第51話 そういうことは先に言え




 エウリアスは、倒した女の下に騎士を三人残して、屋敷の門に向かった。

 先に知らせに行かせた騎士二人は、門の前にいた。

 どうやら、門番に伝えはしたが、あまり信用は得られなかったようだ。


「だからっ、我々はラグリフォート伯爵家の者なんだっ!」

「もう騒ぎが起きているじゃないか! おそらく、こちらに仕掛けられた物と同じ物が、この屋敷に投げ入れられたんだっ!」


 エウリアスたちが門の前に着くと、先行させていた二人の騎士が駆け寄ってきた。


「エウリアス様っ! ご無事で!」

「ああ、こっちは片付いた。状況は?」

「そ、それが……。」


 エウリアスが馬に乗ったまま尋ねると、二人の騎士が首を振る。

 そうして、門番の方を見た。


 門には、この屋敷の騎士たちが多数集まっていた。

 ざっと見るだけで、十人ほど。

 おそらく、騒ぎ立てる二人の騎士を不審に思い、集められたのだ。


 エウリアスは耳を澄ました。

 遠くで、警備の騎士たちの怒号が聞こえる。

 やはり、突然現れた魔物だか化け物だかを倒ことができず、手間取っているようだ。


(さすがに、ここで問答しても無駄か。)


 時間が時間だ。

 まだ夜の明けぬ時間に押しかけても、「はいどーぞ」とはならないだろう。

 そんな門番がいたら、エウリアスだって説教する。


 この屋敷の主に取り次いでくれ、と言っても、それも無理だ。

 それに応じる門番がいたら、エウリアスだって――――。


「クロエ。何とかならないか?」


 エウリアスは馬を操り、門に背中を向けて、小声で話しかける。


「何とかって、この屋敷に侵入する方法かえ?」

「勿論。」


 エウリアスが即答すると、クロエが「クックックッ……」と喉を鳴らした。


「それくらいは簡単じゃの。壁や門を崩すくらいなら――――。」

「……できるだけ、穏便に頼む。」

「………………………………。」


 エウリアスが注文を追加すると、クロエが黙った。


「あんまり、細かい操作は疲れるんじゃがのぉ。」

「頼むよ。もう、時間がないんだ。」


 すでに、どれだけ警備の騎士に犠牲者が出ているか分からない。

 何より、ターゲットを誰に定めているのか知らないが、もしもこの屋敷の主が殺されでもしたら大事おおごとだ。


「…………酒じゃ。」


 クロエが、ぽつりと呟く

 どうやら交換条件らしい。


「終わったらな。」

「瓶ごとじゃぞ。」

「ああ、いいよ。二本でも三本でも飲みな。」


 エウリアスがそう言うと、鼻歌が聞こえた。

 ちょろいな、クロエこいつ


「三本じゃ、約束じゃぞ!」

「はいはい。」


 エウリアスがそう返事をすると、クロエが指示を出す。


「では、来た道を引き返すがよい。あとはわらわの方で何とかしよう。」

「何でだ? 確かに化け物はそっちにいるようだが……。」


 中から聞こえる怒号で、おおよその位置を掴む。


「いいから、言う通りにするのじゃ。時間がないのであろう?」


 クロエの言う通りだった。

 クロエの力を頼るしかない以上、問答は時間の無駄だ。


「あ、エウリアス様っ!?」

「ちょっと、坊ちゃん!?」


 エウリアスが急に馬を走らせたことで、追跡隊の騎士たちが慌てた。

 エウリアスの馬はぐんぐん速度を上げて、壁沿いを走る。


「それで、この後はどうするんだ?」

「任せるがよい。よし、手綱を放せ。」


 そう、言うが早いか。

 エウリアスは宙を舞った。


「どわああぁぁああああっ!?」


 あの、押し出す力と引っ張る力が合わさったような、凄まじい力だった。

 三メートルはある壁を軽々と越えて、エウリアスは屋敷の敷地に侵入した。


「おまっ!? やっぱ先に言っておけっ!」

「ほれ、もう目の前じゃぞ。」


 エウリアスの見下ろす先、五十メートルも離れていない場所に、無数の松明が掲げられた場所があった。

 円を描くように松明を持つ騎士が立っており、その中心に漆黒の百足がいた。

 負傷したのか、両側から支えられ、後ろに退がる騎士の姿も見える。


「ちょ!? 着地はどうするんだ、これ!?」

「自力で何とかするのじゃ。多少は、勢いを抑えるのでな。」

「馬鹿野郎おおおおおおおおっ!」


 叫びながら、エウリアスは地面に着地した。

 クロエの言う通り、速度自体は減速したが、それでもかなりの勢いでエウリアスは地面を転がることになった。

 それでも何とか止まると、エウリアスはよろよろと立ち上がる。


「……クッ……やっぱ、酒は無しだ。」

「其方っ、約束を破る気かえ!?」


 まあ、冗談だけど。

 とはいえ、もうちょっと方法はなかったのか。


「貴様っ!? 何者だっ!」

「侵入者っ! 侵入者ああぁぁあああっ!」


 百足を囲んでいた騎士たちのうち、エウリアスの姿に気づいた数人がやって来る。

 それを見て、エウリアスは盛大に溜息をついてしまう。


「はぁああ…………どうせ、説明なんかしたって無駄なんでしょ。」


 だったら、先に用件だけ片付けさせてもらおう。

 エウリアスは長剣ロングソードを抜き、駆け寄る騎士に正面から向かって行った。


「き、貴様っ!?」


 走ってきた騎士たちは、エウリアスを警戒して立ち止まる。

 剣を構え、待ち構える体制だ。


 エウリアスはそのまま突っ込み、騎士が慌てて剣を振り上げたところで、方向転換する。

 騎士たちの脇をすり抜け、百足を囲む一団へ。


「おいっ、気をつけろっ! そっちに行ったぞ!」

「何ぃ!?」

「こ、こいつ! 化け物の仲間か!」


 エウリアスと漆黒の百足。

 騎士たちは、どちらに対処すべきかを一瞬だけ悩む。

 その僅かな隙に、エウリアスは包囲の中に飛び込んだ。


「クロエッ! 連続でいくぞっ!」

「また其方は、そういうことをいきなり……。」


 どうやら、いきなり無茶なことを言うのは、クロエだけではなかったらしい。

 確かに、練習では一回一回で試していたしな。


「【偃月斬えんげつざん】っ!」


 エウリアスは百足に迫ると、通り過ぎざまに長剣を薙ぎ払った。

 横を通り過ぎると、その場で急停止し、ズザザザザアアァァアーーッと地面の上を滑る。

 そして、即座に百足に突っ込む。


 今度は通り過ぎることなく、百足の前に立つ。

 エウリアスの長剣は、何度も百足のぎりぎりを掠める。

 だが、掠めた瞬間に百足の身体が千切れ飛んだ。


「何、だと!?」

「あれを、斬ってるのか……!?」


 斬りつけるたび、一向に倒せなかった百足が、明らかにダメージを受けている。

 その光景に、騎士たちは驚き、動けなくなった。


 エウリアスは振り下ろし、薙ぎ払い、斬り上げと、止まることなく斬りつけた。

 だが、百足はエウリアスのことなど眼中にないのか、ひたすら屋敷の方を目指して移動する。

 そんな百足の前に慌てて回り込むが、踏ん張りが利かずに身体が流れた。


「おっと! ……とっとぉ。」


 それでも何とか体勢を立て直し、百足に斬りかかった。


「ハッ! フッ! タッ!」


 疲労によって踏ん張りが利かず、段々と姿勢が崩れる。

 エウリアスの繰り出す連撃のうち、何度かは【偃月斬】が出ず、空振りとなった。

 それでも、確実にエウリアスは百足にダメージを与えていき、そして――――百足が膨らんだ。


「うおっ!」


 エウリアスは咄嗟に飛び退き、靄に触れないようにする。

 膨らんだ百足は、そのままボフッ……と霧散した。


「倒したぞ、エウ。」

「ああ……。」


 エウリアスは肩で息をつきながら、その場で長剣を払い、鞘に収めた。

 そうして、軽く両手を上げる。

 振り返って、取り囲む騎士たちを見た。


「俺は敵じゃない。さっきの百足を退治しに来ただけだ。」


 だが、騎士たちは当然ながら、エウリアスに警戒したままだった。

 剣を向けられながらも、エウリアスはにっこりと微笑む。


 エウリアスが名乗ろうとした時、屋敷の方から如何にも貫禄のある男性がやって来た。

 騎士や従者を従えるその男性は、年齢としは五十歳くらいだろうか。

 上級貴族らしい、高級そうな衣服。

 身につけたマントが、その地位を象徴していた。


「これは一体、何の騒ぎか!」


 大喝する男性に、エウリアスは跪いた。


 緊急事態とは言え、無断で侵入したのはエウリアスの方だ。

 ここで下手を打てば、斬り捨てられても文句は言えない。


 男性は、エウリアスの前まで来た。

 この距離まで近づいたということは、そこまでエウリアスのことを危険視はしていないようだ。

 もしかしたら、百足と戦っているところを見ていたのかもしれない。


「このような時間にお騒せしたこと、お詫び申し上げます。」

「ほぅ……それは良かった。それくらいは分かっているようだな。…………それで? 貴様、何者だ?」


 男性に問われ、エウリアスは顔を上げる。

 男性の胸の辺りに視線を上げて、自分のことを名乗ることにした。


「私は、ラグリフォート伯爵家の――――。」

「ユーリ様っ!?」


 エウリアスの名乗りを妨げる、驚きを含んだ、澄んだ声。

 その聞き覚えのある声の方を、エウリアスは思わず見てしまう。


 屋敷からやって来るのは、やはり従者と騎士を付き従えた、見覚えのある女の子。

 長く美しい金髪を揺らし、こちらに慌てて駆け寄ってきた。

 その、可憐さの中にも、凛々しさを備えた綺麗な顔に、今は驚きと戸惑いが浮かんでいた。


「ティア!? あ、いや、ルクセンティア様!」


 エウリアスはルクセンティアの姿を見て、驚きに目を見開く。

 そうして、すぐに目の前の男性に目を向けた。


 どうやら、ここはルクセンティアの住む屋敷らしい。

 ということは、この屋敷の主というのは――――?


「……ホーズワース公爵っ!?」


 エウリアスは、あまりの驚きに声がかすれてしまった。


 数ある上級貴族の中でも、名門中の名門。

 エウリアスが無断侵入したこの屋敷は、ホーズワース公爵家の屋敷だった。




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