第81話 犯罪組織の制圧
犯罪組織がアジトとして使っていた倉庫で、エウリアスは木箱の上に立ち、顔をしかめる。
隣に立ったグランザも、壁の穴を見下ろして舌打ちをした。
エウリアスは倉庫に突入すると、木箱を使って視界が制限されていたため、木箱に上がった。
そこから倉庫内を見回し、予め怪しい場所に当たりをつけておいたのだ。
その一つが、今エウリアスたちが見下ろしている壁の穴だ。
壁に沿って、二列に木箱を積み上げる。
しかし、奥の列に木箱を置かなければ、そこにはぽっかりと空間を作ることができる。
下からは木箱で塞がれているように見えるが、上からは空間が隠されているのが丸分かり。
いくつか、そうした空間を見て回り、この壁の穴を見つけたのだった。
壁の外には、この穴を塞ぐために使っていたであろう、木の板が倒れている。
おそらく、この壁は修理されていたのだ。
予め脱出口として使うことを想定し、壊しやすいように修理していたのだろう。
実際に修理していた板が壊され、ここから逃亡した者がいるのは確実だった。
「外の網にかかっててくれればいいのですが……。」
グランザが、頭をがりがりと掻きながら言う。
「包囲には穴が空いているからな。……これは、やられたかもしれないな。」
エウリアスは木箱を下り、壁から外に顔を出す。
ここは、倉庫と倉庫に挟まれた路地だ。
挟まれているとは行っても、隣の倉庫までは十メートル以上離れている。
ただ、乱雑に積まれたガラクタなどがあり、正面側からも裏口側からも見えにくいなっていた。
「修理してあれば、壁としか考えませんからな。監視のミスです。申し訳ない。」
グランザも穴から外に出て、辺りを窺う。
「これは仕方ないさ。俺でもそう思う。とりあえず、逃げた奴を追うぞ。」
エウリアスは倉庫の壁から離れ、隣の倉庫を見上げる。
そうして周囲を見回し、裏口の方に向かった。
グランザも周囲を見回しながらついて来る。
「何か見つかりましたか?」
「いや、ない。けど、逃げるなら裏かなって。」
倉庫の正面側に行くよりは、裏に向かった可能性が高いと考えた。
それだけだ。
そうして、裏口を封鎖している兵士と合流する。
「誰かこっちに来なかったか?」
「あ、坊ちゃん。いえ、来ていませんが……。」
「そうか。」
ふと見ると、裏口のドアは完全に取れていた。
グランザが力任せに破壊したのだろう。
「どうかされましたか、ユーリ坊ちゃん?」
「いや、何でもない。」
グランザに声をかけられるが、エウリアスは元の路地を戻った。
壁に穴を空けるだけで、そこから先を考えていないとは考えにくい。
必ず、あの穴を使って外に出た者は、その次の逃走ルートも考えていたはずだ。
エウリアスは壁の穴にまで戻り、周辺の雑多に積まれたガラクタを見る。
壁に空けられていた穴、雑多に積まれたガラクタ。
「まさか……。」
エウリアスは、隣の倉庫の壁に積まれたガラクタを見た。
壊れかけの木箱や、割れた木の板、空き瓶などが置いてある。
「グランザ、こっちの倉庫の壁にも穴があるんじゃないか?」
「…………なるほど。あり得ますな。」
「グランザは穴を見つけてくれ。俺は外を回って、この倉庫の反対側に行く。」
「反対側?」
「ほとぼりが冷めるまで、中に留まってる可能性もあるが……。俺ならさっさと抜けて、他に逃げる。」
「確かに。」
「もし中で見つけたら、
「はっ! な る べ く、生け捕りにします!」
エウリアスは笑いながら頷くと、壁沿いに走り出す。
いつ脱出したか分からないが、エウリアスたちが突入してすぐに逃げた場合、少し離された可能性がある。
それでも、周辺を封鎖している騎士や兵士を警戒しながらの逃亡なら、そこまで遠くには行かれていないはずだ。
エウリアスが倉庫の反対側に着くと、三人の男がいた。
倉庫の壁に細工をし、丁度出てきたところらしい。
一人はかなり大柄な男。
残りの二人も、見るからに悪人
アジト内の制圧に騎士や兵士たちを残し、グランザとも二手に分かれたため、今はエウリアス一人。
これは失敗したか?
周囲を警戒していた大柄な男が、すぐにエウリアスに気づく。
だが、エウリアスが一人だと分かると、狂暴な笑みを浮かべた。
「もう嗅ぎつけやがったか……。まあ、いいさ。」
そう言うと大柄な男は、二人の男に目配せする。
エウリアスを囲むように、三人の男が動く。
エウリアスは男たちの動きを見ながら、
そうしてから、倉庫の壁を背に
「一応、聞いてやる。大人しく縛に就く気はあるか?」
「寝言は寝て言え! 馬鹿がっ!」
背後を壁に塞がれているため、完全に退路を失った状況。
さらに三人に囲まれたのなら、エウリアスが不利なことは明らかだった。
エウリアスの目がスッと冷える。
「これでも本気で怒ってるんだ。…………命乞いができると思うなよ?」
「それはこっちのセリフだっ!」
大柄な男が怒鳴ると、二人の男が斬りかかる。
しかし、男たちは連携の訓練などしたこともないのだろう。
呼吸を合わせることもせず、ただ闇雲にかかってくるだけだった。
エウリアスは左から迫る剣をいなすと、もう一人の男に長剣を突きつけた。
踏み込もうとした男が、たたらを踏む。
剣をいなされ
そうして、何事かを耳打ちした。
耳打ちされた男は一つ頷くと、今度は慎重にエウリアスににじり寄る。
もう一人の男も狙いが読めたのか、エウリアスを追い詰めるようににじり寄った。
背後を壁に塞がれ、囲まれた状態では、距離を詰められるだけで恐怖感が一気に増大する。
それは、死までの距離だからだ。
だが、そうした死の圧迫を、エウリアスは一息で跳ね飛ばす。
「フッ!」
ダンッッッ!!!
エウリアスは大きく踏み込み、強く踏みつけるのと同時に、全力で長剣を振り下ろした。
「ぎゃぁあああああああっ!?」
「なっ!?」
エウリアスの動きに反応できなかった男は、「両断せん」とばかりの全力の剣をモロに受けてしまう。
頭から顔、首、胸、腹を通過し、太腿までを大きく斬られる。
太刀筋の途中にあった右腕も、前腕の中ほどで落とされた。
「チッ……!」
大柄な男は一瞬驚いた顔をするが、即座に逃げ出した。
もう一人の男も、大柄な男を追って逃げ出す。
倉庫の正面側に向かって、必死に走り出した。
「逃がすかっ!」
エウリアスも咄嗟に追いかけるが、二人との距離は約十メートル。
絶妙に嫌な距離だ。
もっと離れていれば【
その一瞬の迷いに、アクシデントが起こる。
大柄な男が先頭を走り、ちらりと後ろを振り返った。
大柄の男を追う男も、後ろのエウリアスを気にして振り返る。
その時、大柄な男が後ろの男を殴った。
「ぐはっ!?」
不意を突かれ、殴られた男がバランスを崩す。
その男が、エウリアスの進行を見事に邪魔した。
大柄な男は自分が逃げるために、仲間を囮にしたのだ。
エウリアスは倒れ込む男を放置するわけにいかず、躱しながらその顔面を蹴り飛ばした。
ゲシッ!
「――――ッ!」
男は呻き声を上げることもなく、昏倒した。
そうして、エウリアスは長剣を構える。
立ち止まらざるを得ない状況になったことで、大柄な男との距離が開く。
幸か不幸か、【偃月斬】の射程に。
しかし、大柄な男が路地に飛び出しそうな状況のため、エウリアスは
エウリアスからは見えない位置。
倉庫の陰から人が飛び出せば、大柄の男を狙ったつもりが他の人に当たってしまうかもしれない。
「どうした? やらないのかえ?」
クロエは、エウリアスが【偃月斬】を使うだろうと思い、準備していたのだろう。
しかし、構えたまま動かないエウリアスを不思議に思って、声をかけてきた。
「この状況では、他の人に当たってしまうかもしれない……。」
「…………あぁ、確かにな。急に飛び出されては、
エウリアスは悔し気に顔をしかめ、大柄な男を見る。
倉庫街を飛び出そうとする大柄な男も振り返り、エウリアスを見た。
その顔は、にやりと笑っているようだった。
大柄な男がにやけた顔でエウリアスを見たまま、路地を飛び出す。
そこに、馬がやって来た。
ドカッ!
「ぐえっ!?」
「きゃあっ!?」
死角から飛び出した馬が、大柄な男をはね飛ばす。
いや、この場合は飛び出したのは大柄な男の方か。
男は馬にぶつかると、ごろごろと転がった。
「…………………………は?」
エウリアスもびっくりして、思わず凝視してしまう。
「はねたのぉ。見事に。」
クロエが、呑気な声で呟く。
まさにこうした事があり得ると思い【偃月斬】を諦めたが、本当に起こるとは……。
エウリアスが茫然として見ていると、背後から声がかかる。
「ユーリ坊ちゃん! 賊は!?」
「す、すまん! こいつを頼む!」
追いついたグランザに足元の賊を頼むと、エウリアスは大柄な男と、飛び出してきた馬の方に駆け出した。
「ど、どうしよう!? はねちゃったわ!」
「お嬢様! お怪我は!?」
数名の騎士が、大柄な男をはねた少女を気にかける。
その少女は馬を下りると、大柄な男の方に駆け寄ろうとした。
「ティア!?」
「え……? ユーリ様!」
馬から下りた少女は、ルクセンティアだった。
なぜ、ルクセンティアがこんな所にいる?
エウリアスは、ルクセンティアに駆け寄った。
「何してるの? こんな所で。」
「え、その……何って……。」
ルクセンティアは、エウリアスを見て、倒れた大柄な男を見て、とおろおろする。
エウリアスは、ルクセンティアに笑いかけた。
「ありがとう、ティア。そいつを止めてくれて。」
「……へ?」
エウリアスがお礼を言うと、ルクセンティアが不思議そうな顔になる。
「そいつ、アジトの抜け穴から逃げた奴なんだよ。仲間を囮にして逃げようとして、もう少しで捕り逃がすところだった。本当にありがとう。」
エウリアスがきっちり姿勢を正して頭を下げると、ルクセンティアが慌てて手と首を振る。
「い、いえ、そそそ、それは良かったわ。ちょっと、びっくりしましたけど……。」
「ティアは大丈夫? 怪我してない?」
「え、ええ……私は大丈夫です。」
エウリアスは、ルクセンティアの乗っていた馬に視線を移した。
可愛がっている馬が、怪我でもしていたら大変だ。
馬は高価だし、何より愛情を注いで接している。
「よかった……この子も怪我はなさそうだね。」
エウリアスが首を撫でると、馬がブルル……と首を振った。
そこに、路地の封鎖担当の騎士がやって来る。
「エウリアス様、こちらの男は? 連中の仲間でしょうか?」
「そう。アジトから逃げ出した奴。縛っておいて。」
「了解です。」
未だに動けない大柄な男を縛り、騎士が引きずっていく。
「エウリアス様! こちらでしたか!」
別の騎士がやって来て、エウリアスに敬礼する。
「アジト内の制圧が完了しました。」
「木箱の上から確認したか?」
「木箱の上? い、いえ……。」
「何人かで上から確認させろ。積んだ木箱で見えないようにして、後ろに隠しているスペースがある。」
「りょ、了解しました!」
騎士が倉庫に戻っていくのを見て、エウリアスはルクセンティアの方に振り向く。
「よく事情は分からないけど、手を貸しに来てくれたんだよね?」
「ええ……、そうよ。」
エウリアスは頷いて、ルクセンティアに微笑む。
「本当にありがとう、助かったよ。詳しいことはまた後でいいかな?」
「勿論よ。ユーリ様は、まずはやるべきことを。」
ルクセンティアに言われ、エウリアスは頷く。
「うん。それじゃ、ティアも気をつけて。」
「ユーリ様もね。」
そうしてエウリアスはルクセンティアと別れると、倉庫に戻っていくのだった。
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