第45話 でたらめな力




 キューパー子爵の屋敷から戻り、エウリアスはすぐに部屋に籠った。

 人払いをし、執務机に着く。


 黒水晶を机に置くと、ぼそりと呟いた。


「……本当に感じたのか?」


 エウリアスが言っているのは、キューパー子爵の屋敷の周りを、馬車で走っていた時のことだ。

 車輪の音に紛れるような囁きで、エウリアスの耳に届いた声。


『あの石と、同じ力を見つけたぞ。』


 エウリアスにはさっぱり分からなかったが、クロエは感じたらしい。

 ラグリフォート伯爵家の別邸で、使用人が不審死した後に残されていた力を。


 これがもし、クロエの勘違いでなければ、二つの不審死には共通点ができたわけだ。

 それはつまり、何者かによる作為の可能性を明確に示していた。

 これを、単なる偶然の一致と考えるほど、エウリアスもお気楽な性格はしていない。

 まあ、貴族たちの中では、大分お気楽な方ではあるが。


 エウリアスの問いかけに、クロエは逡巡してから答える。


「少々時間が経っているのでな。わらわも絶対かと言われると、少々悩むが…………間違いないと思っておる。」

「そうか……。」


 別邸での事件では、割と早くに駆けつけた。

 しかし、今日は子爵のことを知るまでに時間が少し空いていた。

 そのため、残滓も前ほどではなかったらしい。


「もしこれが、連続した何者かによる犯行だとして、その方法は何だ? そして、これまで貴族家の屋敷で起きた不審死も、やはり同じ何者かによるものか?」


 大きな謎としては、この二つ。

 しかし、一番の謎は狙われた者だ。


 これまでの不審死は、貴族家に仕える使用人たちだった。

 だが、今回は貴族家の当主が狙われたのだ。


 正直言って、ラグリフォート家の別邸に勤めていた使用人と、今回犠牲になったキューパー子爵に共通点があるとは思えない。


「……以前に、キューパー子爵家に勤めていたことがあった?」


 調べれば分かることだが、接点があるとしたら、それくらいしか思いつかない。

 では、その前に不審死とされた使用人たちは?

 全員が、キューパー子爵家に勤めていた経歴がある?


「可能性がゼロとは言わないけど……ちょっと薄いかな?」


 では、他家の使用人とキューパー子爵が狙われた理由、共通点は何だろうか。


「クロエ、他に何か気づいたことはないか?」


 エウリアスは椅子から立ち上がると、コップを持ってくる。

 そうして引き出しに仕舞っていた酒瓶を取り出し、コップの半分ほどまで注ぐ。

 キューパー子爵家で「力を感じ取ったこと」を教えてくれたお礼として、エウリアスはクロエに酒を出してやった。


「妾に聞かれても、分かるわけなかろう。」

「でも、その何かの力を感じられるのって、クロエだけだし。」

「知らんものは知らんわ。それより、早く酒を飲ませてくれ。」


 エウリアスは苦笑して、催促する黒水晶クロエを酒に浸けた。…………半分だけ。


「意地悪するでない! よう、ざぶっと沈めんか!」

「何でもいいんだよー。何かヒントちょうだいよー。」

「知らんと言うておるにっ!」


 しつこく食い下がるエウリアスに、クロエが怒鳴る。

 ……が、エウリアスはチェーンをゆっくり引き、少しずつ酒から黒水晶を引き上げた。


「なんて奴じゃ!? 人でなしか其方はっ!」

「酒一つで大袈裟な……。ほんと、何か他に気づいたこととかない?」

「くっ……!」


 エウリアスにを喰らい、クロエが悔しそうに呻いた。


「妾に分かるのは、あれのということくらいじゃ。」

「質が、低い?」


 ばんばん殺しまくっているのに?


「何というか、雑多な力が混ざったような……扱い切れていない、質の低い力に感じたの。」

「どういうこと?」


 エウリアスは眉間に皺を寄せ、クロエに聞く。


「普通、何か力を使って発現しようとすれば、その力には統一された方向が与えられるはずじゃ。」


 エウリアスは、よく分からず首を傾げる。


「例えば、其方がこの机を動かそうとすると、一つの方向に押すじゃろ? 誰かに手伝ってもらうとしても、同じ方向にするはずじゃ。」

「そりゃあ、まあね。」


 目指す方向と別方向に押されても、邪魔なだけだ。


「だが、あの残滓には、そうした統一感がない。しっかりとした方向が与えられていないように感じた。」

「…………そうすると、どうなる?」

「どうもならん。普通、そんなでたらめな力は発現せんわ。」


 発現しない?


「……でも、人が死んでるんだけど?」

「そんなの知らんわ。もういいじゃろ。あんまり意地悪すると、妾にも考えが――――!」


 クロエの声に本気の怒気を感じ、エウリアスは黒水晶を酒に沈めた。


「ごぼごぼげはごぼっ!」


 何かを言いかけていたクロエが、酒の中でも何かを言っている。

 いつもながら、何を言っているのかはよく分からない。


「…………発現しないはずの、力?」


 エウリアスは、クロエの言葉の意味を考え、ますます混乱してしまう。


「質の低い、雑多で、統一感のない力……。」


 果たして、これらが何を意味するのか

 エウリアスは、ぎしっと背もたれに寄りかかった。


「そもそも、俺には力のこともよく分からないしな。」


 とはいえ、これらの事実を、エウリアスはどうするべきだろうか。

 誰かに説明することもできない、エウリアスとクロエだけが知る事実。


 エウリアスは、この面倒な事実の扱いに悩み、腕を組んで考え込むのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る