第47話 【偃月斬】




 突如現れた、体長三メートルはある巨大な漆黒の百足むかで

 その百足が胴体の半分ほどを持ち上げ、ゆらゆらと揺れる。


「おらあぁぁああっ!」

「ふんっっっ!!!」


 百足を取り囲んだ騎士たちが斬りかかる。

 騎士たちのソードは百足を捉えるが、斬ることはできなかった。

 いや、斬ってはいるのだ。

 百足の巨大な胴体を、剣は斬り裂いている。

 しかし、瞬時に元に戻ってしまう。

 それはまるで、霞を斬っているかのようだった。


「チィッ!」

「くそっ、どうなってやがる!」


 その、一切の手応えの無さに、騎士が戸惑う。


「怯むなっ! 斬れ!」

「「「はっ!」」」


 エウリアスのめいに、騎士たちは絶え間なく斬撃を浴びせる。

 斬撃に百足は斬り裂かれるが、やはりダメージを与えられてはいなかった。

 それでも、胴体が繋がるまでの僅かな時間、百足の動きが鈍る。

 何かしらの影響は与えていると思いたい。


 百足が、エウリアスに向かって突っ込んで来る。


「おっとぉ! 喰らうかよ!」


 エウリアスは素早く飛び退き、その攻撃を躱した。


 先程から、この繰り返し。

 この百足は、エウリアスだけを狙っているようだった。

 攻撃する他の騎士には目もくれず、ただエウリアスだけを狙って突進していた。


 おかげで、騎士たちは易々と側背そくはいを突ける。

 そのため攻撃をさせてはいるのだが、有効打が出ない。


 エウリアスの直掩ちょくえんに就いたタイストが、声を上げる。


「坊ちゃん! お退きください! 百足あれは、明らかに坊ちゃんを狙っています!」

「退いてどうする! どこに逃げれば安全だと言うんだ!」

「そ、それは……っ!」


 こちらの攻撃が効かないからと言って、百足むこうの攻撃も効かない保証はない。

 そして、もしも攻撃を受ければ、エウリアスに待っている末路は不審死した者たちと同じ。

 そうなる可能性が高い、とエウリアスは考えていた。


 単調な突進を繰り返す百足を、エウリアスは躱す。

 厄介な存在ではあるが、攻撃を躱すこと自体は、そう難しくはなかった。

 体力のあるうちは。


(…………このままではじり貧か。でも、どうすれば……?)


 百足こいつがもし、いつまでも疲れることなく攻撃を繰り出してきたら?

 いつかはエウリアスの体力が尽き、攻撃を受けてしまうだろう。


 エウリアスは頭を一つ振り、自らのうちの不安を追い払う。


「とにかく攻撃しまくれ! いずれは百足こいつも力尽きる! ラグリフォート家の騎士の力を見せてみよ!」

「「「はっ!」」」


 エウリアスは、騎士たちを鼓舞した。

 エウリアスが不安を吐露すれば、それは騎士たちの心に強く影響してしまう。

 騎士たちの心が折れるとしたら、それは百足との力の差ではない。

 エウリアスの心が折れた時だ。


 再び百足が突進してきて、エウリアスが躱す。


「百足はどうやら、俺に用があるらしい! 騎士おまえたちのことは、眼中にないようだぞ? ラグリフォート家うちの騎士も舐められたものだな!」

「くそったれがっ!」

「舐めやがって!」


 どれだけ攻撃しても効いていない、嫌な状況。

 それでも、騎士たちは奮い立つ。


「行けっ!」

「「「はっ!」」」


 エウリアスの号令に、騎士たちが百足に斬りかかる。

 一向にダメージを与えられていなくても、果敢に挑む。

 そうしていれば、どこかで必ずチャンスがやって来ると信じて。


「やる気になっておるところ悪いがの。おそらく、百足そいつは普通には斬れんぞ?」


 そこに、エウリアスの心を萎えさせるような、気の抜けた声が聞こえた。

 クロエだった。

 囁くような声に、エウリアスが思わず顔をしかめる。


「じゃあ、どうすればいいんだよ! 何か方法はないのか!」


 エウリアスも小声で言い返した。


「そうじゃのぉ…………唯一手があるとすれば、くらいかの。」


 クロエの言うことに、エウリアスはすぐに見当がついた。

 だが、エウリアスはますます顔をしかめる。


「あれって、まだロクに当たらないじゃないか。」

「最初に試した時のように、ギリギリを狙えばいけるじゃろ? そうすれば狙う必要もないしの。」


 このむかでの大きさなら、出さえすれば間違いなく当たるだろう。


わらわの歪ませる力でも、おそらくは上手くダメージを与えるのは苦労しそうじゃ。しかし、あれなら効率良くいけるじゃろ…………多分。」

「本当かよ……。何か、不安しかないんだけど。」


 エウリアスが微妙な表情になる。

 とはいえ、試せるものは何でも試す価値があるだろう。

 今のところ、他に有効な手立てはないのだから。


「妾も細かい調整が必要ない分、ただタイミングを合わせるだけで済むしの。どうする?」

「どうするもこうするも、やるしかないんだろ!」


 エウリアスがそう言うと、百足が突進してきた。

 その百足の突進を横っ飛びで躱し、エウリアスはすぐに体勢を整えた。

 睨むように百足を見据え、全身に力を行き渡らせる。

 そうして、通り過ぎた百足に、今度はエウリアスが突進した。


「【偃月斬えんげつざん】!」


 薙ぎ払う長剣ロングソード

 その太刀筋は、ほんの僅か百足に届かない。

 しかし――――!


 ブシュッ!!!


 エウリアスの長剣が通り過ぎた、百足の胴体が引き裂かれた。

 これまでの、騎士たちが斬り裂いた時とは違う、飛沫を上げながら。


「やったっ!?」

「効いたぞっ!」

「さすがエウリアス様っ!」


 初めての、明らかな手ごたえに騎士たちが沸き立つ。

 胴体が千切れそうなほどに斬り裂かれた百足が、初めてのたうち回った。


「うおぅっ!?」

「危ねえ!」


 巻き込まれそうになった騎士たちが、慌てて距離を取る。

 そうして、再び百足を取り囲んだ。







 【偃月斬】。

 クロエと練習していた、斬撃を飛ばす、というやつだ。

 厳密には、歪む力を飛ばす、ということのようだが。

 この練習自体は、今も毎朝していた。


 だが、今のところはあまり上手くいってはいなかった。

 なにせ、切っ先から一メートルも離れれば、狙った薪に当たるかどうかは半々。

 当たると言っても、かすって薪が倒れる程度のものも含めれば、だ。


 だが、以前はタイミングが合わずに不発になることもあったが、今はそこまでではない。

 クロエも慣れてきたのか、出るだけは出るようになった。

 あとは、距離が伸びた時の命中精度だけの問題だ。


 そして、その距離の問題がないのであれば、斬撃自体は出せる。

 最初の練習の時のように、ほぼゼロ距離を太刀筋が通るようにしてやれば、確実に当たると言ってもいいだろう。


 この飛んで行く斬撃は、当然ながらエウリアスには見えない。

 だが、それは半円状の形をしているらしい。

 そのため、「飛ぶ斬撃を使うぞ」という合図をクロエに伝えるため、【偃月斬】という名称を付けた。


 …………つまり、すでに申し合わせていた今は、本来ならば言う必要はない。

 いいだろ、言ってみたかったんだよ!

 奥義とか、必殺技っぽいし!







 エウリアスは、のたうち回る百足を見て、にやりと口の端を上げた。


「ありがとう、クロエ。お前のおかげだよ。」

「礼を言うには、まだ少し早いようだが?」

「そうかな?」


 エウリアスは、千切れた部分が再生していく百足を見つめる。

 その目が、スッと冷えた。


「……やることが分かったんだ。なら、あとはやるだけさ。」


 長剣を中段に構え、大きく息を吸い込む。


「行け! お前たちは、その百足を斬りまくって動きを鈍らせろ! トドメは俺がやる!」

「「「はっ!」」」

「今こそ、仇を討つぞ!」

「「「おおおおっっっ!!!」」」


 次々に騎士たちが斬りかかり、百足の動きを鈍らせる。

 そうしている間に、エウリアスの一撃でダメージを与えていく。


 百足の胴体は修復が間に合わず、どんどん傷が増えていった。

 千切れた足が地面に落ち、霧散する。

 明らかに、百足は弱っていった。


「どんどん行け! 油断するなよ! 仕留め損なうような間抜けになっては、合わせる顔がないぞ!」


 エウリアスは騎士たちを鼓舞しながら、確実にダメージを負わせていく。

 タイストは、騎士たちが百足の攻撃を受けないように、また確実に百足に攻撃を浴びせられるように、全体を見て指示を出す。


「フレリック班っ、出すぎだっ! もっと下がれ! 坊ちゃんの攻撃の邪魔にならないように気をつけろ! ユベーロ班、かかれっ!」

「「「はっ!」」」

「いくぞ、お前たちっ!」


 タイストが指揮してくれるおかげで、エウリアスは思い通りに動くことができた。

 百足の死角に回り、【偃月斬】を喰らわせては離脱する。

 のたうち回る百足に誰も巻き込まれないように、タイストは騎士たちに適切に距離を取らせた。

 そして、適切に距離を詰めさせ、再びエウリアスが攻撃するための状況を整えさせる。


「ハアアッ!」


 エウリアスが、何度目かの【偃月斬】を百足に叩き込む。

 その瞬間――――。


 ブワッ!


 ズタズタだった百足が、一気に膨れ上がり霧散した。

 その光景に、新たな攻撃か、と瞬時に緊張が高まる。


「全周警戒っ! よく探せ!」


 タイストが指示を飛ばす。

 エウリアスも騎士たちも、油断なく周囲を警戒した。


「どうやら、倒したようじゃの。力が散っていくわ。」


 その、クロエの囁きのような声に、エウリアスはそっと息をつくのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る