第85話 思った以上に堅物でした




 警備隊総局の本部を出たエウリアスは、真夜中に屋敷に戻った。

 そんな時間だというのに、エウリアスへの処分を心配して、多くの使用人たちが起きて待っていた。

 そして、エウリアスやラグリフォート家への処分がなかったと知ると、歓声を上げて喜んだ。


「戦勝じゃーーっ! 祝杯だぁーーーーーっ!」

「「「おおうっ!」」」


 グランザの雄叫びに、みんなが拳を振り上げて応える。


 犯罪組織を叩き潰し、無事に子供たちを救出できたという事実に、騎士や兵士たちのテンションは一気にマックスまで上がった。

 これまでは、エウリアスの処分が気になりそれどころではなかったが、お咎めなしと分かり酒盛りを始めた。


「…………一応、今後は自重しろってことなんだけど。」


 酒を飲み始めた使用人たちを見て、エウリアスが呟く。

 それを聞いていたのは、残念ながら横にいるタイストだけだったが。


「まあ、今日のところはお許しを……。みんな、どんな処分が下るか気が気ではなかったので。」

「そうだな、心配をかけた。ここのところずっと、みんな頑張ってくれてたのに…………素直に喜べなかったんだもんな。」


 頑張ってくれたみんなのために、今日くらいはいいだろう。


 実際は、“蛇蠍だかつ”という犯罪組織のアジトの一つを潰しただけではあるが、目的だった子供たちの救出は成功した。

 ラグリフォート産家具の偽物についても、警備隊と商務省による摘発の目途が立った。

 この辺りの情報共有は後日にするとして、今くらいはみんなで喜び合おう。


 ……とはいえ、今から酒盛りなんかしては、明日の屋敷の管理はぼろぼろになることが確定だった。


「まあ、いっか。」


 エウリアスはステインを見つけ、声をかける。


「ステイン、屋敷にある酒で、出せる物は出していいよ。振る舞い酒だ。」

「よろしいのですか? 先日も……。」

「今回のことでは、みんなに協力してもらってたからね。百万以内に収めてくれれば、財布カードここから補填してくれ。あー……、ただし――――。」

「シャンペンタワーは無しに、でございますね。心得ております。」


 恭しく一礼するステインに、エウリアスは財布カードウォレットを渡した。

 それを見ていた数人の使用人たちが、急いで貯蔵庫に酒を取りに行く。


「おお、エウリアス様からお許しが出たぞ!」

「ユーリ坊ちゃん、ありがとうございます!」

「「「ありがとうございます!」」」


 そうして酒樽が届くと、どんちゃん騒ぎになった。


「勇敢なる、我らがエウリアス様に、乾杯っ!」

「「「エウリアス様にかんぱーい!」」」

「子供たちの未来に、乾杯っ!」

「「「かんぱーい!」」」


 あちこちで杯を掲げては、乾杯する。

 こんな形でしか労ってやれないが、みんなが喜んでいるのなら良かった。


 あまり使わないと思っていた小遣いだが、何だかんだ結構使っていた。

 エウリアスが自分で使うのではなく、振る舞い酒という形ではあるが。

 それでも、自分の自由になる小遣いがなければ、こうして振る舞うこともできない。


(こういう使い方も考えて、三百万リケルなんて大金を小遣いにしてくれたのかな。)


 父ゲーアノルトの先見の明に、エウリアスは心から感謝するのだった。







■■■■■■







 夜が明け、騒動の翌日。

 エウリアスの屋敷は、重苦しい空気に沈んでいた。

 見事にみんな二日酔いになり、また朝まで飲んでいたため、体調も気分も最悪。

 エウリアスが許可したため、今日は最低限の仕事だけで良い、ということになった。


 エウリアスは酒を飲まないが、一日部屋に籠ってゲーアノルトへの手紙を書いたり、また昨日の疲れを癒すためにゆっくりと休んで過ごすことにした。


 そして、さらに翌日。

 さすがに今日は、屋敷も通常の体制に戻った。

 朝からいつも通りの日課をこなし、来客を待つ。


 来客。

 ルクセンティアのことである。

 あの時は込み入った話ができる状況ではなかったため、一旦棚上げさせてもらったが、このままというわけにはいかなかった。


「いらっしゃい、ティア。」

「ユーリ様。お招きいただき、ありがとうございます。」


 朝から招待の使者を送り「いつでもいいよ」と伝えると、「すぐに行きます」と返事が来た。

 そうしてやって来たルクセンティアと型通りの挨拶を済ませ、エウリアスの部屋へ。


 人に聞かれたくない話のため、人払いをしたいところだが、エウリアスとルクセンティアを二人きりにするわけにはいかない。

 そうした状況を作ること自体に問題があるため、エウリアスの部屋で話をすることにした。


 エウリアスの部屋は、馬鹿みたいに広い。

 伊達に五部屋をぶち抜いていない。

 エウリアスとルクセンティアが、部屋の奥にある執務机の方で話をすれば、入り口付近で護衛が待機していても声は届かない。

 応接室や客間ゲストルームではこうはいかないが、エウリアスの部屋なら人払いをしなくても話を聞かれずに済むのだった。







「……お父様に、とても叱られました。」


 会議机から椅子を持ってきて、エウリアスの隣に座ったルクセンティアが、しょんぼりしながら言う。

 この子のこんな姿、初めて見るな。


 そんなルクセンティアに、エウリアスは頭を下げた。


「巻き込んじゃってごめん。でも、ティアが応援を出してくれて本当に助かったよ。」

「そんな……私の方が勝手に行ったのですから、ユーリ様が謝るようなことではないですわ。」


 ルクセンティアのその言葉に、エウリアスは一つ疑問だったことを聞いてみた。

 そもそもルクセンティアは、なぜラグリフォート家の動きが分かったのだろうか。


「え、えーと、ですね……。」


 ルクセンティアの視線が泳いだ。

 言い難そうに、口ごもる。


「実は、家の者にこちらの屋敷を見張らせていたのです……。」

「見張らせて?」


 何だ、なんだ?

 穏やかじゃないな、おい。


 そうして、ぽつりぽつりとルクセンティアが話し始めた。


「ユーリ様に助けていただいても、私の方からは何も返せていませんでした。」

「それって……オリエンテーリングの時のこと?」

「それもありますが、屋敷を襲撃された時もです。ユーリ様には二度も助けていただいたのに、私は……。」


 ルクセンティアは、悲しそうに俯く。

 エウリアスは微笑み、首を振った。


「そんなの、友人なんだから気にしなくてもいいのに。」

「そう、それです。」


 エウリアスの言葉に、ルクセンティアは顔を上げた。


「このままでは、私にはユーリ様の友人でいる資格がないと思ったのです。助けていただいてばかりで、それは対等な友人関係と言えるでしょうか?」


 ルクセンティアの真剣な表情に、エウリアスは少し驚く。


「友人になるのに、資格とかはないと思うんだけど……。」

「そう……なのかもしれません。ですが、私は……。」


 ルクセンティアはまた俯き、唇を引き結んだ。


「ユーリ様はきっと、私が『頼ってください』と言っても、自分で何とかしようとするでしょう。ですが、ラグリフォート産家具の偽物を調べていると聞いた時、私はユーリ様が困っているのなら、少しでも力になりたいと思ったのです……。」

「それで、頼ってもらえないなら…………自分からって?」


 エウリアスがそう言うと、ルクセンティアがこくんと頷く。

 エウリアスは腕を組み、天井を見上げた。


(…………ティアがそこまで気にしてたなんてなあ。)


 誰かが困っているなら、ちょっと手を貸すくらいは、普通のことだろう。

 ただ、エウリアスやルクセンティアに降りかかった災難は、ちょっと手を貸す、の範囲を超えてはいた。

 そうそう無いようなことが続いて起きはしたが、それはたまたまだ。

 それをすぐに「返そう」と言っても、そうは機会がない。


(まあ、その滅多にないはずの機会が、早くに来ちゃっただけということか?)


 何事もなく平穏だったなら、きっと見張っていても何も起きなかった。

 そうすれば、そのうち諦めて見張りも引き上げさせていただろう。


「……でも、詳しくは俺にも分からないけど、それって家同士で話がついているんじゃないの?」


 貴族家の間で『貸し借り』とされているなら、ルクセンティアが気にするようなことではないはずだ。


「それは、あくまでホーズワース公爵家うちとラグリフォート伯爵家の話です。私とユーリ様の話とは別だと思います。」


 家同士のことはさて置いて、友人として借りっぱなしはどうなの、という考えのようだ。

 エウリアスは苦笑して、ルクセンティアを見る。


「……………………堅物。」

「うう……。」


 ルクセンティアが、しょんぼりした。

 そんなルクセンティアを見て、エウリアスは笑ってしまうのだった。




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