第41話 別邸での不審死




 ラグリフォート伯爵家の別邸で、使用人の一人が突然亡くなったとの報告を受け、エウリアスはすぐに向かうことにした。

 タイストにも別の者が報告に行ったようで、エウリアスが着替えていると部屋にやってきた。


「坊ちゃん、朝早くから申し訳ありません。」

「聞いた。すぐに別邸に向かう。馬を用意してくれ。」

「馬、ですか? 馬車ではなく?」


 タイストの確認に、エウリアスはシャツの袖を通しながら頷く。


「俺とタイスト、あと数名で急ぎ別邸に向かう。用意させてくれ。」

「分かりました。」


 タイストが部屋を出ると、入れ違いでステインもやって来る。

 ステインは、憔悴したような表情をしていた。


「おはようございます、エウリアス坊ちゃま。お聞きになられましたか?」

「ああ、聞いている。俺はすぐに別邸に行く。こっちのことは頼んだぞ。」

「はい。……どうか、お気をつけて。」


 エウリアスは黙って頷くと、長剣ロングソードの留め金をベルトに留める。

 部屋のドアに向かって歩き出すと、ステインが付き従った。


「つらいだろうが、みんなにはお前の方から伝えておいてくれ。みんなが動揺しないように、くれぐれも配慮を頼む。」

「かしこまりました。」


 ステインが、恭しく頭を下げた。


 ステインは長い間別邸に勤めている。

 きっと、今回亡くなった使用人のことも、よく知っているのだろう。


 エントランスに向かいながら、エウリアスは思い出したように指示を出す。


「悪いが、家族への報告は少しだけ待ってくれ。状況を確認して、父上にも報告をしないといけない。ある程度はっきりしたことが分かるまで、外部には絶対に漏らさないように。みんなにも、よく言っておいてくれ。」

「かしこまりました。」


 ステインの返事に頷き、エウリアスは外に出た。

 丁度そのタイミングで、六頭の馬がやって来る。

 タイストは自分も騎乗しながら、エウリアス用の馬の手綱を引いていた。


「坊ちゃん、お待たせしました。」

「いや、いいタイミングだ。」


 エウリアスは手綱を受け取ると、馬に飛び乗った。

 そうしてタイストと、他四名の騎士に向けて指示を出す。


「少々飛ばすが、街中を通る。事故を起こさないようにしてくれ。」

「「「はっ!」」」


 すでに夜が明けているため、早くから王都を出る商人などは動き出している。

 そのため、接触事故でも起こすと、周囲に迷惑をかけることになる。


 エウリアスの屋敷は郊外にあるが、別邸は王都のど真ん中だ。

 朝は人の動きが慌ただしくなるので、注意が必要だった。


「行くぞ!」


 エウリアスが馬を走らせると、同行する騎士たちもすぐに続く。

 門番は、エウリアスたちが向かって来るのを見て、門を開けた。

 エウリアスたちの馬は速度を落とすことなく、そのまま敷地を飛び出した。


「…………別邸の人員を動かしたのは失敗だったか。」


 つい一週間前、エウリアスの屋敷の夜間警備強化のため、別邸から騎士を一隊移動させていた。

 もし騎士が十分にいれば、今回のことは防げたかもしれない。

 そんな考えが、頭に浮かぶ。


「変わりませんよ、坊ちゃん。」


 エウリアスの呟きが聞こえたのか、タイストが声をかけてきた。


「まだ、例の噂と関係があるかも分かりません。もし関係があったとしても、防げたかは未知数です。」


 そうして、苦笑する。


「もっとも、それを認めると、そもそも警備を増やしても意味がないってことになっちまうんですがね。」


 警備の騎士がいようといまいと、結果は変わらない。

 なら、警備を強化する意味自体がなくなる。

 つまり、タイストの計画自体が、意味のないものになってしまうということだ。


「まずは、事実確認から行きましょうや。」


 タイストの意見に頷き、エウリアスは別邸へと急いだ。







 エウリアスたちが別邸に着くと、すでに屋敷の一画が騎士たちによって封鎖されていた。

 一人の騎士が、エウリアスたちを案内する。


「エウリアス様、わざわざすみません。」

「いや、いい。状況は?」


 エウリアスが聞くと、騎士がこれまでの経緯を簡単に説明してくれた。


 使用人が亡くなっていたのは、応接室。

 この使用人は、昨夜の不寝番だった。


 一週間前から夜間の警備担当を増やし、屋敷の外の見回り回数を増やした。

 だが、騎士たちは特に不審なことはなかったそうだ。


 いくら警備を増やすと言っても、人数には限りがある。

 そのため、外の警備に騎士を割り振り、屋敷内は使用人が定時で見回る計画だった。

 ゲーアノルトがいれば屋敷内を強化しただろうが、現在当主は不在。

 そのため、外の見回りを強化したのだが、そちらには異常がなかった。


 事件が起きたのは、夜明けの直前。

 不寝番だった使用人が、最後の見回りに行った時だ。


 他の使用人と、二人で屋敷内を見回った。

 これまでの見回りでは、一つひとつの部屋までは確認していなかった。

 廊下を見て回り、何かあった時だけ室内を確認するといった感じだ。


 だが、一週間前から使用していない応接室や客間は、室内まで確認する方針になった。

 二人の使用人は一緒に見回ったが、部屋の確認は別々で行っていたらしい。


「それでは、何があったかをもう一人は見ていないのか?」


 エウリアスが確認すると、騎士が頷く。


「その者が言うには、部屋に入るところは見ていませんが、隣の部屋を確認している時に大きな声と音がしたそうです。」

「大きな声と音?」

「はい。『うわあ』といった感じの大声と、続けて何かがぶつかる音です。状況から、おそらくランプを投げつけたようです。」

「ランプを? それで、その部屋は?」


 ランプに使用されている油が壁や床に漏れ、そこに引火すれば大惨事にもなりかねない。


「幸いもう一人の使用人が駆けつけて、すぐに消しました。、壁に少し傷が付いたのと、絨毯に焦げ跡が……。」

「それくらいならいいさ。」


 一緒に見て回った使用人は、部屋で倒れている使用人に気がつきはしたが、まずは火を消すことを優先したようだ。

 すぐに大声で人を呼び、外の警備をしていた騎士も駆けつけた。


「その時にはもう、使用人は亡くなっていたとのことです。」


 エウリアスは説明を聞き、肩を落とした。

 これだけでは、何があったのかさっぱり分からない。


 現場である応接室に着き、室内をぐるっと見回す。

 亡くなった使用人は、部屋の奥で絨毯の上に寝かされたままだった。

 仰向けにし、腹の上あたりで手を組む姿勢。

 弔う時の姿勢だ。


 その使用人は、エウリアスにも見覚えがあった。

 エウリアスの物心つく前から別邸に勤めている、庭師をしていた使用人だ。

 しかし、その表情を見て、エウリアスは思わず目を閉じた。


(こんなにも目を見開いて、苦し気な表情をしているなんて……。)


 安らかな眠りからは程遠いその表情に、胸に強い痛みを覚える。

 エウリアスは横たわる使用人の傍らに行くと、膝をつく。

 そうして、そっと目を閉じさせた。

 さすがに、表情だけはどうにもならないが……。


 エウリアスは立ち上がると、再び部屋を見回す。

 壁の傷を見つけ、その下の絨毯の焦げ跡も確認する。


「亡くなってたのはどこだ?」

「同じ場所です。姿勢だけは直させてもらいましたが。」

「そうか。」


 窓際で使用人は亡くなり、壁の傷と焦げ跡は廊下側。

 この場所でランプを投げたのなら、単純に落としたなどではなく、しっかりとことに間違いはないだろう。


(心臓が急に動かなくなるような病気もあるらしいが、それならランプは近くに落とすだろう。…………あの苦し気な表情は、別の理由か。)


 そもそも、驚くような声を聞いている。

 そうなると、廊下側に、それに向かって投げたと考える方が自然だ。


「外傷はあったか?」

「特に、これといった物はありませんでした。出血も見られません……。」


 そうなると、あとは考えられるのは毒か?

 苦し気な表情の理由は、毒ならあり得そうだ。


 エウリアスは亡くなった使用人の横にしゃがみ込み、じっくりと顔や首、手などを確認する。

 だが、あからさまに怪しい傷などは見当たらなかった。


(はっきりとした情報が少ないから何とも言えないけど、おそらくこれが噂の不審死なんだろうな。)


 エウリアスは立ち上がると、タイストを見る。


「遺体を棺に入れてやってくれ。ただ、その前に服を着替えさせて、その時に――――。」

「怪しい傷がないか、しっかりと確認します。」


 エウリアスの言いたいことを引き取ったタイストに、頷く。


「何者かの侵入経路は分かったか?」


 エウリアスがそう言うと、案内した騎士が頭を下げた。


「申し訳ありません、エウリアス様。それが……。」


 屋敷内のドアというドア、窓という窓を確認したが、すべて鍵がかかっていたと言う。

 エウリアスは、腕を組んで考える。


「他に、侵入できそうな場所は……。」

、ちょっとよいかの。」


 その声に、エウリアスはぎくりと目を見開く。

 咄嗟に、服の上から胸元のペンダントを掴む。

 そうして、くるりと騎士たちに背を向けた。


「おいっ、他の人がいる時に話しかけるな!」


 消え入りそうな小声で、エウリアスは黒水晶に宿った歪魔クロエを怒鳴った。

 しかし、クロエは涼し気な声で、エウリアスに囁く。


「何やら、妙な力が漂っておるの。……これは、残滓か?」


 クロエの囁きに、エウリアスは眉を寄せる。


「何か、分かるのか?」

「分からん。だから、こうして相談しておる。」

「どういうことだよ!」

「だから、分からんと言っておろう。」


 急に背を向け、ぶつぶつ言い始めたエウリアスを、タイストたちは不思議そうな顔で見ていた。




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