第54話 ホーズワース公爵との話し合い2




 ラグリフォート伯爵家とホーズワース公爵家。

 この二家を狙う、相手の意図がまったく掴めなかった。

 はっきり言ってしまえば、見当すらつかないのだ。


「本当に、現王派という大きな括りくらいしか、共通点がありませんね。」


 エウリアスがそう言うと、ホーズワース公爵が頷く。


「一言に現王派と言っても、五十人からの領主がいる。その中から我々を狙う理由が、相手にはあるのだろう。」


 こちらが気づかなかろうと、相手には明確に意図がある。

 二回の襲撃により、それだけははっきりした。


 エウリアスは、一つ気になっていることを聞いてみる。


「公爵は、昨日のキューパー子爵の件や、使用人の変死についてどう思われますか?」


 エウリアスがそう言うと、ホーズワース公爵が難しい顔になった。


「君は、キューパー子爵の件も、同じ何者かの仕業だと考えているのか? 他の使用人の変死も。」


 エウリアスが頷くと、ますますホーズワース公爵が顔をしかめる。


「キューパー子爵は、所謂いわゆる日和見だな。その前は侯爵家で不審死があったが、あそこは現王派だ。」


 エウリアスは、ゲーアノルトに頼んで調べてもらった報告書の内容を思い出す。

 そうして、ここ一年ほどであった不審死の、貴族家の名前を挙げた。


「ふむ……それらの家のいくつかは、日和見や革新派の家だな。」

「そうなのですか?」


 エウリアスには、貴族家の名前だけ聞いても、当主が現王派なのか革新派なのか、日和見なのか分からなかった。

 しかし、これらをすべてひっくるめると、現王派という唯一の共通点さえ消えてしまうようだ。


 エウリアスが「さっぱり分からん」と首を捻っていると、ホーズワース公爵が苦笑する。


「君は、真面目に捉えすぎだな。」

「…………え?」


 公爵の言っている意味が分からず、エウリアスはきょとんとなった。


「物事には、軽重がある。すべてを、同じ重みで考えることはないのだ。」

「えーと……?」


 つまり?

 エウリアスが眉間に皺を寄せて考え込むと、ホーズワース公爵が自身の考えを伝える。


「仮に、何か重要なことを行うとして、君はいきなりそれを試すかね? これまでやったことのないことをだ。」

「いえ、まずは練習を行う思います。」

「そうだ。普通は、誰でもそうするだろう。重要であれば重要であるほど。」


 ホーズワース公爵の意見に、エウリアスは頷く。


「そうして何度か試し、上手くやれそうだ、と目途が立った。それから実行するわけだ。」

「はい。」

「それを、今回の一連の不審死騒ぎに当てはめてみると、どんな風に見えるかね?」


 不審死に当てはめる?


(……最初に不審死が噂になり始めたのは、一年前。噂になる前から練習を始めたとして、一年以上は練習してたってことになるのか?)


 そして、ここ数件は立て続けに不審死が起きた。

 いよいよ慣れてきた、目途が立った、というところだろうか。


 そこまで考え、エウリアスは愕然とした顔になる。


「……………………昨日のキューパー子爵か、今日からが本番ということですか? それまでの不審死は、すべて練習だった?」


 エウリアスは、自分で言っていて、ゾクリとした冷たいものが背筋を走った。

 一体、練習として何人の命を奪ってきたというのか!


 エウリアスの様子に、ホーズワース公爵は神妙な面持ちで頷く。


「これは、あくまでそのように見える、というに過ぎない。」


 確かにその通りだ。

 しかし、これまでの使用人の死に大した意味などなく、ただ練習のために命が奪われてきた。

 それは、エウリアスの予想を遥かに超える冷酷さだった。


 エウリアスは、実際に対峙した女のことを考える。

 おそらく、この女も利用されただけに過ぎないだろう。

 漆黒の百足と同じような、黒いもやを傷口から漏らしていた。


(そういえばクロエも、女自身が怪しげな力に染まってる、って言ってたか。)


 人間離れした力は、どうやって得たのか。

 自分で得たものなのか、それとも……。

 エウリアスが苦し気な顔で考え込むと、ホーズワース公爵が話を変えた。


「君が倒してくれた、実行役の女の身元も調べさせるが、おそらくは貧民窟スラムか路上で生活する者だろう。」

「はい……。」

「そこから裏で糸引く者まで辿れればいいが、望みは薄いと思った方が良い。」


 もしもバルトロメイを唆した者と同じ人物だとしたら、証拠になるような物は残されていない可能性が高そうだ。


「それと、今日現れた百足のような魔物だが、どうも生物とは言い難い存在のようだね。普通に斬っても、まったく効かなかった。」

「え、あ、はい……。」


 この話題は、少々まずいか?

 では、なぜエウリアスは斬れたのか、ということになりそうだ。

 公爵家の騎士は長剣ロングソードが理由だと思ってくれたようだが、もしかしてホーズワース公爵は違うのだろうか?


 しかし、ホーズワース公爵が続けた言葉は、エウリアスの予想とは少々違っていた。


「君は、魔法というのを知っているかね?」

「え、ええ。あくまで知識としてですが。」


 エウリアスが肯定すると、ホーズワース公爵が頷く。


「魔法は、かつてはそれなりに使い手もいたそうだが、今では廃れてしまった技術だ。」

「はい。扱うには、そうした才能に優れている必要があった、というのは習いました。」


 大昔、魔法の才能に恵まれた者がそこそこいて、発展していった。

 だが、現在では魔法は歴史で習うだけの存在になってしまった。

 なぜか?


 理由は簡単で、才能に恵まれた者が少なくなったからだ。

 魔法を扱うためには、才能に優れている必要があり、逆を言えば、才能がなければ扱えないのだ。

 そうした才能を持つ者が少なくなれば、廃れていくのは当然だろう。


 ただ、現在もいないわけではない…………という話だ。

 実際、王城には数名、魔法使いなんて呼ばれる者がいるらしい。

 しかし、それくらいしかいないという。


 そうして魔法が廃れていったのに対し、逆に発展していった分野がある。

 魔法具だ。


 元々魔法具というのは、才能が乏しい魔法使いの補助具として使われていたらしい。

 足りない部分を魔法具が補うことで、一人前の魔法使いと同等の力を発揮できる。

 そうしたことを目的として、魔法具は開発された。


 ところが、そうして魔法具で補うだけでは、魔法を使えなくなってしまった。

 年々、才能を持つ者の水準が低下していったのだ。補助具では補えないほどに。


 その代わりではないが、魔法とは関係なく、便利な道具として魔法具は発展していった。

 魔法具は高価なため、広く普及しているとは言い難いが、財布カードウォレットは王都では普及している。

 他にも蝋燭要らずの照明として、魔法具のランプなんてのもあるらしいが、エウリアスも使ってはいない。


 こうした魔法具は技術革新により、魔法の才能の乏しい者でも開発できるようになったらしい。

 まったく才能がない者では、さすがに無理みたいだが。


「昔は、魔法の類で、ああした存在を作り出すことができたらしい。」

「そうなのですか? それは、初めて聞きました。」

「私も詳しくは知らないが、そういった話を聞いたことがある。もっとも、これまではそんな話を信じていなかったのだが……。漆黒の百足あれを見てしまうと、な。」


 与太話と思っていたものが、実は本当だった。

 ホーズワース公爵も、この事実をどう受け止めればいいのか、困っているようだ。


「ともかく、裏の背景も含め、この件はこちらで調べてみよう。何か分かれば、君にも知らせる。」

「ありがとうございます。お願いします。」


 エウリアスは、素直にホーズワース公爵を頼ることにした。

 頼る、というか、すでにホーズワース公爵も当事者だ。

 ホーズワース公爵と手を組んだ方が、いろいろと都合のいい場面もあるだろう。


 王城にいるらしい魔法使いに話を聞きたくても、エウリアスではどうにもならない。

 現ラグリフォート伯爵家の当主、ゲーアノルトでも難しいかもしれない。


 だが、ホーズワース公爵ならば話はまったく変わってくる。

 話を聞くどころか「百足あれが何だったのか調べろ」と命じることさえ可能かもしれない。


 その後、王城への報告などもホーズワース公爵が請け負ってくれたため、エウリアスはこの件から直接は手を引くことになった。

 エウリアスが調査を行うよりも、ホーズワース公爵家や国が動いてくれた方が、確実に調べを進められるだろう。

 キューパー子爵の件もあり、すでに王国軍が動いているという話もあるし。


 ただ、懸念点として「エウリアスこちらに本当に情報が下りてくるのか?」というのはあるが、これは仕方ない。

 エウリアスに渡す情報に制限をかけ、重要な部分が隠されるリスクはある。

 ただ、それを差し引いても、エウリアスが調べるよりは多くの情報が手に入りそうだ、と考えた。


 こればかりは仕方がない。

 やはり、立場が違えば、触れられる情報にも違いがあるのは当然だからだ。


 エウリアスは、他にも別邸の庭で見つけた聖文字リトラ・シュトスが描かれた石のことを伝えた。

 今日はまだ見つけていないが、エウリアスの屋敷の庭にも落ちている可能性がある。

 あの、百足が現れた石がそうだ。


 魔法の類で百足を出したと言うなら、あの石は手掛かりになるかもしれない。

 ホーズワース公爵に「庭の石を調べた方がいいかもしれません」とアドバイスをして、話し合いは終了することになった。







 エウリアスが屋敷を出ると、空はすっかり白んでいた。


「ユーリ様……。」


 ルクセンティアが見送りに来てくれたが、その表情は少し憔悴した感じだ。

 一体何が起き、どうなったのか。

 ルクセンティアには、分からないことだらけだろう。


「朝から騒がせてしまったね。」

「いえ……それはいいのですが。」


 そう言って、ルクセンティアはちらりとホーズワース公爵を見た。

 エウリアスもホーズワース公爵の方を見ると、公爵が頷く。


「エウリアス君、気をつけて戻りなさい。」

「はい。それでは、よろしくお願いいたします。」


 そうして、エウリアスは馬に飛び乗った。

 ラグリフォート伯爵家の騎士も、次々と騎乗する。


「それじゃ、帰るとしよう。」

「「「はっ!」」」


 エウリアスは手綱を操り、門に向かってゆっくりと馬を走らせる。

 エウリアスの一団が門を出る時、ホーズワース公爵家の騎士が並んで敬礼してくれた。

 騎士たちに返礼をしながら進み、エウリアスはホーズワース公爵の屋敷を後にするのだった。




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