第49話 人ではなくなった存在




「かぁあゆいいぃぃぃぃいいいいいいいぃぃいいいいいっっっ!!!」


 耳をつんざくように叫ぶ女に、二人の騎士が斬りかかる。

 その、爛々と輝く目に、エウリアスは一瞬で総毛だった。


「だめだ! 下がれっ!」


 背中から脳天までをゾクリとしたものが走り、エウリアスは咄嗟に声を上げた。

 エウリアスの指示に、斬りかかった二人の騎士は足を踏ん張り、何とか急停止する。

 その、ほんの僅かな距離の差が、二人の騎士の生命いのちを繋ぐことになった。


 ドガッ!


 立ち止まった瞬間に、斬りかかった騎士のうちの一人が吹っ飛んだ。


「ぐはあっ!」


 二メートルほどを吹き飛び、ごろごろと転がって、ようやく止まった。


「なにっ!?」

「おいっ、大丈夫かっ!」


 騎士を吹き飛ばしたのは女だった。

 数メートルの距離を素早く詰め、騎士に殴りかかったのだ。


「だ、大丈夫だっ!」


 吹き飛ばされた騎士が起き上がる。

 だが、身につけていた軽鎧の一部が、まるで抉られるように剥ぎ取られていた。


「おいおい、何だよ……。」

「どうなってんだ?」


 恐るおそる、騎士たちが女を見る

 女の右手には、剥ぎ取ったと思われる軽鎧の一部が握られていた。


 もしも、あのまま突っ込んでいたらどうなっていたのか。

 そう思うと、全員の背中に冷たい汗が流れた。


「ただの女じゃなさそうだ……。化け物退治、二戦目ってとこか。」


 エウリアスは長剣ロングソードを構え直し、半歩前に出る。


「エウ。ちょっと良いかの?」


 その気の抜けた声に、エウリアスの肩が落ちる。


「あのなぁ…………いいと思うか?」


 空気を読まず、囁くように声をかけてきたクロエに、溜息交じりに言う。


「どうやら、わらわは見込み違いをしていたようじゃ。」

「…………何の話だ。」

「あやつが、何か怪しげな物を持っていそうじゃと言ったの?」

「ああ、それがどうかしたか?」


 エウリアスは、「悠長に話をしてる場合じゃないんだけど」と思いながら、クロエの話を聞く。

 それでも、女が急に襲ってきても対処できるように、注意だけは怠らない。


「どうやら、妾は間違っていたようじゃ。」

「どういうことだ……?」


 そこでクロエが鼻を鳴らし、嗤うように言った。


「あやつ自身じゃよ。あれはもう、人ではなくなっておる。先程の百足と同じ、あやつ自身が怪しげな力に染まっておるわ。」

「……………………なるほど。」


 クロエに言われるまでもなく、化け物じみた女だと思っていたが、どうやら本当にそうだったらしい。


「なあ、クロエ…………できれば、そういうのはもっと早く教えてもらえるか?」

「文句を言うでない。妾も今気づいたのじゃ。仕方なかろう?」


 クロエの言い分に、エウリアスは肩を竦めた。

 だが、すぐに気合を入れ直す。

 再び身体中を掻く女を見据え、声を張り上げた。


「もはや人と思うなっ! こいつこそが、本当の仇だっ!」

「「「はっ!」」」

「「「やってやるぜっ!」」」


 エウリアスと十人の騎士は、女にじりじりと近づく。


「ああああ……っ! かゆいっかゆいっかゆいっ……!」


 女が掻けば掻くほど、出血がひどくなる。

 それでも女は、身体中を掻きむしった。


「はあああっ!」


 騎士の一人が背後から斬りかかる。

 女は両手を広げるような大きな動きで振り返り、振り下ろされたソードを横から叩く。


「がああぁぁああああああああああっ!!!」


 人とは思えない声で吠え、斬りかかった騎士に掴みかかった。


「化け物がっ!」

「放しやがれっ!」


 両側から別の騎士が斬りかかるが、掴んだ騎士を軽々と放り投げ、右側の騎士にぶつけた。

 そして、左側から斬りかかった騎士に掴みかかる。


「やらせるかよ!」


 騎士を掴もうと伸ばした右手を、さらに別の騎士が斬りつける。

 女は、斬りかかった騎士に首だけをグイッと向けた。


 ガシッ!


 そうして、振り下ろされた剣を左手で掴んだ。

 素手で、剣を受け止めたのだ。


 タイストが、呆れたように声を漏らす。


「…………どうなってんだ、こいつらは? 剣で斬れない虫の次は、剣を素手で掴むだと……?」


 エウリアスも呆れる思いだが、咄嗟に女に向かって動いた。


 次々に斬りかかる騎士を、女は手当たり次第に掴みに行く。

 回避の遅れた騎士を掴もうとした女に、エウリアスは長剣ロングソードを振り下ろした。


「があああっぁああああああっあっっっ!!!」


 バシンッ!


 エウリアスの振り下ろした長剣を弾き、女の手がエウリアスに伸びる。

 だが、エウリアスはすぐに女から離れた。


「す、すみません、エウリアス様。助かりました。」

「気にするな。大丈夫か?」


 助けられた騎士が、剣を構えながら頷く。

 エウリアスは女のこれまでの動きを思い出し、鋭く指示を飛ばす。


「三人同時にかかれ! タイミングを合わせろ!」

「「「はっ!」」」


 エウリアスがめいじると、騎士たちが頷いた。


「はあっ!」

「ぅらあっ!」


 女は、力任せに剣を払い除け、受け止める。

 掴んだ騎士を投げ飛ばし、別の騎士にぶつける。

 それでも怯まず、騎士たちは次々に斬りかかった。


「あああぁぁああっ! がああああぁぁあああああっっっ!!!」


 女の抵抗は激しいが、それでも徐々に手傷を負わせていた。

 二人同時の攻撃は何とか捌けても、三人では難しいようだ。


 エウリアスはそんな女をじっと見つめ、構えたまま

 女は、人間離れした速さで、でたらめに力を振るって騎士たちに対抗している。

 女の動きを見るに、どう考えても正規の訓練を受けた者ではない。

 それなのに、複数の騎士を相手に、渡り合っているのだ。


 しかも、女の異常さはそれだけではない。


(……何だ? あの黒いものは?)


 女の掻きむしった傷から、騎士たちが剣で負わせた傷から、黒い湯気のような物が立ち昇っていた。


(もしかして、傷を修復しているのか? それとも、何かが漏れてる……?)


 女は、あまりにも異常すぎた。

 そうしてエウリアスが女を見ていると、壁の向こうで声が上がり始める。


「何だっ、この魔物は!?」

「屋敷に行かせるな!」

「中に知らせろ! 応援を呼ぶんだっ!」


 その声を聞き、エウリアスは舌打ちをしてしまう。


「チ……、間に合わなかったか……!」


 どうやら、女の投げた石から、何かが出てきたようだ。

 おそらくは、エウリアスの屋敷に現れた、漆黒の百足と同様のものだろう。


「……早く、こちらを片付けないとだな。」


 エウリアスは再び長剣を構え直し、女を見据える。


 その時、エウリアスの待っていたチャンスが訪れた。

 女は三人の騎士に斬りかかられても、素早く動いて、何とか捌いていた。

 でたらめな動きで、力任せに凌いでいたのだ。


 だが、ついに女が両手で剣を掴んだ。

 両側から斬りかかられ、右手と左手で一本ずつ、剣を受け止めた。


「いくぞ、クロエッ!」


 そのチャンスを見逃さず、エウリアスは小さな声で、しかし鋭くクロエに意思を伝えた。


 背中を向け、両側からの剣を掴んだままの女。

 エウリアスは、そんな女の背後に一気に迫るのだった。




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