第64話 ヒューゴーの恐怖
ヒューゴーが立ち上がり、手枷の嵌められていた辺りを
そうして具合を確かめ、
その様子を見て、エウリアスが鼻を鳴らす。
「腕が痛いなんて、泣き言が通じると思うなよ? ワッティンソン子爵があまりにしつこいから、こんな茶番に付き合ってやってるんだ。心から感謝しろ。」
「ああ、感謝してるさ。……ワッティンソン様にな。」
ヒューゴーは一度深呼吸をすると、大きく踏み込んだ。
袈裟斬りに、首の根元を狙う太刀筋。
エウリアスは半歩、斜め後ろに下がりながら、ヒューゴーの剣の中ほどに打ち下ろした。
ガギンッ!
甲高い金属音が響き、ヒューゴーが剣を落とす。
「早く拾え。」
エウリアスが冷たく言うと、ヒューゴーは信じられないように、震える手をまじまじと見る。
強く上から叩きつけられた、衝撃と痛み。
ヒューゴーの打ち下ろしに、後からエウリアスが打ち下ろしを合わせたのだ。
それはつまり、打ち下ろすスピードが、エウリアスの方が速いという
戸惑いながらも、ヒューゴーは剣を拾った。
そうして、再び中段に構える。
「ハッ!」
ヒューゴーが大きく踏み込みながら、横薙ぎを繰り出す。
エウリアスは素早く一歩下がると、そこからヒューゴーの横に踏み込む。
ダンッッッ!!!
強く踏みつけ、すれ違い様に腿の裏側を斬り上げる。
「ぐっ!?」
刃は潰してあるとは言え、腿の裏を強く叩かれたヒューゴーは呻き、地面を転がった。
「立て。」
エウリアスはすぐに中段に構え、ヒューゴーが立ち上がるの待つ。
ヒューゴーは、信じられないとでも言いたげに、目を見開いた。
「早く立て。」
エウリアスに言われ、腿を摩りながらヒューゴーが立ち上がる。
「な、に……何が……!? どうして……?」
簡単に叩き伏せられると思っていたエウリアスに、逆にやり返され、ヒューゴーは戸惑いを口にした。
しかし、エウリアスは答えず、ただヒューゴーを見据える。
「う……うおおおぉぉおおおおっ!」
ヒューゴーは自らを奮い立たせるように声を上げ、踏み込んできた。
間合いを詰めてからの、突き。
……と見せかけ、上背を利用した鍔迫り合いに持ち込もうとする。
鍔迫り合いでは、単純な膂力と上背が物を言う。
そこでエウリアスの体勢を崩し、決定打を繰り出すつもりなのだろう。
エウリアスは突きを躱し、鍔迫り合いに応じる。
……ように動きながら、鍔迫り合いになる瞬間、間近に迫ったヒューゴーの手首を掴んだ。
グイッ!
「くっ!?」
エウリアスは
ヒューゴーが、そのまま転んだ。
「くっ……
この時になって、ようやくヒューゴーは理解する。
エウリアスの剣術が、リフエンタール流ではないことを。
リフエンタール流剣術に、こんな技はない。
鍔迫り合いの瞬間に、相手の手首を掴み、流す。
あまりにも自然に、その後の横薙ぎへと繋げた。
まるで、それが
「お、お前……何をっ!?」
ヒューゴーは立ち上がりながら、思わず声を上げる。
「また、お得意の卑怯者、か?」
「そ、そうだ! 卑怯な手を使いやがって……っ!」
「フ……笑わせる。」
そうして、冷たい目で言い放つ。
「今、お前のその剣に、家族の
エウリアスがそう言うと、ヒューゴーは悔しそうに顔を歪めた。
「
エウリアスは長剣を構え、ヒューゴーを真っ直ぐに捉える。
「お前の、
エウリアスからの圧し掛かるような気迫に、ヒューゴーは一瞬身を震わせた。
焦ったようにワッティンソン子爵に視線を向けるが、子爵は諦めたように首を振る。
ラグリフォート伯爵領、数十万の領民。その生活を、
ヒューゴーには、エウリアスの覚悟の源泉が何か理解することはできないが、その圧倒的な気迫に飲まれてしまった。
「いつでも、地面の砂を投げてくれ。目を潰そうと、耳を千切ろうと、俺に膝をつかせればお前の勝ちだ。」
「…………なっ!?」
「家族の
エウリアスに言われ、ヒューゴーは初めて自分の立場を理解した。
ただの言葉として、家族を守る、ではない。
本当の意味での、守るということ。
具体的に、どんな手を使ってでも勝ってみせろというエウリアスに、ヒューゴーは恐怖した。
ガタガタ……と手足が震え始める。
「来るがいい、ヒューゴー。お前のすべてで、俺を超えてみせろ。…………家族のために。」
一切の揺らぎなく戦いに臨むエウリアスを目の当たりにし、ヒューゴーは身体の震えを止めることができなかった。
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