第53話 ホーズワース公爵との話し合い1




 応接室に、エウリアスとホーズワース公爵だけが残った。

 エウリアスは、ここからが本番だぞ、と密かに気合を入れて姿勢を正す。


「そう身構えなくてよい。そのために人払いをしたのだからな。」


 だが、意外にもホーズワース公爵は表情を少し和らげる。


「君のことは、ルクセンティアから聞いている。オリエンテーリングであれを助けてくれたこと、心より礼を言う。」

「い、いえ、私は当然のことをしただけで……!」


 いきなり礼を言われ、エウリアスは慌てた。


「そうかもしれないが、現場は相当に凄惨な状況だったと聞く。あの状況から殿下を護り抜き、生き残ったのだ。もっと誇りなさい。」


 ホーズワース公爵から、もっと誇れ、と言われても恐縮しかできない。

 ここでふんぞり返ることのできる者がいたら、その神経を数本分けてもらいたい。


 それに、トレーメルが命を繋いだのは、タイストから渡された治癒石ヒールストーンのおかげだ。

 あれが無ければ、果たしてどうなっていたか。


「我が家の騎士も二人やられた。あそこまで用意周到に待ち構えられては、仕方のないことではあるが……。」


 真っ暗な森の中に、罠を仕掛けて待ち構えていた。

 エウリアスも官所に拘留されていた時に、詳しい現場検証の内容を教えてもらっている。

 いくつもの網が樹上から落ちてきて、身動きを制限された所を襲われたようだ。


「君の父、ラグリフォート伯爵が王都に見えた時、少し話をした。立派な跡取りで羨ましいと言ったら、今の君と同じように恐縮していたよ。」


 どうやら、ゲーアノルトが王都に来た時、ホーズワース公爵と直接話をする機会があったようだ。

 そりゃ、ホーズワース公爵に「羨ましい」などと言われたら、ゲーアノルトと言えど恐縮以外にはどうしようもないだろう。

 今のエウリアスのように。


「ラグリフォート伯爵とは、これまであまり話をする機会がなくてね。先日、初めて話をしてみたが……意外としっかりと考えていたのだな。」


 同じ貴族でも、ホーズワース公爵とラグリフォート伯爵では、やはり立場の違いが大きい。

 これまでは顔を合せ、挨拶をすることはあっても、それ以上は関りがほとんどなかったらしい。

 まあ、ゲーアノルトは領地に引っ込んでいるか、営業で飛び回っているかのどちらかだから、これは仕方ないだろう。

 王城で開かれる大事な会議などは、さすがに出席していたようだけど。


「ラグリフォート伯爵が現王派であることは知ってはいたが、具体的にどのような考えをしているのか、少し意見交換させてもらった。」

「そうなのですか?」


 それはそれは、ゲーアノルトにとっては、相当に寿命が縮む思いだったことだろう。

 ホーズワース公爵も現王派らしいというのはエウリアスも教えてもらったが、それでも相手が相手だ。

 下手なことを言えば、心証が悪くなる。

 そして、ホーズワース公爵のような大貴族から不興を買えば、領地経営の様々な分野に影響を及ぼす。


 ホーズワース公爵は腕を組み、一つ頷いた。


「正直、これまでラグリフォート伯爵のことは、領地のことしか考えていないのだろうと思っていたのだがね。思った以上に、しっかりとした見識を持っていた。」


 どうやら、あまりにも話す機会がないために、ホーズワース公爵から誤解をされていた部分があったようだ。

 それが訂正されたのなら、エウリアスとしても嬉しい。


「はい。父は、私の理想の領主そのものです。父のような領主となることが、私の目標です。」


 エウリアスがにこやかに言うと、ホーズワース公爵が苦笑した。


「確かに、領主として素晴らしい手腕をしているようだ。…………だが、もう少し国政にも参加してもらいたいのだがね。」


 ホーズワース公爵の言葉に、エウリアスの笑顔がぴしっと引き攣る。

 ぶっちゃけ、領地で頑張る未来像は描けても、王都で官職を務める姿は想像さえできなかった。


(この前、父上にも言われたけどさぁ……。)


 普通に嫌なのだが?

 どうやら、領地を発展させてるんだからいいじゃん、とはいかないのが貴族というものらしい。

 まあ、知ってたけど。

 それでも、圧倒的に領地経営に傾注しているゲーアノルトを見ていると、「俺だってそうしたい」と思ってしまう。


 そこで、ホーズワース公爵が表情をやや厳しくする。

 どうやら、ここまではエウリアスの緊張を解そうと、軽い雑談をしてくれていたようだ。


「今日、再び我がホーズワース家とラグリフォート家が狙われた。先日の、オリエンテーリングでの襲撃事件に巻き込まれた、二家が揃ってだ。」

「はい。」


 ホーズワース公爵の言葉に、エウリアスはしっかりと頷く。


「はっきり言ってしまえば、これまではオリエンテーリングでの襲撃の意図がまったく見えなかった。」

「父からも聞いています。おそらく、あの賊の狙いは王家とホーズワース公爵家を揺さぶるのが目的だろう、と。」

「そうだ。…………とはいえ、正直に言えば、それくらいしか思いつかなかった、という方が正しい。」

「父からは、現王派という共通点くらいしか見いだせないと聞いています。」


 エウリアスがそう言うと、ホーズワース公爵が頷く。


「そのため、狙いは王家とホーズワース家だと考えていた。これは、他意はないのだが…………ラグリフォート家、つまり君が巻き込まれたのは、本当にただの巻き添えくらいに考えていたのだ。」


 ホーズワース公爵が、エウリアスの家を一段低く見ているような言い方に、若干の申し訳なさを醸して言う。

 ただ、これは別に嘲ってるわけでもなんでもない。

 事実、そうなのだ。

 王家とホーズワース公爵家を並べて語ることはできても、その同列にラグリフォート伯爵家を含める方がおかしい。


 ホーズワース公爵が、真剣な目でエウリアスを射貫く。


「だが、我々は思い違いをしていたようだ。」

「思い違い、ですか?」


 エウリアスが繰り返すと、ホーズワース公爵が重く頷く。


「ああ。何者かは、明確に。ホーズワース家と、ラグリフォート家をだ。」


 今日狙われた二家こそが、本当の狙い。

 ホーズワース公爵は、そう断言した。

 エウリアスは、驚いたように尋ねる。


「公爵は、先のオリエンテーリングでの襲撃と今日の襲撃。どちらも同じ者によるものだとお考えなのですか?」

「同じかどうかは分からん。しかし、おそらく狙いは同じだ。」

「ですが…………ホーズワース公爵家は分かりますが、なぜラグリフォート伯爵家うちなのですか? こう言ってはなんですが、伯爵家ですよ?」


 大変光栄なことではあるが、ホーズワース公爵家とラグリフォート伯爵家では、やはり家格が違い過ぎる。

 それに……。


「もし仮に、この二家が狙いだとします。ですが、そうすると先のオリエンテーリングでの襲撃の真の狙いは、殿下ではなく……?」


 エウリアスとルクセンティア?

 勿論、トレーメルも含めていただろうが、むしろ巻き込まれたのはエウリアスではなくトレーメルの方だった?


(実行役の賊は、ルクセンティアとトレーメルを狙っているように感じた。だけど、裏にいた者の優先順位では、本当は俺とルクセンティアだったのか?)


 未だに掴めない、裏で糸を引く者。

 そこからバルトロメイ、実行役の賊と指示が伝わる過程で、裏にいる者の意図からズレてしまったのかもしれない。


 エウリアスは、相手の狙いがいまいち分からず、眉を寄せる。

 そんなエウリアスに、ホーズワース公爵も首を振った。


「君が混乱するのも分かる。これまでホーズワース家とラグリフォート家の間に、何か特別な繋がりや共通点があったわけではない。……ラグリフォート産の家具は、愛用させてもらっているがね。」

「あ……ありがとうございます。」


 ホーズワース公爵の冗談に、エウリアスは微妙な表情でお礼を言う。


 だが、そんな冗談くらいしか思い浮かばないのが実情らしい。

 何か共同で事業をしているわけではない。

 要職を歴任しているホーズワース公爵は、重要な案件をいくつも抱えているだろう。

 しかし、官職に就いていないゲーアノルトは、それらに関わっていない。


 それぞれが治める領地も離れていた。

 王国東部のラグリフォート伯爵領と、北部のホーズワース公爵領。

 この二つの領地の間には、いくつもの他の領地がある。


 ラグリフォート伯爵家とホーズワース公爵家。

 この二家を同時に狙う目的は何だ?


 エウリアスは、何者かの意図がさっぱり分からず、思わず顔をしかめてしまうのだった。




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