第56話 その謎は謎のままに
通学の馬車の中でサンドイッチを頬張り、騎士学院へ。
タイストは、すでに屋敷で食事を詰め込んできたらしい。
エウリアスが食べ終わると、タイストが片付けてくれる。
そうして、やや前のめりになった。
「それで、坊ちゃん?」
「ん?」
エウリアスが水袋から水を飲んでいると、タイストが声をかけてくる。
エウリアスは軽く口元を拭い、聞き返す。
「どうした?」
「どうしたじゃありませんよ。そろそろ、教えてくれても良くないですか?」
エウリアスは、タイストの言っていることに見当はついたが、わざととぼけた。
「……何が?」
エウリアスがそう言うと、タイストが肩を落とす。
「まだ、教えてもらえませんか……。」
タイストの言っているのは、あの漆黒の百足を斬った方法だろう。
以前から、触れてもいないのに薪を倒す練習をしていたが、ずっと誤魔化し続けていたのだ。
誤魔化すというか、しらばっくれていたというか。
(クロエがダメって言うものを、勝手に言うわけにはいかないしなあ。)
当然ながら、【
そのクロエがダメだと言うなら、エウリアスが言うわけにはいかなかった。
これは、クロエにバレなければいいという問題ではない。
クロエに隠れてタイストに伝えることは、もしかしたら可能かもしれない。
クロエを酒に沈めておき、その間にどこか別の場所に移って話せばいいだけだからだ。
だが、そうしたコソコソしたことはしたくなかった。
それならば、エウリアスが断固とした覚悟でクロエを説得すればいいだけだ。
絶対に、クロエに不利益を被らせない、と約束して。
そうしないということは、それはエウリアスがまだ隠しておきたいと思っているのだ。
エウリアス自身、その理由は分かっていないのだが。
しかし、目の前で肩を落とすタイストを見ていると、申し訳ない気持ちにもなる。
タイストを信用していないわけではない。
むしろ、全幅の信頼を寄せていると言っていい。
それなのに、なぜか言う気にはなれなかった。
「タイスト。」
エウリアスが声をかけると、タイストが顔を上げる。
「お前の考えるとおり、タネはあるよ。」
エウリアスは、軽く首を振った。
「だけど、もう少し待て。」
「…………分かりました。」
タイストは、諦めたように何度か頷いた。
そんな話をしているところで、馬車が学院に到着するのだった。
「ユーリ様。」
「おお、ユーリ。来たか。」
エウリアスが教室に行くと、すでにトレーメルとルクセンティアが来ていた。
トレーメルは、いつもエウリアスよりも先に来ているが、ルクセンティアがいるのは珍しい。
おそらく、今朝のことが気になって、普段よりも早く屋敷を出たのだろう。
「話はティアから聞いた。大変だったようだな。」
どうやら、すでに大まかな話はルクセンティアがトレーメルに伝えているようだ。
エウリアスは一つ頷くと、ルクセンティアを見た。
「あの後、公爵とは話をした?」
「いえ……。とても慌ただしく支度を始めて、それどころではありませんでした。」
エウリアスが尋ねると、ルクセンティアは首を振る。
ホーズワース公爵は、あの後すぐに王城へ出掛けたらしい。
ルクセンティアは応接室でエウリアスの説明を聞いているが、それ以上のことは分からないということになる。
「休憩時間になったら話すよ。ちょっと
エウリアスが軽く教室内を見回すと、トレーメルとルクセンティアが頷く。
すでに多くの学院生がおり、わいわいと談笑していた。
そうしてエウリアスは、席に着くと手紙を書き始める。
ゲーアノルトに、事の顛末を説明する手紙だ。
一週間前にも、別邸での不審死について手紙を書いたが、その続報である。
エウリアスの屋敷への襲撃。
実行犯である女の、人間離れした身体能力。
普通には倒すことのできない、漆黒の百足のこと。
そして、ホーズワース公爵家も襲撃されたことだ。
ホーズワース公爵と話した内容については、かなり詳しく書いておいた。
ゲーアノルトがホーズワース公爵と会った時、「そんな話聞いてないぞ!?」ということがあっては困ることになる。
そのため、人払いをした上で話した内容については、思い出しながら詳細に書くことにした。
エウリアスは一限目の授業を目一杯使い、手紙を書き上げた。
「これを、父上に。」
休憩時間になると、護衛騎士に手紙を渡した。
封蝋どころか封筒にも入れてない状態だが、これを屋敷にいるステインに届けさせ、ラグリフォート領のゲーアノルト宛として出させることにした。
早馬で届けるのであれば、三日くらいで着くだろうか。
いちいち中身を見ないように、などと念を押したりはしない。
そんなことは当たり前だからだ。
好奇心に負けて、
休憩時間になると、廊下の端のいつもの場所へ。
護衛騎士たちに囲ませ、簡易人払いを行う。
「…………眠い。」
エウリアスが溜息交じりに零すと、トレーメルとルクセンティアが苦笑した。
疲れた様子のエウリアスに、ルクセンティアが気遣うように尋ねる。
「夜中に襲撃されてから、ずっと起きてるの?」
「そう。さすがに寝不足だよ……。まあ、
「誰も怪我はしなかったのか?」
トレーメルの問いに、エウリアスは頷く。
「幸い、今回は気づくのが早かったからね。おかげで負傷者を出さないで済んだよ。」
エウリアスがそう言うと、ルクセンティアが少し表情を和らげた。
「大変だったけど、それだけは本当に良かったわね。」
「ユーリのところの騎士は、随分と鍛え上げられているのだな。このような事態でも、一人も怪我人を出さないとは。」
トレーメルに褒められ、エウリアスは嬉しくなった。
「鍛えるのは、みんな結構鍛えてるかな。訓練にも、すごく真面目に取り組んでるし。」
そう言って、エウリアスはタイストの方に視線を向ける。
「隊長がおっかないからかな?」
エウリアスが笑いながら言うと、タイストが僅かに振り返り、苦笑した。
そんなやり取りをしつつ、少し真面目な話をする。
一番の問題は、やはり
トレーメルが、腕を組んで唸る。
「…………それは、気をつけると言っても限界があるな。」
「そう? その百足も、斬れば動きは鈍るのでしょう? たとえ一瞬でも。それなら、もしかしたらずっと斬り続けていれば、倒せるのかもしれないわ。」
ルクセンティアから、さらっと飛び出た脳筋意見に、エウリアスとトレーメルが絶句する。
「そ、そうだな……。ティアは是非、それで倒してみてくれ。僕は素直にユーリを頼らせてもらうが。」
「あははは……。ま、まあ、言ってくれれば手を貸すよ。ティアもね。」
力でねじ伏せようとするティアにも、一応伝えておく。
普段、すっごく凛とした感じなのに、意外と力押しでいくタイプなのか?
「しかし、なぜユーリの攻撃だけは効いたのだ?」
そこで、トレーメルが当然の疑問を投げかける。
エウリアスは誤魔化すように、頬を掻いた。
「どうしてだろう? 公爵の屋敷の騎士は、この
そう言って、エウリアスは腰に佩いた長剣の鞘をポンと叩く。
だが、ルクセンティアは訝し気な表情になった。
「いえ、断定するには例が少なすぎるわ。もしかしたら、ユーリ様にそうした能力があるのかも。」
鋭い意見に、エウリアスは一瞬どきりとした。
もしかしたら、今朝の説明を聞いてから、ずっと考えていたのかもしれない。
「その剣で斬れば誰でも倒せるのか。ユーリ様なら、違う剣でも同様の効果があるのか。若しくは、両方が揃う必要があるとか。それらを確認しないと、何とも言えないわ。」
ルクセンティアの冷静な分析に、エウリアスの背中に冷たい汗が流れた。
魔法の才能のように、何かしらの能力を持っている可能性をルクセンティアは考えているようだ。
トレーメルが肩を竦める。
「試すためだけに、またその魔物に出てきてもらうか? それなら僕は、永遠に謎のままでいいから、そんなのには遭いたくないぞ。」
エウリアスはトレーメルに便乗し、こくこくと頷く。
そんなエウリアスとトレーメルを見て、ルクセンティアは少し残念そうにするのだった。
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