第43話 連続する不審死




 エウリアスは三日ほどかけて、亡くなった使用人の直前までの行動や、現場となった応接室、屋敷や敷地内の調査を行った。

 また、必要な連絡をするためにいくつもの手紙を書き、当主不在の別邸で使用人たちが動揺しないように慰撫して回った。

 自身も別邸に泊まり込み、ラグリフォート家の者がともにるという姿勢を示した。

 その甲斐あってか、使用人たちの動揺はすぐに治まり、普段通りの生活に戻った。


 エウリアスが別邸に滞在している間、特におかしなことが起きなかったのも、使用人たちが落ち着きを取り戻した大きな要因だろう。

 そうして事件から四日後に郊外の屋敷に戻り、エウリアスは学院にも通うことにした。


 朝、学院に行くとトレーメルとルクセンティアが、沈んだ表情をしていた。

 おそらく、トレーメルがルクセンティアにも話したのだろう。

 もしかしたら、ホーズワース公爵に伝えて欲しい、とトレーメルの方から頼んだのかもしれない。


 そうして、午前中は普通に授業を受け、昼休みになった。


「……大変だったな、ユーリ。」

「メルにも、王城への連絡を頼んじゃって悪かったね」


 食堂で端の席を確保し、例によって護衛騎士たちに周囲を囲ませる。

 他の学年の学院生もいるので、あまり大っぴらにこういうことをすると顰蹙ひんしゅくを買いそうだが、食事もしたいが話し合いもしたい。

 まあ、第八王子のトレーメルがいるおかげで、そこまで周囲からの反感は買わないで済むだろう。


「僕の方はいい。それで、どうだった? 何か分かったか?」


 エウリアスはトレーメルの問いに、軽く首を振った。


「はっきりしたことは、まだ……。」

「そうか。」


 声を潜めて話をしていると、ルクセンティアがエウリアスを見る。


「メル様に言われて、私の方でもお父様にお話しておきました。」


 そうして、一層声を潜める。


「今、ラグリフォート伯爵が王都を離れているようだから、少し心配していたわ。もし、ユーリ様が困っているようなら、私も相談に乗るようにって。」

「公爵にまでご心配をおかけしてしまったのか。申し訳ないね。こちらは大丈夫です、って伝えてもらえる?」

「それはいいけど……、何かあれば言ってくださいね。」

「ありがとう。何かあれば相談させてもらうよ。」


 エウリアスは、笑顔でお礼を言う。


 まあ、実際はとてもではないが、気軽に相談できる相手ではないのだけど。

 ホーズワース公爵は。

 仮に、何かあってルクセンティアに相談すると、それはホーズワース公爵に相談したこととほぼ等しくなる。

 それを後で、父ゲーアノルトが知ったらどうなるか。

 きっと、青褪めて卒倒するだろう。


(まあ、そこまでではないにしろ、かなり肝を冷やすことになるだろうな。)


 エウリアスとルクセンティアの間だけの話であれば、そこまでではない。

 だが、ホーズワース公爵がルクセンティアに「気にかけるように」と言った瞬間、それはエウリアスとルクセンティアだけの問題ではなくなるのだ。

 下手すると、それを見越してエウリアスに釘を刺しにきた、と見ることもできるが……。

 これは、少々ひねくれた見方であろうか?


 エウリアスは、ポケットに入れておいた一枚の紙を取り出す。

 そうして、その紙をテーブルの上に置いた。


「何だ、これは?」

「もしかして……聖文字リトラ・シュトス?」


 ルクセンティアがリトラ・シュトスであることに気づき、エウリアスは頷く。


「事件のあった日、庭に落ちていた石にこれが描かれていたんだ。」

「石? 何かの悪戯か?」

「そうかもしれないね。けど、その石が二つに割れていたのが、ちょっと気になってね。」

「ほぅ……。」


 トレーメルは紙を引き寄せ、じっくりとそのリトラ・シュトスを凝視する。


「どの神のリトラ・シュトスなのですか?」


 ルクセンティアは、これがリトラ・シュトスであることには気づいたが、どの神を表すものかまでは分からないようだ。


「おそらく、知恵の女神ティサ・へラーフスのリトラ・シュトスだと思うんだけど、ちょっと違うんだよね。」

「違う? どこが違うの?」


 ルクセンティアに聞かれ、エウリアスは紙の一部を指さす。


「ぱっと見の印象は似てるんだけど、よく見ると結構違うんだ。ここの横棒は三本だけど、知恵の女神のリトラ・シュトスは二本なんだ。こっちは短い棒が二本あるけど、知恵の女神のは一本の横棒で……。他にも、細かい部分で違いがあるんだよね。」

「ユーリ様は、リトラ・シュトスに詳しいのね。」

「いや、まあ……、全部を憶えてるわけじゃないんだけど。たまたま、俺の知ってるリトラ・シュトスだったから。」


 ルクセンティアが、エウリアスの意外な一面ににっこりと微笑む。

 きっと、意外と信心深いのね、とか思っているのだろう。

 エウリアスもにっこりと微笑みを返しながら、内心冷や汗を掻いていた。


(女神様限定で憶えてるなんてバレたら、いつぞやの浮き彫り細工レリーフの二の舞だぞ。)


 エウリアス作のレリーフを見て、お小言をいっぱい頂戴したことを、エウリアスは忘れていなかった。

 そのため、具体的にどの神のリトラ・シュトスを憶えているのかは黙っていることにした。


 エウリアスは、他にも亡くなった使用人に外傷などが無かったことを伝え、何かの毒の可能性も捨てきれないことなどを話した。

 まさに不審死、変死としか言いようのない事態に、トレーメルとルクセンティアが表情を曇らせる。


「つまりは、ほぼ何も分からないということか。これは確かに『不審な亡くなり方』としか言いようがないな。」

「メル様…………それは。」


 トレーメルの言い方に、ルクセンティアが首を振る。

 だが、エウリアスはそんなルクセンティアに微かに微笑む。


「いいんだ。メルの言う通りだよ。俺の力不足で、父上にも申し訳ないんだけど。」

「そんな……。」

「気をつけようがないかもしれないけど、二人も気をつけてね。」

「うん……。」

「ああ、分かった。ユーリも元気出せよ。」


 トレーメルの励ましに、小さく頷くエウリアスだった。







■■■■■■







 エウリアスが、トレーメルやルクセンティアと使用人の不審死の話をした二日後。

 トレーメルの護衛騎士が、休憩時間中に緊張した面持ちでやって来た。

 何事かを耳打ちすると、トレーメルが目を見開く。

 そうして、微かに俯き、目を閉じた。


 その様子に、エウリアスとルクセンティアは顔を見合わせる。

 ちょっと、声をかけるのも躊躇ためらうようなトレーメルの様子に、エウリアスは黙っていた。


「すまない、ちょっと来てくれるか。」


 トレーメルは、エウリアスとルクセンティアに声をかけ廊下に連れ出した。

 廊下の端に行くと、護衛騎士に周囲を囲ませる。

 そうして、エウリアスとルクセンティアを見て、重い口調で言った。


「……今朝方、キューパー子爵が亡くなったそうだ。」


 不審死だった。




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