第52話 重鎮、ホーズワース公爵




「……ホーズワース公爵っ!?」


 エウリアスは、目の前の男性の正体に思い至り、絶句する。

 相当に高い地位にある人物の屋敷だと思ってはいたが、まさかホーズワース公爵家の屋敷だったとは。


 駆け寄ってきたルクセンティアに、ホーズワース公爵が問う。


「ルクセンティア。この男を知っているのか?」

「は、はい、お父様。こちらの方はラグリフォート伯爵家の嫡男、ユー…………エウリアス・ラグリフォート様です。」


 ルクセンティアは驚きつつも、エウリアスのことを説明してくれる。

 ルクセンティアが「お父様」と呼んだことで、この人物がホーズワース公爵本人であることが確定した。


「ふぅむ……そうか。」


 ホーズワース公爵が、エウリアスを見下ろす。

 エウリアスは、恐縮するように下を向いた。


「こんな時間ではあるが、詳しい経緯を聞きたい。ついて来るがいい。」


 そう言って踵を返すホーズワース公爵に、エウリアスは慌てて声をかける。


「お待ちください。恐れながらお願いがございます。我が家の騎士が、まだ外におります。できれば、少し休ませていただきたいのです。」


 エウリアスがそう言うと、ホーズワース公爵は傍らの騎士に視線を向ける。

 その騎士が頷くと、ホーズワース公爵はエウリアスを見た。


「いいだろう。そのようにしよう。」


 ホーズワース公爵の答えを聞き、エウリアスは安堵の息をつく。

 だが、すぐに表情を引き締めた。


「もう一つ。こちらは、是非ホーズワース公爵に手をお貸しいただきたい。」

「何だ?」

「壁の向こう。あの辺りに賊の死体があるはずです。」

「何だとっ!?」


 エウリアスが指さした方向に、その場にいた全員が視線を向ける。


「何とか倒すことはできましたが、どうにも人間離れした女でした。今も、三人の騎士に見張らせています。是非、こちらに対応を引き継いでいただきたいのです。」

「分かった。すぐに手配しよう。」


 ホーズワース公爵の言葉に、騎士たちがバタバタと動き出した。

 これで、王都の警備隊などへの連絡は、ホーズワース公爵の方で行ってくれるだろう。


「他に、何かあるか?」

「とりあえずは、これで大丈夫で…………あ。」


 エウリアスが、何かに気づいたように声を漏らすと、全員の注目が集まった。

 そこで、エウリアスは軽く周囲に視線を巡らせ、気まずそうに頭を掻く。


「すみません、お水を一杯いただけますか? 少々、喉が渇きまして。」


 夜中に目が覚めてから、ずっと緊張を強いられながら動き続けていたのだ。

 そのため、喉がカラカラになっていた。


 しかし、エウリアスが申し訳なさそうにそう言うと、全員が拍子抜けしたように溜息をつくのだった。







 立派な応接室に通され、エウリアスは経緯を説明することになった。

 こんな時間の闖入者だが、一応は客人扱いしてくれるらしい。

 ちなみに、長剣ロングソードは公爵家の騎士に預けている。

 この屋敷のどこかで休ませてもらっている、ラグリフォート家の騎士たちも同様だ。


「少し、見せていただいてもよろしいですか?」


 エウリアスが長剣を預ける際、そう確認された。

 どうやら、エウリアスの攻撃だけがあの百足に効いた理由を、公爵家の騎士たちは長剣に見出しているらしい。

 エウリアスとしては、別に長剣を調べられても困ることはないので、ラグリフォート家の騎士が立ち会っているならばという条件で許可を出した。


 応接室での話し合いには、ホーズワース公爵家からは公爵、ルクセンティア、騎士隊の隊長、家宰らしき老紳士が参加する。

 エウリアスの方は、同席するのはタイストだけだ。


 ルクセンティアは、ずっとエウリアスのことを気遣わし気に見ていた。

 だが、声をかけてくることはしない。

 本来ルクセンティアの立場では、この場に同席を許されなかったはずだ。

 しかし、エウリアスのことを直接知っているのが、ホーズワース公爵家側にルクセンティアしかいない。

 そのため、例外的に許可されたに過ぎない。

 おそらく、エウリアスの話がルクセンティアの知っていることと矛盾していないか、確認させる狙いがあるのだろう。


 エウリアスの説明を聞き、ホーズワース公爵が唸るように呟く。


「ふぅむ……先日ラグリフォート伯爵家で不審死があったことは、私も聞いてはいる。」


 ホーズワース公爵が、ちらりとルクセンティアの方を見た。

 ルクセンティアがトレーメルの指示で、ホーズワース公爵に伝えたことだ。


「それが、今夜もまたあったと言うのか。」

「はい。ただ、前回の別邸の件に関しては、目撃者はおりません。そのため、必ずしも同じ人物によるものとは、断定できないのですが……。」


 そこについては、どうにもしようがなかった。

 同じような犠牲者が出れば、「まあ同じかな?」と考える根拠にはなる。

 しかし、そんなことのために誰かが犠牲になるなど、受け入れられるわけがない。


 第一、今回の百足は明らかにエウリアスを狙っていた。

 犯人を断定するために、「ちょっと攻撃されてみるか」などと試すわけにはいかなかった。


、何となくの不穏なものを感じました。少し気になり、外を見ていたら――――。」

「あの化け物に気づいた、と?」


 ホーズワース公爵の確認に、エウリアスは頷く。

 クロエの存在を隠して説明すると、どうしても話になってしまうのだが。


 その説明を聞き、エウリアスの横に座ったタイストがちらりと視線を向けた。

 タイストは、エウリアスの説明に時系列の違和感を覚えたのだろう。


 エウリアスたちが最初に向かった時、あの百足はまだ姿を現していなかった。

 エウリアスたちの目の前でもやが噴き出し、漆黒の百足となったのだ。

 とはいえ、タイストは余計なことは言わず、黙っていた。

 確認するにしても、公爵の前ではまずいという判断だろう。


 ホーズワース公爵は眉間の皺を深くし、顎を撫でる。


「……屋敷に現れた魔物を退治し、不審な女を追った。そうして女の向かった先が、ここだった。」

「はい。途中で追いつければ、このような騒ぎにならずに済んだのですが。申し訳ありませんでした。」

「いや、それは君が謝るようなことではない。」


 エウリアスが襲撃を止められなかったことを謝罪すると、ホーズワース公爵が首を振る。

 そうして、家宰と騎士に目配せした。


「お前たちは出ていろ。私は彼と話がある。」


 ホーズワース公爵の言葉に、ルクセンティアがますます心配そうに、エウリアスを見た。

 エウリアスはにこっと微笑むと、横に座ったタイストに目配せする。


「タイストも、みんなの所で待ってて。」

「はい……。」


 エウリアスを公爵と二人きりにすることに、やや不安を覚えているような顔だ。

 とはいえ、意見することさえ失礼になってしまう相手。

 ここでの対応一つで、ラグリフォート伯爵であるゲーアノルトに多大な迷惑がかかりかねない。


 応接室を出る時、ルクセンティアとタイストは、それぞれ振り返ってエウリアスを見た。

 そんな二人に微笑みを返すが、内心はエウリアスも緊張していた。


(さすがに、ここまで上位の方とは顔を合せたことさえなかったなぁ……。)


 厳密なことを言えば、第八王子であるトレーメルの方が上位は上位だ。

 立場上は、ホーズワース公爵も王子であるトレーメルを立てるだろう。


 とはいえ、トレーメルは国家の重鎮というわけではない。

 事実上の重さで言えば、トレーメルよりも遥かに重みのある存在。

 それがホーズワース公爵である。


 そんなホーズワース公爵と、初対面でいきなり一対一サシの話し合いだ。

 これからの話を思うと、胃の縮む思いがするエウリアスだった。




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