第63話 これは決闘ではありません




 学院長であるミーラワード公爵と話し合った、翌日。

 王都にある、警備隊の敷地の一画にエウリアスは来ていた。


 エウリアスの後ろに控えるタイストの表情は険しい。

 それはそうだろう。

 これから、エウリアスに決闘を申し込んだヒューゴーの刑が執行されるのだから。


 そんなタイストの後ろには、ラグリフォート家の騎士が十名。

 彼らは、ヒューゴーの父チェスターを押さえつけ、抜き身のソードを首に向けている。


 朝、学院に顔を出したエウリアスから話を聞くと、トレーメルとルクセンティアまでわざわざ付き合って、足を運んでくれた。

 少し離れた場所で見守る二人の表情も、やはり厳しいものになっている。

 二人は、エウリアスに決闘を申し込んだという暴挙を、今も腹に据えかねているのだろう。


 ワッティンソン子爵も、見届けるために来ていた。

 農務大臣を務めるミーラワード公爵は、さすがに多忙のため来ていないが。

 ワッティンソン子爵が見届け、結果をミーラワード公爵に報告することになっている。


 エウリアスたちが待っていると、警備隊の詰所から、ヒューゴーが連行されてきた。

 ヒューゴーは手枷を嵌められ、両側から腕を掴まれ、首にはロープがかけられている。


 ヒューゴーは近づくにつれ、身体を捩って暴れようとした。


「父さんっ!」

「ヒューゴー……!」


 騎士に押さえつけられたチェスターに気づくと、ヒューゴーは駆け寄ろうとした。

 だが、すぐに警備隊の兵士に押さえられ、動きを封じられる。

 ヒューゴーの目が、怒りに染まった


「エウリアスッ……ラグリフォート……ッ!」


 憎々し気にエウリアスの名を呼び、睨みつける。

 エウリアスは、そんなヒューゴーを冷めた目で見つめていた。


「卑怯者! 父さんを人質にするつもりか!」

「…………お前は、何を言っている?」


 エウリアスの数メートル前で跪かされながらも、ヒューゴーは喰ってかかろうとする。

 押さえつける兵士が、首のロープを引いた。

 首にロープが喰い込み、ヒューゴーが呻いた。


「話になりませんね。この期に及んで、まだ理解していないようです。」


 エウリアスは、ワッティンソン子爵の方を向いて言う。

 そこで初めて気づいたように、ヒューゴーがワッティンソン子爵に訴えた。


「ワッティンソン様! 助けてください! そこのエウリアスが――――!」

「黙りなさい、ヒューゴー。」


 ワッティンソン子爵が、力なく首を振った。


「エウリアス君の言う通り、やはり首を刎ねるしかないか……。」

「ワッティンソン様!?」


 ワッティンソン子爵までもがエウリアスの肩を持ち、ヒューゴーが愕然となった。

 エウリアスが、口を端を上げる。


「そういうことだ、ヒューゴー。……まったく、馬鹿なことをしたものだな。」

「……エ……ウリ……アスゥゥ……ッ!」


 ヒューゴーは目を血走らせ、憎しみを搾り出すように名を口にした。


「ワッティンソン様! みんな、騙されているんですっ! このエウリアスは――――ゥガッ!」


 あまりに暴れるため、ついに兵士がヒューゴーを殴る。

 そのヒューゴーの様子に、エウリアスは鼻白む。


「何を勘違いしているのか知らんが、ここはお前の申し開きを聞く場ではない。刑を執行する場だ。」


 そう言って、エウリアスはチェスターを見た。

 チェスターは観念したように項垂れ、その首に剣が添えられる。


「と、父さんっ!」

「正直、お前らの首を何個並べようと、俺の受けた苦痛の何の慰めにもならんが……。まあ、法は法だ。」


 エウリアスは、ヒューゴーに視線を向ける。


故郷いなかには、母と妹がいるのだろう? お前と家族、四つの首を並べて、精々溜飲を下げるさ。」

「きっ……貴様ぁぁ……! エウリアスッ……! どこまで、腐ってやがんだっ……!」


 エウリアスの目が一瞬で冷める。


「それが、お前の犯した罪だ。俺が腐っているかどうかは、まったく関係ない。ま、俺からすれば、腐ってるのはお前の目の方だがな。」

「ワッティンソン様っ! こんなっ、こんな奴が貴族だって言うんですか!? この卑怯者が――――!」

「口を慎め、ヒューゴー。相手はラグリフォート伯爵家の嫡男だぞ。」

「そ、そんな――――っ!」


 尊敬しているワッティンソン子爵にまで突き放され、ヒューゴーが震えた。

 悔しさに、力いっぱい噛みしめ、ギリッという音が聞こえてくる。

 だが、一瞬でハッと表情が変わった。


「そうか……っ! 伯爵家いえの力で、ワッティンソン様を逆らえなくしているんだなっ……!」


 そこに思い至り、エウリアスがニヤリと笑った。


「ふふ……何のことだ? まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。」

「どこまで卑劣なんだっ! この卑怯者め!」

「ははっ、負け犬の遠吠えは気持ちいいな。もっと俺を楽しませてくれよ。はははははっ!」


 エウリアスは、腹を抱えて笑った。


「恥を知れ! 卑怯者のラグリフォート! 家の力で、警備隊にも手を回したんだなっ!」

「だから、それが何だって言うんだ?」


 エウリアスは一頻ひとしきり笑うと、後ろに控えたタイストに手を伸ばす。

 そこに、鞘に収めた剣が載せられる。


「ここで、チェスターともども首を刎ねてもいいんだけどな。俺は慈悲深いんだ。」


 やや芝居がかった大袈裟な動きで、鞘から少し引き抜き、剣身を見せる。


「これは、刃を潰した模造剣だ。まあ、本気で当たればそれでも死ぬだろうが。」


 そうして、模造剣を放り出した。

 ヒューゴーの前に。

 ガシャン、と剣が地面に落ちる。


「お前にチャンスをやろう。」

「チャンス、だと……!」

「ああ、チャンスだ。お前の斬首は変わらない。だが、家族の生命いのちは助けてやってもいい。」

「…………どういうことだ。」


 エウリアスの言葉を信じられず、ヒューゴーは疑心の籠った目を向ける。

 そこで、ワッティンソン子爵が一歩前に出た。


「私が、エウリアス君にお願いしたのだよ。せめて、家族に累が及ぶことだけは、と……。」


 苦し気に言うワッティンソン子爵に、ヒューゴーは目を瞠った。


「ヒューゴー、キミを助けることは、私ではどうにもならないんだ……。けど、せめて……家族だけは……。」


 悲しみを堪えるように、ワッティンソン子爵が俯き横を向いた。

 その様子に、ヒューゴーは唇を震わせ、項垂れる。


「僕は…………助からない、のですか……?」

「…………そうだ。」


 ワッティンソン子爵が、呟くように肯定する。


「あー……そろそろ話を進めても? 俺も暇じゃないんで。」


 悲しみに暮れる二人とは対照的に、エウリアスは明るい声で割り込んだ。


「話は簡単だ。お前が剣で俺に挑む。俺に膝をつかせれば、お前の勝ち。家族の生命いのちは助けてやる。」


 軽い感じに、エウリアスが重大な事柄を伝える。

 それを聞いたヒューゴーが、ゆっくりと顔を上げた。

 信じられない、と言うように、ワッティンソン子爵を見る。

 ワッティンソン子爵が頷いた。


「できなければ、お前の負け。目の前でチェスターの首を刎ね、泣き叫ぶお前を俺が眺めて楽しむ。なに、すぐにお前も逝くし、心配しなくても母と妹もすぐに送ってやる。」


 エウリアスがそう説明すると、ヒューゴーの手枷が外される。

 首にかけられていたロープも外され、ヒューゴーは自由になった。


 エウリアスが、腰に佩いた長剣ロングソードを抜く。


「慈悲深いだろう? 冥土の土産に、決闘を受けてやるって言ってんだ。まあ、記録上はただの刑の執行だけどな。決闘なんて言ったら、今度は俺が罰せられちまう。」


 エウリアスがそう言うと、タイストが後ろに下がり、ヒューゴーを押さえていた兵士が、そしてワッティンソン子爵も下がる。

 エウリアスとヒュゴーを囲むように、広く場所が空けられた。


「お前一人で逝くか、家族と仲良く逝くか。好きな方を選べ。」


 冷めた目でエウリアスが言うと、震える手でヒューゴーが剣を掴む。

 そうして、ゆっくりと立ち上がった。


「…………舐めるなよ、ラグリフォートッ……! 騎士の誇りにかけて、お前を跪かせてやる!」

「お前ごときが騎士を名乗るな。騎士の名誉がけがれる。」


 射殺さんばかりのヒューゴーの視線を受けながらも、エウリアスは静かに長剣を構えるのだった。




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