく、無茶するんだから。」
「……ごめんなさい。」
ルクセンティアはやや俯き、上目遣いでエウリアスの顔を窺う。
そんな目で見てもダメです………………なんてことは、エウリアスにも言えない。
おそらくルクセンティアは、今回のことを相当に腹に据えかねていたのだろう。
「怪我はしてない?」
「はい。それは大丈夫です。」
分かってはいたが、改めて本人の口から聞き、エウリアスは安堵の息を漏らした。
そうしてエウリアスはルクセンティアと並び、ロルフとモルデンに視線を向けるのだった。
■■■■■■
校舎内の、とある教室。
すでに授業が終わり、教室に残っているのはその男の子一人だけ。
「……っ……ぐぅ……っ!」
男の子は苦し気に呻き、胸を手で押さえる。
額には、玉のような汗が浮かんでいた。
「…………っ……!」
男の子は机に突っ伏したまま、声にならない呻き声を上げる。
「…………………………………………。」
苦し気な呻き声は止み、やがてゆっくりと男の子は立ち上がった。
そうして、ふらつく足取りで教室を出て行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます