第83話 警備隊への引き継ぎ問題




 ラグリフォート家の騎士が檻に入り、一人ずつ子供たち抱えて救出していく。

 その光景を、エウリアスは複雑な心境で眺めていた。


「…………まさか……子供たちを誘拐していたなんて……っ!」


 エウリアスの隣に立ち、救出の様子を見ていたルクセンティアが、ショックを受けたような表情で呟く。


「だからユーリ様は、急いで動いたのですね。」

「う、うん……そうなんだ。」


 ラグリフォート家が、今回のような強硬手段に出た理由が分かり、ルクセンティアが頷く。


 クロエと話しているところを見られたエウリアスだが、一旦そのことは棚上げさせてもらった。

 どう言い訳しようか、焦った状態ではいい案が思い浮かばなかったのが理由の一つだが、もっと大きな理由が別にあった。


 それは、エウリアスの命令がなければラグリフォート家の騎士や兵士たちが、救出に動けないからだ。

 そのため「あとで説明するから」と、ルクセンティアに他言無用を頼み込んだ。

 よく分かっていないルクセンティアだが、エウリアスのただならぬ様子に、とりあえず了承してくれた。


「うえええーーーーーーーーーーんっ!」

「よーし、もう大丈夫だからな。」

「怖かったな! すぐに家族のところに帰してやるからな!」


 閉じ込められていた子供たちは、檻が開けられると大声で泣き出した。

 一人が泣き出すと、他の子供たちも一斉に泣き出す。

 安堵のために動けなくなった子供たちを、騎士たちが檻の中に入って、一人ずつ抱えて出してあげた。


 そうして救出の様子を見ていると、タイストがやって来る。


「エウリアス様、申し訳ありません……よろしいでしょうか?」

「どうした?」

「警備隊です。」


 苦りきった表情のタイストを見て、状況をおおよそ察する。

 おそらく、警備隊にとっては、ラグリフォート家の騎士や兵士も、取り締まりの対象なのだろう。

 というか、誰が敵で誰が味方かも分からず、とにかく騒ぎを鎮めるために狩り出されたと思われる。


「ステインに頼んだ封書では、効果はなかったかな?」

「おそらく、最大限に上手くいっても、今頃は上に話が行っているかどうかくらいでしょう。」


 今現場ここに駆けつけた警備隊は、騒ぎが起きていると住民から連絡が行き、急遽鎮圧に乗り出した即応部隊だろうというのがタイストの見立てだった。


「分かった。俺が話をしてくるから、ここを頼む。」

「私も行くわ。」


 話を聞いていたルクセンティアが、同行を申し出る。

 エウリアスは少し考えたが、頷いた。

 ホーズワース公爵家の騎馬隊が引き上げるためには、一緒に行ってもらった方が話は早いだろう。

 公爵の騎士たちがここに来たことを、なかったことにはできないからだ。


 むしろ公爵の騎士たちは、たまたま騒ぎを知り、いち早く鎮圧に乗り出したことにした方が、話はスムーズかもしれない。

 どうやってラグリフォート家の動きを知ったのかは分からないが、というのも、嘘にはならないだろう。

 実際、ホーズワース公爵家の応援がなければ、もっと騒ぎは拡大していただろうから。







「私はラグリフォート伯爵家嫡男、エウリアス・ラグリフォートです。警備隊の方たちが来てくれて良かった。協力に感謝する。」


 殺気だった百人近い警備隊の兵士の前で、エウリアスは歓迎の意を見せた。

 俺たちは味方だよアピールである。


 エウリアスは貴族家の紋章ファミリークレストの刻まれた宝石のネックレスを示しながら、警備隊の隊長格らしき人物に笑顔を向ける。

 そんなエウリアスとは対照的に、隊長らしき兵士が渋い顔になった。

 貴族絡みの案件か……と思っているのだろう。


「これは、一体何事でしょうか? いくら貴族家の方でも、このような……。」


 治める領地でなら問題にならないことでも、王家直轄領ではそうはいかない。

 こんなことを許していたら、王都の治安も何もあったものではないからだ。


「緊急とはいえ、これが強硬手段であることは承知している。その責はすべて、私が負うべきものと心得ている。」

「ユーリ様――――!」


 すべての責任を取ると言うエウリアスに、ルクセンティアが止めようとする。

 だが、そんなルクセンティアを軽く手で制し、エウリアスは言葉を続けた。


警備隊にも応援の要請を行っていたのだが……そのことは?」

「…………いえ。何も伺っておりません。」


 先に言っておいたよね、というエウリアスの言葉に、隊長が僅かに視線を泳がせる。

 隊長は今「また情報が来てねえぞ。現場にもちゃんと情報を下ろせよ!」と心の中で罵っていることだろう。

 まあ、急すぎて話が伝わっているわけはないのだが。


 エウリアスは大仰に頷いた。


「事情も何も分からずでは、貴方たちもお困りでしょう。もし良ければ、説明しますが?」

「は、はあ…………そうしていただけると助かります。我々には、何がなんだか分かりませんので……。」


 この百人ほどの兵士は、「倉庫街で武装集団同士の乱闘」とでも聞いて、駆けつけたのだろう。

 困惑している隊長に、エウリアスはもう一度にっこりと微笑んだ。


 エウリアスはまず、なぜこの倉庫が怪しいと思ったのか、その理由を説明した。

 ラグリフォート産家具の偽物を追ううちに、この倉庫をアジトとする犯罪組織のことを知った。

 そうして倉庫を監視していて、この犯罪組織が人身売買をしていることが発覚した、と。


 その話を聞き、隊長が目を丸くして驚く。


「人身売買、ですかっ……!?」

「そうだ。十人ほどの子供が、この倉庫に運び込まれたことに気づいたのだ。そのため、悠長に監視している場合ではなくなった。」

「先程、その子供たちが救出されたところです。大きな檻に入れられていた子供を助け出すのを、私も見ていました。」


 エウリアスの説明に、ルクセンティアが補足を加える。

 エウリアスは振り返り、倉庫を見上げた。


「時間を置けば、どこに、どのように連れて行かれるか分からなかった。個別に連れ出されては、もはや追跡も困難だ。そのため、今、ここで、助け出す必要があると判断した。」


 エウリアスは、真剣な目で隊長を真っ直ぐに見た。


「救出した子供たちを、警備隊に預けたい。今もきっと、家族は心配していることだろう。捜索の届けも出ていると思う。お願いできないだろうか?」

「も、勿論です! すぐに手配します!」


 規模が大きいとはいえ、ただの乱闘と思っていた事件が、実は人身売買を行う犯罪組織を相手にしたものだった。

 思った以上に大きな話になり、隊長は慌てて部下に指示を出した。


「この倉庫をアジトにしていたという組織は、一体何者ですか?」


 隊長の問いに、エウリアスは首を振った。


「私たちも、まだ調べている途中だった。接触を避け、監視に留めていたので、まだ何という組織かも判明していない。」

「そうですか……。」

「ただ、相当に根は深いようだ。ここだけの話ですが……。」


 そう言って、エウリアスは隊長に耳打ちする。


「……男爵家や子爵家、伯爵家の使用人との接触を確認している。繋がっているのか、探りを入れていたのかは不明だが……。」


 それだけ言って、エウリアスは素知らぬ顔をする。

 隊長は、目を丸くして絶句していた。


「私の持っている情報を、貴方にすべて渡しても構わないのだが……。そちらもいきなりでは困るでしょう? 商務省や法務省、軍務省とも協議が必要になってくる内容だ。」


 警備隊の一隊長では、明らかに手に余る事件の規模。

 いきなり、そのすべてを渡すと言われ、隊長が慌てた。


「お、お待ちくださいっ! 今、本部に確認をしますのでっ!」


 隊長が焦る気持ちは、エウリアスにもよーく分かった。

 なぜなら、エウリアスだって頭を抱えたいくらいには持て余していたのだから。


「分かりました。その件は返答待ちとしましょう。」


 そう、エウリアスは頷いた。

 だが、ルクセンティアがエウリアスの横に並び、隊長に声をかける。


「本部に確認するなら、局長にも伝えてください。」

「局長……? 警備隊総局の、ですか?」


 隊長の確認に、ルクセンティアは頷く。


 確かに、事件の規模から言えば、上層部うえに判断してもらう必要があった。

 しかし、物には順序というものがある。

 隊長の判断でいきなりトップに話を持って行けるわけもなく、まずは一つ上の上司に伝えるのが筋だ。


 そんなことは百も承知で、ルクセンティアがにっこりと微笑む。


「私はルクセンティア・ホーズワース。警備隊総局局長の妹です。私の家から兄にも連絡が行っているはずですから、話は通しやすいはずですわ。」


 微笑むルクセンティアの言葉に、エウリアスは目を丸くし、隊長の顔からはサァー……と血の気が引くのだった。




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