第84話 嫡男と嫡男




 ラグリフォート家による、犯罪組織の摘発は大きな騒ぎとなった。

 アジト周辺を封鎖し、一般人が巻き込まれないように配慮はしたが、予想以上に騒ぎが大きくなってしまった。

 その一番の理由は、犯罪組織がいくつも隠れ家を持っていたことだ。

 あの倉庫は組織がメインで使っていたアジトのようだが、他にも小規模の隠れ家があったのだ。

 そのため、組織の構成員の総数を見誤ってしまった。


 最終的に、組織の構成員のうち五十名が死亡、百名を超える者が捕まった。

 エウリアスたちが把握していた、実に三倍もの構成員がいたのだ。


 子供たちを救出するためとはいえ、強引な手段を採ってしまったエウリアスは、きついお叱りを受けることとなった。







 騒動のあった日の夜中。


 王都にある警備隊総局、本部。

 この警備隊総局は、軍務省の指揮下にある王国軍の一部局であり、王家直轄領にあるすべての警備隊を統括する組織だ。

 王家直轄領にある、すべての街や街道の治安を担っている警備隊は、この警備隊総局の隷下部隊という扱いである。


 これは、貴族の治める領地の警備隊とは若干扱いが違う。

 各領地の警備隊は、領主軍の直下の組織という位置付けだ。


 だが、王家直轄領は王国内に点在し、また非常に広大だった。

 単純に各地の警備隊に任せるのでは、目が行き届かない。

 そのため、警備隊総局が各警備隊を統制するという組織構成になっている。


 エウリアスとルクセンティアは、その局長に呼び出され、出頭してきた。

 すでにラグリフォート伯爵家とホーズワース公爵家の者たちは、王都の警備隊に引き継ぎを終えて屋敷に戻っている。

 あとは、誰が、どのように責任を取るか、という話だった。


 局長室では、エウリアスとルクセンティアが執務机の前で、並んで立っていた。

 二人は唇を引き結び、真剣そのものの表情。

 そんな二人を、局長は執務机に両肘をつき、苦笑しながら見ていた。







 こちらの局長、お名前をヨウシア・ホーズワースさんと言うそうです。

 ルクセンティアのお兄さんで、ホーズワース公爵の長男。

 つまり、ホーズワース侯爵家の嫡男です。

 年齢としは三十前後、金髪碧眼で超恰好いいお兄さんですね!


 エリート街道を爆進中のヨウシアは、軍務省でも幹部を務めており、この警備隊総局の局長を兼務しているのだとか。

 お忙しいところ、お手を煩わせて大変申し訳ないです。







 ヨウシアは軽く微笑むと、ルクセンティアに視線を向けた。


「もういいよ、ルクセンティア。こちらからの処分は特にないから。後は家で、父さんとよく話し合いなさい。」


 そう、柔らかい口調でヨウシアが言った。

 それはまさに、兄が妹に語りかける口調そのものだ。


「お兄様、そういうわけにはいきません。王都内でホーズワース家の騎士を動員した――――。」

「それは父さんに言ってくれ。私の方から、ルクセンティアに特別言うことはないよ。」


 ヨウシアは、ちらりとエウリアスを見た。


「そして、それはエウリアス君も同じだ。ただ、彼からはいろいろ情報を提供してもらわないとならない。ルクセンティアがいてはその話もままならないんだ。」


 ルクセンティアがいては、エウリアスから話を聞くこともできないと言われ、ルクセンティアが困ったようにエウリアスを見る。

 エウリアスは姿勢を正し、謝意を伝えた。


「ありがとうございました、ティ…………ルクセンティア様。お力添えに感謝しております。私の方も、ホーズワース局長に引き継ぎたい情報がありますので、今日のところは……。」


 も含め、後日に話し合う場を設ける約束をする。

 ルクセンティアが心配そうにエウリアスを見るが、渋々頷いた。


「分かりました。それでは、ご連絡をお待ちしております。」


 ルクセンティアは一礼すると、そのまま部屋を出て行った。

 ドアが閉められたのを確認し、ヨウシアがそっと息をつく。


「…………あまり、こういう無茶をする子ではなかったのだがな。」


 そう言って、エウリアスを見る。


「友人の影響かな?」

「…………申し訳ありません。」


 エウリアスは恐縮した。

 ヨウシアとエウリアスでは、あまりに立場が違い過ぎた。

 基本、何を言われても全肯定しかあり得ないほどに。


 同じ嫡男ではあるが、公爵家と伯爵家だ。

 しかもヨウシアはすでに官職に就き、要職を兼務する立場。

 ホーズワース公爵だけでなく、嫡男であるヨウシアも国家の重鎮と言えた。


「まあ、いい。ルクセンティアには、父からしっかり叱っていただこう。」


 そう言って、ヨウシアは立ち上がる。

 室内に置いてあるソファーセットの方に移動し、エウリアスにも座るように促した。

 エウリアスが向かいに座ると、やや真剣な表情になる。


「今回、君たちにはこちらから注意を行ったという形を採る。具体的な処分などはないから、そこは安心していい。」

「それで、よろしいのですか?」


 本来、王都内で騎士や兵士を動員したラグリフォート家には、国から処分が下るはずだった。

 だが、対外的に「お叱りを受けた」ということにするだけで、処理をすることが決まったそうだ。


「あの組織は、警備隊こちらでも追っていてね。いくつも隠れ家を持ち、実際にいくつかの隠れ家は潰してきている。」

「そうなのですか?」

「ああ……。しかし、あの組織は大きくなり過ぎてしまった。もはや、壊滅させることは不可能だろう。」

「そんなに、ですか?」


 犯罪組織を壊滅させることを諦めたようなヨウシアの発言に、エウリアスは驚く。


「エウリアス君は、あの組織のことはどこまで知っている?」

「いえ、詳しくは……。ラグリフォート産家具の偽物を扱っていることに気づき、監視していただけですので。」


 そのため、まだ何という組織なのかも知らなかった。

 エウリアスが首を振ると、ヨウシアが頷く。


「あの連中は、“蛇蠍だかつ”というんだ。」

「だかつ……?」

「人の忌み嫌う、蛇とさそりを表す言葉があるだろう? ……連中にも、一応は人々から忌み嫌われている自覚はあるらしい。」


 この“蛇蠍”は古い組織で、昔は別々の犯罪組織だったらしい。

 これら犯罪組織同士で争っていたこともあるが、いつの間にか手を結ぶようになった。

 各地に根付いていた犯罪組織が一つにまとまったことで、王国全土に根を張る巨大な組織となってしまったという。

 そのため、各地でばらばらに摘発を行ったところで、組織を壊滅させることができないそうだ。


 ヨウシアは足を組み、エウリアスを真っ直ぐに見る。


「あの組織を完全に潰そうと思ったら、王国のすべての領地で、一斉に摘発を行わないと無理だろうな。」

「すべての領地って……。王国軍と、すべての領主軍でですか?」


 エウリアスがそう確認すると、ヨウシアが重く頷く。


(王国軍と領主軍、そのすべての動員するなんて……。そんなのはもはや――――。)


 戦争。

 王国のすべての戦力を以て、総力戦を仕掛ける。

 エウリアスはごくりと喉を鳴らし、ヨウシアに尋ねる。


「それほど、とんでもない組織なんですか?」

「さすがに国家転覆を企むようなことはないのでね。国にとっての脅威ではない。ただ、ネズミやゴキブリを駆逐できないように、あの連中を駆逐することもできない。そういう話だ。」


 どれだけ叩こうと、どこかには潜んでいる。

 そのため、壊滅はできないということのようだ。


「今回、ラグリフォート家に処分を下さないのにも、そういう事情がある。エウリアス君の読み通り、連中は人身売買を行っているし、今回救出された子供たちはその被害者だ。ここで救出しておかなければ、子供たちを助けることはできないだろう、という君の考えは当たっていたのだよ。」


 救出された子供のうち、ほとんどがすでに親元に帰されたらしい。

 親たちは、無事に戻ることのできた我が子を抱き締め、涙を流して喜んでいたそうだ。

 少し衰弱している子もいたようだが、家族の顔を見て元気を取り戻していったという。


 その話を聞き、エウリアスはハァ……と大きく安堵の息をついた。


(良かった…………家族の下に帰れて。)


 そんなエウリアスを見て、ヨウシアが微笑む。


「家族が、何度もお礼を言っていたそうだよ。今回は我々の仕事ではなかったのだが、民からの警備隊への信頼が上がった。まるで、君の手柄だけを横取りしてしまった形だ。」

「そんなのは、全然構いません。子供たちを助けてあげたかっただけですから。誰の手柄かなんて、別に……。」

「そう言ってもらえて、こちらも助かるよ。つまり、こうした諸々を勘案した結果、今回は処分なしとなった。」

「はい……ありがとうございました。」


 エウリアスとしては、これだけの騒動を起こして『処分なし』で済ませてくれただけでも、かなりの温情だと思っていた。

 あとでゲーアノルトから叱られるだろうが、『家』に大きく迷惑をかけずに済んだことは朗報だった。


「お礼を言う相手が、少し違うな。」


 そう言って、ヨウシアがにやりと口を端を上げた。

 そんなヨウシアに、エウリアスは首を傾げる。


「……『此度の所業、本来であれば赦されるものではなく、厳しく罰すべきではある。だが、の危難を知り、救い出すために奮迅したその意気に免じ、今回は処罰を見送る。』」

「?」


 ヨウシアの言っていることが分からず、エウリアスは今度は反対側に首を傾げた。


「陛下からのお言葉だ。」

「陛下っ!?」

「ああ。陛下は最後に、小さく『……よくやった』と仰せだったよ。」


 今回の騒動。当然ながら国王陛下の耳にも入った。

 貴族家の嫡男が、勝手に自分のところの騎士と兵士を動員し、王都内で暴れたのだから当たり前だ。

 まあ、耳に入ったというかヨウシアが報告したらしいのだが。

 ヨウシアは王都の警備隊を指揮する立場上、今回の騒動の詳細を、直接国王陛下に報告しに行ったそうだ。


 陛下はヨウシアの報告を聞いて、救出された子供たちを『我が子ら』と言い、救わねばと奮い立ったエウリアスを小声で褒めたらしい。

 大っぴらには言えないので、あくまで「今回は見逃してやる」というていだが、心情的にはエウリアスの行動を喜んでいた様子だという。


「エウリアス君はトレーメル殿下襲撃事件のことがあったので、陛下も憶えていらっしゃったようだね。」


 ホーズワース公爵家襲撃の件も報告が上がっているので、非常時に必要な決断を下せる、と見られているらしい。


 しかし、そこでヨウシアが表情を引き締める。


「とはいえ、よく釘を刺しておくようにとも言われている。見逃してやれるうちに、行いを改めるように、と。」

「はい……。」


 国王という立場上、今回のエウリアスの行動は、本来は罰を与えるべきなのだ。

 例外に例外を重ねると、法が機能しなくなってしまうからだ。

 温情に甘えることなく、エウリアスも素直に反省する必要があった。







 そうして、エウリアスの持っている情報を、ヨウシアに引き継ぐことになった。

 エウリアスが屋敷から持って来させた資料を手に、ヨウシアが難しい顔になる。


「…………出入りしていた店のリスト……こっちが、接触した貴族家の使用人の情報……これは、隠れ家の一つか……?」


 これらは、エウリアスが騎士たちから受け取った報告書ではなく、別にまとめた物だ。

 ゲーアノルトへの、手紙という名の報告書を書く前に、まとめた資料といったところか。


 エウリアス自身、この犯罪組織のことを知るうちに、どんどん話が大きくなっていくことに懸念を抱いていた。

 商務省や法務省、軍務省や警備隊などへ、どこかで引き継ぐ必要があると考えていたのだ。

 そのため、こうした資料を作成しておき、ゲーアノルトへはその資料を見ながら概要を報告していた。

 一次資料は手元に残し、エウリアスがまとめた二次資料は、渡せるように準備しておいたのだ。


 ざっと目を通し、ヨウシアが溜息をついた。


「よくもまあ……ここまで調べたものだ。これは、こちらで預かっても?」

「お願いします。私も、貴族家の使用人と接触し始めた辺りで、手に負えないと思っていましたので……。」

「その段階で情報を渡してもらえれば、ここまで大事にならずに済んだだろうが……。まあ、それを言っても仕方がないか。」

「私からお願いするだけでは、なかなか動いてもらえないと思ったのです。私は……ラグリフォート産家具の偽物を扱う組織を、何とかしたかっただけなのですが。」

「そうだな。ラグリフォート伯爵なら、商務省辺りにスムーズに引き継ぐことが可能だったろう。しかし、君の立場ではそれが難しかったのも理解できる。」


 ヨウシアは、部屋の外に待たせている官吏を呼び、エウリアスの持ち込んだ資料の精査を命じた。

 この資料を参考に、接触のあった貴族家へ内偵を進めるという。


 ヨウシアは、足を組み替えるとエウリアスに笑いかける。


「とりあえず、その偽物を扱っていたという店は、近いうちに摘発しよう。商務省には、こちらから協力要請をしておく。だが、偽物かどうか我々では見ても分からないので、もしかしたらエウリアス君にも協力を求めるかもしれない。……自白してくれれば楽なのだがな。」

「動いていただけるなら、いくらでも協力します。よろしくお願いします。」


 エウリアスが頭を下げると、ヨウシアが頷く。

 捕えた“蛇蠍”の構成員や、偽物を扱っていた店の店主からも自白を引き出すので、実際はエウリアスが確認するまではなさそうだが。


「それでは、今日はもう帰ってもらっていいよ。」

「分かりました。それでは失礼します。」


 エウリアスは立ち上がると、もう一度深々と頭を下げた。


 こうして、ラグリフォート産家具の偽物から端を発した事件は、一応の決着を見せるのだった。




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