第61話 極悪非道、エウリアス(※個人の感想です)




 エウリアスは豪華な部屋で、やや緊張した面持ちでソファーに座っていた。

 エウリアスの前には、腕を組み、難しい顔をして座る男性が一人。

 六十前後の、恰幅のいい方だ。


 この男性の名前はヘンリケ・フォン・ミーラワード。

 農務大臣を務める、ミーラワード公爵家の当主である。

 そして、現在の騎士学院学院長でもある。


 はい。

 ここは王都にある、農務省の大臣執務室。

 エウリアスは、昨日の決闘騒ぎで学院長呼び出しを受けたのであった。


「…………まったく、馬鹿なことをしでかす者もいたものだ。騎士学院の質が落ちているのか……?」


 苦りきった顔で零すミーラワード公爵に、エウリアスは恐縮するしかない。


 現在のエウリアスの立場は、完全に被害者だ。

 一方的に決闘を申し込まれたが、騒ぎを収めようとしていた。


 ただ、エウリアスのこの対応も、実は問題がある。

 貴族目線で言えば、「なぜ無礼者をその場で斬り捨てなかった」となるからだ。


 エウリアス自身、そのことは十分に承知していた。

 それでも、咄嗟に動いてしまったのは、騒ぎを収める方にだった。


 エウリアスは、恐縮しながらもミーラワード公爵に自分の意見を伝える。


「一人の問題ある学院生のために、学院全体を評価するのは、少々酷ではないでしょうか。彼もまだ一年生だったようですし、教育の途中でした。」

「それは確かにそうだな……。もう少し教育が進めば、物の分別もついただろうしな。自分のしでかそうとしていることの意味を、自分で理解できただろう。」


 あの、エウリアスに決闘を申し込んできた男の子は、ヒューゴーという名前だ。

 平民出身の中では、今年一番の注目株だったらしい。


 そのヒューゴーは現在、王都の警備隊に拘留されている。

 事の詳細を確認し、罪状が固まるまでの措置だ。







 ヒューゴーの父は騎士で、幼少の頃から剣を習っていた。

 父と同じ貴族に仕えることを本人も目指し、努力していたという。

 非常に正義感の強い男の子で、自分にも他人にも厳しいタイプというのが、周囲からの評価だ。


 少々厳し過ぎるため、クラスメイトからも若干怖がられる存在だったようだ。

 対等な友人ではなく、自分の方が一段上、といった感じで。

 もし対等な友人が一人でもいて、相談していれば、こんな騒ぎを起こさずに済んだだろう。


 それはさておき、ヒューゴーがなぜこんな決闘騒ぎを起こしたのか。

 その理由は、すでに本人の口から明らかになっている。


 実は、エウリアスは同じ学年の学院生の中では、とても有名だった。

 トレーメル殿下襲撃事件ではない。

 あれは、一般には公表されないことが決定している。

 まあ、貴族の間では、周知の事実ではあるのだけど。


 では、なぜ有名かと言うと、一番はやはり伯爵家の嫡男だから。

 もっとも逆らってはいけない存在の一人として、知れ渡っている。


 だが、それと並んで有名なことがある。

 それは、入学時の測定で、木剣を派手に空振りしたことだ。

 ヒューゴーは、あの時エウリアスを見ていたらしい。

 そして、こう思ったのだ。


「…………貴族なのに、なんて情けない奴だ。」


 ヒューゴーの父は、貴族家に仕えている。

 そして、その主である貴族を「とても素晴らしい方だ」と日々褒め称えていたらしい。

 ヒューゴーは幼少より、貴族の素晴らしさを父より説かれて育っていた。

 領主様がいるから、自分たちは平和に暮らせるのだ、と。


 そうして、自らも騎士となり、貴族に仕えることを夢見てやって来た騎士学院で、ヒューゴーの夢をぶち壊す存在が現れた。

 エウリアス・ラグリフォートである。


 最初は、ヒューゴーもエウリアスのことなどどうでも良かった。

 こんな情けない貴族もいるのか、と呆れるだけで済んでいた。

 ところが、その状況が変わる事態が一カ月ほど前から起きた。

 なんと、のだ。


 陰湿なエウリアスは、自分の剣が下手なため、より下手な女の子に集中して絡み始めた。

 身分差があるため、女の子はエウリアスに逆らうことができない。

 いつもその女の子は、剣術の授業になるとエウリアスに無理矢理付き合わされ、意地悪をされていた。

 女の子は何度となく頭を下げ、わざと強く剣をぶつけられて、たびたび剣を落としたりしていた。

 ヒューゴーは、そんな様子を座学の授業中に、教室から見ていたらしい。


(うん、完全に誤解だね。)


 エウリアス自身、授業で使う慣れない模造剣や、リフエンタール流剣術の型に戸惑い、ぎこちない動きになっていた。

 それをたびたび見かけては、ヒューゴーは心の中で嘲笑っていたそうだ。

 こんな情けない貴族に父が仕えずに済んで、本当に良かったと。

 自分も、父と同じ貴族に仕えようと、心から思ったという。







「エウリアス君。キミ、別に剣の腕はまずくないだろう?」


 ミーラワード公爵に聞かれ、エウリアスは苦笑した。

 オリエンテーリングの件は、貴族の間では周知の事実。

 そのため、複数の賊をエウリアスが斬り伏せたことも、当然伝わっていた。


「私は、普段長剣ロングソードを使っておりまして……。授業で使う模造剣に戸惑っていたのは事実です。」

「ほぉ……長剣とは珍しいな。なるほど、キミは愛用の得物ものでないと落ち着かないタイプか。」


 まあ、リフエンタール流の動きに戸惑っていたという方が、理由としてはより大きいが。


「その、キミにいじめられていた平民というのは?」

「ちょっと、クラスに馴染めていないようで……。剣の時間に相手をしてもらえず、あぶれてしまうことがあったようなのです。まだ基礎的な体力もついていませんから、失敗も多くて…………それで、よく頭を下げていたのは事実です。まだ習い始めたばかりなのだから、失敗が多くても当たり前だとは伝えていたのですが。」

「平民の子の面倒を見ていたのか? 随分と面倒見のいいことだ。」


 ミーラワード公爵は、そこで眉を寄せた。


「しかし、それを見て『いじめていた』なんて思うのか? 平民が貴族に面倒を見てもらっていたのだ、当たり前の光景だろう。」

「どう見えるかは、本人次第ですから。」


 エウリアスが苦笑すると、ミーラワード公爵が顔をしかめた。


 とはいえ、如何なる理由があろうと、平民が貴族に逆らうなど言語道断だ。

 エウリアス個人の考えでは、そこまでは思ってはいないが。


 逆らうと言っては言い方は悪いが、エウリアスに意見があるなら言えばいいと思っている。

 それがエウリアスの意見とは真逆でも、意見は意見だ。

 言ってもらって全然構わない。

 ただ、多くの貴族の場合、平民からの反対意見さえ許さないのが一般的だ。


 だが、ヒューゴーの採った行動で、非常に問題なことがいくつかあった。

 一つが、『決闘』という言葉を選んだことだ。

 現在、王国では決闘を禁じている。


 戦乱の世が終わり、平和が続いてから、力の余った者が勝手に揉め始め、血を流すようになった。

 その際によく行われたのが決闘だ。

 何かあれば、剣で白黒つけよう、というのが流行ったのだ。


 法で禁止しても、隠れて決闘は続いていた。

 そこで生まれたのが、騎士道である。

 すぐに剣で決着をつけようとする者たちの、考えそのものを変えようとしたのだ。


 そうした経緯でできたのが、騎士学院。

 つまり、決闘というのは、騎士学院の存在意義そのものを否定する行為だった。


 二つ目が、貴族に剣で挑んだこと。

 エウリアスも、ここは非常に問題だと認識していた。


 エウリアスに剣で挑んでこようと、叩き伏せればいい。

 だが、ここで問題になるのは、エウリアスが貴族の嫡男である、ということだ。


 平民が、貴族に剣で挑む。

 こんなことを認めてしまえば、王国の統治の仕組みが、根幹から崩壊する。


 トレーメル殿下襲撃事件の時、トレーメルが言っていた。

 王族に仇なしたことを見逃すな、と。

 トレーメルは、自分の生命いのちなどどうでもいいとさえ言ったのだ。

 それでも、決して見逃してはならないのが、王族に刃を向けたこと。


 理屈としては、これと同じだ。

 エウリアス個人が、どうこうという問題ではない。

 エウリアスが貴族家の嫡男であり、その貴族家の嫡男に剣で挑んだということが重大な意味を持つのだ。


 決闘を申し込まれた時、トレーメルとルクセンティアがとても怒っていたが、根底にはこの考えがある。

 友人を侮辱したというのも勿論あるが、一番はやはり貴族という存在そのものを侮辱したと受け取ったのだろう。


 王を頂点に、王族、貴族、平民という社会構造。

 ヒューゴーの行動は、これを崩壊させかねない暴挙なのだ。


 エウリアスは真剣な表情で、ミーラワード公爵を見た。


「ヒューゴーは、やはり斬首ですか? 家族も?」

「当然だ。きちんと対処しなければ、王国の社会そのものが崩れる…………のだがな。」


 そこでミーラワード公爵が、溜息をついた。


 コンコン。


 その時、執務室のドアがノックされた。

 ミーラワード公爵はドアの方に顔を向け、「入れ」と声をかける。


 そうして、二人の男が入室してくるのだった。




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