第50話 見つめる目




 ようやく訪れたチャンスを見逃さず、エウリアスは女の背後に迫った。

 数メートルの距離を一気に詰め、長剣ロングソードを一閃する。


 女は背後に迫るエウリアスに気づき、首を向ける。

 両手で掴んだ剣を、騎士ごと投げ飛ばそうとした。


「さ、させるかっ!」

「やってください、エウリアス様っ!」


 剣を掴まれていた騎士たちは、それまで力任せにソードを振り下ろそうとしていた。

 しかし、女が押し返すのを止め、引き込んで投げ飛ばそうとするのを察知すると、今度は剣を引っ張った。

 そのため、ほんの一瞬だけ女は間に合わなかった。


「【偃月斬えんげつざん】っ!」


 エウリアスの太刀筋は、女の首ぎりぎりを掠める。


「があああああぁぁぁああああああああああああぁ……ぁ……ぁ……!」


 女が、吠える。

 しかし、その声はすぐに途切れた。

 女の首が落ちたために。

 振り向こうとしていた動きは間に合わず、両腕を広げて、剣を掴んでいた女の身体が崩れ落ちた。


 エウリアスは長剣を構え直し、女の頭と身体を視界に入れる。

 地面に倒れ、首から血を流す女の身体は動かず、頭も勝手に動き出すようなことはない。


 ブワッ!


 女の身体と頭から、黒いもやのようなものが一瞬だけ噴き出す。

 しかし、その靄は風に流されるように、あっという間に消えた。

 それを見て、エウリアスは大きく息を吐き出した。


 女はどういうわけか、人間離れした速さを持っていた。

 そのため、無闇に斬りかかっても躱されるだけだったろう。


 何より、クロエが言っていた。


『先程の百足と同じ、あやつ自身が怪しげな力に染まっておるわ。』


 剣で斬っても、ダメージを与えられなかった百足。

 もしかしたら、ただ首を落としても復活してしまうかもしれない。

 そう考え、エウリアスは待ったのだ。

 ラグリフォート家じぶんの騎士たちを信じ、必ず女の動きを止めてくれる、と。

 決定的な隙を作り出し、一撃で絶命させる【偃月斬】を叩き込む、その瞬間を。


「「「うおおおおおおおっ!!!」」」

「坊ちゃん! やりましたね!」

「さすがエウリアス様っ!」


 女を倒したことで、騎士たちから歓声が上がった。

 だが、エウリアスは未だ怒号の上がる壁の向こうに視線を送る。


「みんなには悪いが、喜んでいる暇はないぞ? 次がお待ちかねだ。」


 エウリアスがそう言うと、騎士たちが微妙な表情で顔を見合わせ、項垂れた。

 あっという間の意気消沈。

 まあ、すでに漆黒の百足と常軌を逸した女という、とんでもない存在と二連戦しているのだから、気持ちは分からなくもない。


 そんな騎士たちに、エウリアスは笑顔を向けた。


「これが済んだら、ゆっくり休もう。ステインに言って、美味い酒と料理を用意させる。」

「やったっ、酒だっ!」

「エウリアス坊ちゃんのお墨付きだっ!」


 エウリアスの提案に、タイストが顔をしかめた。


「坊ちゃん、あんまりこいつらを甘やかさないでください。」

「ははっ。まあ、そう言うな。こういうのも大事さ。」


 夜中の、突然の襲撃だ。

 この程度の褒美があってもいいだろう。


「さあ、もう一踏ん張りだ! 行くぞっ!」

「「「はっ!」」」


 エウリアスはその場に三人を残し、壁沿いに馬を走らせた。

 だだっ広い敷地を持つ屋敷の、門を目指して。







■■■■■■







 エウリアスが女と戦った場所から、少し離れた建物の屋根。

 その上に、長い髪の女性が立っていた。

 エラフスだ。

 エウリアスたちの戦いを見ていたエラフスは、酷薄な笑みを浮かべていた。


「随分と鼻の利くワンちゃんだこと。まさか、あの女に気づいて追ってくるなんて。」


 差し向けた“呪蟲じゅこ”も、どうやら退けられてしまったようだ。

 “呪蟲”には弱点もあるが、そう簡単に見つけ、倒せるようなものではないのだが……。







 あの馬鹿な女に施したのは、ちょっとしたまじないだった。

 これまであの女は、自分がのろいを使っていたように勘違いしていたが、実際は違う。

 に、人を殺すまじないを施していたのは、エラフスだ。

 女は、それを起動させていたに過ぎない。


 そして、あのまじないの一番の目的は、誰かを殺すことではない。

 まじないを起動させた者に跳ね返る、反動こそが目的だった。

 まじないによって殺された者の魂を、力を得る。

 それが起動した者に返り、力を与えるのだ。


 元々、才能の欠片もなかった女では、このまじないに耐えられない可能性が高かった。

 それならそれで別に構わない。

 壊れたら、また次を見つければいい。


 それでも、それなりに下地ができてきたようなので、本格的に力を与えるまじないを今回はやらせてみた。

 女の中の下地も、背中に描いたまじないで力を発揮しやすくしておいた。

 そうしたら、暴走を始めてしまったわけだ。


 今回の“呪蟲”が成功すれば、もう少し強い力を得られるところだったのだが。

 その前に、女の方が先に壊れてしまった。


 不完全な状態で暴走すれば、そうなるのも当然ではあるが。







 エラフスは、走り去る騎馬の一団を見下ろす。


「なかなか面白そうな坊やね。…………使い道はあるかしら。」


 おそらく、あの騎士たちを率いていた少年が、ラグリフォート伯爵家の嫡男だろう。


「聞いていた以上に楽しめそうね。」


 もっとも、


 エラフスは、自らの身体を抱くように腕を組み、僅かに頬を上気させて唇をぺろりと舐めた。

 その目には、情欲の火が灯っているようだった。


「ンフフフ……強い男って好きよ?」


 まだまだ、見込みがありそう、というだけだ。

 このまま成長すれば、エラフス好みになりそうだ、という予感だけ。

 それでも、エラフスの目に適う男は少ない。


「あんまりあっさり殺されちゃ嫌よ、坊や。」


 そうして、エラフスの目が急激に冷える。


「…………死ぬなら、私の胸で……ね。」


 うっとりと呟くと、エラフスは夜闇に紛れるように姿を消した。




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