第80話 対等な友人であるために




 ――――話を、少し遡る。

 エウリアスたちが屋敷を出て一時間ほど経った頃。


 ホーズワース公爵家の屋敷。

 ルクセンティアは、庭で剣の稽古をしていた。

 槍を相手にソードでいなし、最少の動きで躱す訓練だ。


 連続して繰り出される槍を、ルクセンティアは姿勢を崩しながら、ギリギリのところで躱した。

 そんなルクセンティアを見て、相手をしていた騎士が一度手を止める。


「動きが遅れてきています、ルクセンティア様。少し休まれますか?」

「まだよ。続けて。」


 ルクセンティアは構えを解かず、続けるように言う。

 そこに、四十代の執事がやって来た。


 ルクセンティア付きの執事だ。

 執事は、従僕を連れていた。


「お嬢様、どうやら動きがあったようでございます。」


 その報告を聞き、ルクセンティアは剣を下ろした。


「……どんな動き?」


 頬を流れる汗を拭い、尋ねる。


「三台の荷馬車に、装備を調えた騎士と兵士が多数。なかなかに殺気立っていたようです。」


 報告を聞き、ルクセンティアは従僕を見た。


 ルクセンティアは、エウリアスの屋敷を見張らせていた。

 エウリアスが、ラグリフォート産家具の偽物を扱う組織を追っている、というのは本人の口から聞いている。

 ならば、何か手伝えることがあるかもしれない、と。


 ルクセンティアは、エウリアスに二度ほど救われている。

 トレーメル殿下襲撃の時と、屋敷に襲撃を受けた時だ。

 これらは、ホーズワース公爵家とラグリフォート伯爵家の間の『貸し借り』になる。

 しかし、ルクセンティアにとっては、そんなものはどうでも良かった。


「これで、少しは借りを返せるかしらね……。」


 ルクセンティアは、息を整えながら呟いた。


 家同士の貸し借りを抜きに、なのだ。

 これで、本当に友人と言えるだろうか。







 身分の差を抜きに、トレーメルはルクセンティアとエウリアスを対等な友人として扱った。

 この考え自体、今ではルクセンティアも悪くないものだと思っていた。

 しかし、そうすると一つ問題が出てくる。


 一方的に借りたままで、それは対等な友人だろうか?


 これは、ルクセンティアの性格の問題だ。

 友人同士なのだから、貸し借りなど気にしなくていいよ、という意見もあるだろう。

 だが、ルクセンティアの考えは違う。


(ユーリ様と肩を並べる…………対等な友人だからこそ、この状態を受け入れてはだめよ。)


 そう考え、エウリアスに言ったのだ。


『いざとなれば、遠慮なく私を頼って。』


 だが、きっとエウリアスは、ルクセンティアを頼ってはくれないだろう。

 貴族家同士の『貸し借り』だけを考えれば、それをエウリアスが簡単に使うはずがないからだ。


 だからこれは、家は関係ない。

 ルクセンティアが、エウリアスと対等であるために。

 友人であるために――――。







「ラグリフォート家の応援に行きます。」


 ルクセンティアが、真剣な表情で言う。

 その言葉に、執事は項垂れて首を振った。


「やはり、そういうおつもりだったのですね。お嬢様。」

「ごめんなさいね。」


 ルクセンティアは、騎士の方を向いた。


「私と一緒に行ってくれる騎士を集めて。……後で、一緒にお父様に叱られる覚悟のある者だけね。」

「叱られることは、分かってらっしゃるのですね……。」


 執事が呆れたように言うと、ルクセンティアは肩を竦める。


「すぐに声をかけて。もたもたしていたら、私一人で行くから。」

「は……、はっ! し、しばしお待ちください、ルクセンティア様。ですから、どうかお一人で行かれることだけは……っ!」


 慌てて有志を募りにいった騎士を見送り、執事が溜息をつく。


「それはもはや、脅迫ではないでしょうか?」

「ええ、そうよ。だから、本当なら叱られるのは私だけに留めたいのだけど。」


 しかし、そうはならないだろう。

 騎士たちが、父に「なぜ行かせたのだ!」と叱責を受けることは分かりきっていた。

 そしてそれは、目の前の執事も同様だろう。


 何せ、エウリアスの屋敷を見張るように手配したのは、この執事なのだから。

 たとえルクセンティアの意向であったとしても。

 貧民窟スラム近くの倉庫を監視していることも把握し、大きな動きがあればすぐに知らせるようにしていたのだ。


 執事は肩を落とし、微かに首を振る。


「ヨウシア様にも叱られますな……。」

「お兄様の立場なら、そうでしょうね。」


 ヨウシアというのは、ルクセンティアの兄だ。

 ホーズワース公爵家の嫡男であり、ルクセンティアとは少々年齢としが離れているため、すでにこの王都で要職に就いている。


「悪いわね。貴方も一緒にお父様とお兄様に叱られてちょうだい。」

「…………そうなるとは思っておりましたので。」


 諦めたように言う執事に、ルクセンティアはにっこりと微笑む。


「ありがとう。さあ、馬の準備をするように言って。それと私の剣を持ってきて。模造剣これでは話にならないわ。」

「かしこまりました。」


 執事は恭しく一礼すると、従僕とともに下がった。

 ルクセンティアは、自分の鎧を着るために、私室に向かう。


「待っててくださいね、ユーリ様。どうか、無理だけは……。」


 ルクセンティアはそう呟くと、逸る気持ちに背中を押されるように、駆け出すのだった。







■■■■■■







 ルクセンティアはラグリフォート家の騎士と合流すると、騎馬隊に指示を出す。


「私たちは遊撃に徹します! 五隊に別れ、劣勢になっている場所を支えて回りなさい!」

「「「はっ!」」」


 騎馬隊は、ルクセンティアを入れても二十数騎。

 機動力を活かし、四~五騎ずつでこの辺りを回り、戦闘の発生している場所にその都度加勢する方針を立てた。


 ルクセンティアは、ラグリフォート家の騎士に尋ねる。


「ユーリ様はどこ? 指揮所? もしかして、屋敷に残っているの?」

「ぼっ……エウリアス様は、突入部隊を率いて――――。」

「突入部隊!? アジトに突入したの! 自分で!?」

「は、はい……。」


 ルクセンティアは呆れた。

 おそらく、ラグリフォート家の勢力を率いているのはエウリアスだ。

 つまり、総大将のようなもの。

 この戦い、賊を全滅させようが、エウリアスが討たれれば負けなのだ。

 それなのに、エウリアス自ら突入するとは……。


「…………以前、山狩りをラグリフォート伯爵に命じられて、やっていたというのは聞いていたけど。まさか、その時も自分が前衛まえに出ているの?」

「え、えーと……。」


 その騎士は、ルクセンティアの質問に目を泳がせた。

 どうやら、これはいつものことのようだ。

 とはいえ、ルクセンティアも自らホーズワース公爵家の騎士を率いて駆けつけたのだから、エウリアスのことを言える立場ではないだろう。


「さすがに、馬でアジトに乗り込むのは現実的じゃないわね。周辺の鎮圧に集中しましょう。」

「あ、ありがとうございます。」


 頭を下げる騎士に、ルクセンティアは頷く。


「行くわよ、私に続きなさい! ハッ!」


 馬の腹を蹴り、ルクセンティアは倉庫に向かった。

 そんなルクセンティアを追って、四騎の騎馬が続く。


 まずは、アジト周辺に行ってみて、優勢か劣勢かだけでも確認したい。

 上手くいけば、その時にエウリアスと会える可能性もある。


「まさか……山狩りの時からこんな無茶をしていたなんてね。」


 エウリアスの強さは、変わった剣術を修めたことだけが理由ではない。

 十二~三じゅうにさん歳の時から、こうして実戦を経験してきたからなのだ。

 オリエンテーリングの時、賊に怯むことなく立ち向かえたのにも納得だった。







 あの時、ルクセンティアもトレーメルを護ろうと立ち向かったが、心の奥底では恐怖を感じていた。

 竦んでしまいそうな心と身体を必死に奮い立たせ、立ち向かっていたのだ。


 賊の振り上げた剣。

 防ぐための剣も失い、もはやここまでかと思った。

 その危機を救ってくれたのがエウリアスだった。

 剣も持たない状態で賊に立ち向かい、あっという間に賊から剣を奪うと、二人を斬り伏せた。

 強かった。

 ただただ、エウリアスは強かった。


 学院の授業で、それなりに身体を鍛えていることは分かった。

 それでも、ルクセンティアは初めてエウリアスを見た時の印象を、引きずっていたのだ。

 貴族家の嫡男でありながら、三女であるルクセンティアにペコペコと頭を下げる。

 嫡男としての気概も何もない態度。

 同じクラスになったため、それなりにエウリアスを観察する機会はあったが、最初の印象を払拭することはできなかった。


 エウリアスが目の前で賊を斬り伏せた時、ルクセンティアは自らの不明を恥じた。

 自分は、エウリアスの何を見ていたのかと。


 無事にオリエンテーリングから戻り、次にエウリアスに会ったら、詫びようと思った。

 しかし、トレーメルが親友だ、愛称で呼び合うべきだ、などと言い出し有耶無耶になってしまった。


 だから、ルクセンティアは考えを改めた。

 生命いのちの恩は、同等のもので返すべきだ。

 今回のことですべてが返せるとは思わないが、少しずつでもエウリアスに返そう。







 ルクセンティアは馬を走らせ、前方で兵士に斬りかかる賊を発見した。


「ハアアッ!」


 賊の横を駆け抜け、そのまま斬り捨てる。

 狭い路地から飛び出した賊を、部下の騎士が斬った。


 まだいる賊の増援を剣で示し、号令をかける。


「制圧せよっ!」

「「「はっ!」」」


 エウリアスがいるであろう倉庫に向かいながら、ルクセンティアは見かけた賊を片っ端から片付けて行くのだった。




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