第82話 バレた!
ラグリフォート家の騎士と兵士で、アジトに使われていた倉庫と、周辺を制圧した。
路地の封鎖に配置していた者の報告により、ホーズワース公爵家の騎馬隊が駆けつけ、賊の鎮圧に加勢してくれたことを聞く。
騎馬隊が機動力を活かして、遊撃を行ってくれたことで、封鎖に穴を空けずに済んだという報告も受けた。
(……どうしてルクセンティアが来てくれたのかも、後で聞かないとな。)
とはいえ、それは後回しだ。
エウリアスは、子供たちが捕らわれている檻の前に立つ。
檻の出入り口には、非常にごつい、大きな錠前がかけられていた。
「鍵を持っている者は分からないのか?」
「はい……申し訳ありません。なかなか投降しないため、大分斬りましたので……。」
抵抗してくるなら、斬るしかない。
しかし、そうして斬った者のうちの誰が鍵を持っていたのか、分からなかった。
エウリアスは、檻の中の子供を見る。
子供たちの目は、明らかに怯えていた。
斬り合いを目の当たりにし、自分たちを攫った者はいなくなりはしたが、別の武装した者たちがやや殺気立って行き来している。
これから自分たちはどうなるのか、と不安で仕方がないのだろう。
エウリアスは、意識して柔らかく微笑む。
「絶対にここから出してあげるからね。必ず、家族の下に帰してあげるから。もう少しだけ頑張ろう。」
ほとんどの子供が、精神的にはいっぱいいっぱいで、エウリアスの言葉を聞いてはいない。
それでも何人かの子供は、エウリアスの言葉に頷く。
エウリアスは、錠前に手を伸ばした。
構造的には、おそらくありふれた物だろう。
しかし、大きい。
エウリアスが両手で持っても、まだはみ出す。
猛獣を閉じ込める錠前なのだから、頑丈さは言うまでもない。
檻の扉を固定する
どれだけハンマーで叩いても、これが折れるようなことは考えにくい。
むしろ、他の部分の方が先に壊れそうなほどだった。
錠前を見ていると、タイストが後ろから声をかけてくる。
「今、ハンマーを探しています。……ただ、錠前を壊すというよりは、衝撃で鍵が外れる方があり得そうですが。」
内部でロックしている部分が、強い衝撃で外れることはあり得る。
そっちを期待して、とりあえず力任せに叩いてみる方針だ。
「
数本の針金で、鍵を開けてしまうような特技を持つ者がいるらしい。
これは規格外の大きさのため、勝手は違うかもしれないが。
それでも、無闇にぶっ叩くよりは可能性がありそうだった。
エウリアスがそう言うと、タイストが目を瞬かせる。
「確かに! いるかもしれませんね。ちょっと当たらせてみます。」
「ああ。」
タイストが、周りの騎士や兵士に声をかけに行くのを見送る。
エウリアスは、小声でクロエに話しかけた。
「なあ……クロエ。この檻か錠前。何とかならないか?」
「やれなくはないがの。 こんなに人のいる場所で、やっても良いのか?」
「目立たないように、こそっと……とか。」
「ちと面倒じゃのぉ。それならいっそ、その程度の錠前、斬ってしまえば良かろう?」
クロエが、何でもないことのようにさらっと言う。
「それができれば苦労はしない。どんな
「其方なら斬れるだろう?」
「…………は? 何を……。」
クロエの言っていることが分からず、エウリアスは訝し気な顔になる。
「
「まさかぁ……。」
エウリアスは、あまりに突拍子のない話に苦笑してしまう。
クロエの言う『あれ』とは、おそらく【
「どんな剣でやれば、そんな芸当が――――。」
「剣自体は関係ないの。木剣でも、振れば斬撃は飛ばせる。」
「そうかもしれないけど、切れ味は俺の剣に依存しているって言ってなかったか?」
「少々ニュアンスは違うが…………確かにそうじゃの。じゃが、依存はしておるが、そのものではない。
「え、ほんとに?」
なら、それで斬れば、この閂も斬ることができる?
エウリアスは早速試そうと、
しかし、それをクロエが止めた。
「その剣は、使うのはやめておいたええの。」
「ん? 何でだ?」
「妾もやったことのないことをやるのじゃぞ? 切れ味を上げるために、いつも以上に力を籠める。もしかしたら、剣の方にも影響が出てしまうかもしれないの。」
上手くいかなかった場合に、剣が歪んでしまうかもしれないとクロエが言う。
「それは嫌だなあ……。じゃあ、その辺のでいいか。」
エウリアスは落ちている剣を拾い、鞘から引き抜く。
これは、賊の使ってたやつかな?
そうして檻の中の子供たちにも、入り口から離れた場所に移ってもらう。
これは、上手くいかなかった時に、なるべく影響がいかないようにするためだ。
子供たちは、怯えながらも言うことを聞いてくれた。
「あとはどうするか。…………ゼロ距離と、離れて斬るの。どっちがやりやすい。」
「当然、離れてじゃ。」
エウリアスは檻に背を向け、この向かい側までの距離をざっと目で測る。
木箱に邪魔され、三十メートルも距離を確保できなかった。
「うーん……ちょっと狭いな。」
「上に行けば、もっと距離が稼げるであろう?」
クロエに言われ、木箱を見上げる。
木箱の上に行けば、確かにもっと離れることはできるだろう。
「軌道修正の手間が増えそうだけど?」
「いつもやっておることじゃ。大して変わらんの。」
クロエの意見を聞き、エウリアスは頷く。
「みんな! ちょっと離れててくれ! 檻の周辺をしっかり空けてくれ! 絶対に近づくな!」
エウリアスはそう言うと、木箱の上に行きやすい場所から上がった。
木箱の上を移動し、檻の正面側に周る。
「このくらいで、三十メートルはあるかな?」
目測で確認しながら、十分な距離を確保する。
ここなら、ぎりぎり木箱の影にならず、錠前も見えた。
「もっと後ろじゃ。」
「もっと? ここからでも当てられるだろう?」
「やることが増えるのじゃ。距離に余裕を持て。」
「でも、これ以上離れると錠前が見えなくなるけど?」
「其方が錠前を見ることに、意味があるのかえ?」
そうだった。
クロエが軌道修正をする以上、エウリアスに見えているかいないかは、関係がなかった。
そして、クロエはエウリアスのシャツの中から、周囲を把握する
エウリアスは、少々複雑な気持ちを抱きながら、何事かと見上げているみんなに声をかける。
「絶対に、今空けてるスペースに人が入らないようにしてくれ。いいな?」
「は、はい。」
「分かりました。」
何をやっているのかは分からないが、エウリアスの指示には従ってくれる。
エウリアスはさらに後ろに下がり、五十メートルくらいの距離を確保した。
すぐ後ろが、もう倉庫の入り口というくらいの位置だ。
「この辺でいいか?」
「うむ、良かろ。さあ、試すのじゃ。」
「じゃ、じゃあ……。」
エウリアスは剣を構える。
心を落ち着け、太刀筋を思い描く。
「フッ!」
横薙ぎを一閃。
しかし、エウリアスのいる場所からは、結果が見えない。
カシャカシャン……!
数瞬の間を置いて、微かに音が聞こえてきた。
続けて、どよめきが起きる。
「どうだぁーーーー?」
エウリアスが大声で聞くと、返事がくる。
「じょ、錠前が……落ちましたっ!」
「よしっ!」
エウリアスはガッツポーズをとる。
「クロエ、ナイスッ!」
「ほっほっほっ……任せるが良い。」
大手柄である。
今夜の酒は奮発してやろう。
「クロエというのは、どなたですか?」
「――――ッッッ!?」
その声に、ぴきっとエウリアスが固まる。
ガッツポーズのまま、目だけで恐るおそる下を見る。
足元ではなく、さらにその下。
乗っている木箱よりも、もっと下だ。
「ユーリ様?」
そこには、不思議そうな顔で見上げるルクセンティアがいた。
エウリアスの全身から、ぶわっと汗が噴き出す。
ホーズワース公爵家の騎士が、外からバタバタとやって来た。
「お嬢様。一人で行かないでください。制圧が済んだと言っても、まだ賊が潜んでいるかもしれないのですから。」
「ええ……ごめんなさい。ユーリ様の姿が見えたから、つい。」
どうやら、ルクセンティアは倉庫の入り口付近にいたらしい。
そして、エウリアスが木箱の上にいるのを見かけ「何をしているのだろう?」と見に来たようだ。
(どど、どどどど、どうしよう!?)
エウリアスはその後、錠前が壊れたので「檻の近くに行ってもいいか」とラグリフォート家の騎士が聞きに来るまで、固まり続けた。
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