第40話 早朝の早馬
人と物が集まる場所には富が集まり、その富に群がるように、また人が集まる。
人が集まるため、物が集まり、新たな富が生み出される。
リフエンタール王国、王都。
数百万の人口が集まる、大都市。
しかし、そんな煌びやかな王都にも、裏側が存在する。
表が煌びやかであればあるほど、その裏の影は濃い。
富のおこぼれに与れない、地を這うように日々を暮らす人々。
所謂、
そんなスラムに、一人の女の暮らす小屋があった。
日の当たらない、ひしめき合う掘っ立て小屋の一つが、女の住居だ。
ぼさぼさの、伸び放題の髪。
皮膚病を患っているかのように荒れた肌。
赤黒い肌は、地の肌なのか、それとも垢が溜まった故か。
怪しげな薬を調合して日銭を稼ぎ、糊口をしのぐ女。
そんな女が、薄暗い部屋で今日もまた、何やら怪しげなことをしていた。
「…………なかなか上手くいかないねえ。」
がりがりと頬を掻くと、小さな
女は傍らの壺から、一匹の蜘蛛を取り出す。
慣れた手つきでその蜘蛛を机に放すと、机の上にある石で押し潰した。
ぐりぐりと念入りに潰すと、女はまた別の壺に手を伸ばす。
「簡単にできて、楽なのはいいんだけど…………ハズレばっかり引かれてもねえ。」
壺の中から
女の部屋は、とても人が暮らしているようには見えない。
そこに、人の営みを感じさせる物が皆無だからだ。
揺らめく蝋燭の灯に浮かび上がるのは、部屋中に所狭しと置かれた、壺。
棚にも壺が並び、いくつかあるガラス瓶には、何かの小動物のミイラのような物が詰められていた。
女は皿を机に置くと、棚から鼠のミイラのような物を取ってきて、乗せる。
先程の石でそのミイラを潰し、何やらどろっとした液体をかけた。
自分の指にも軽く傷をつけ、血をぽとりぽとりと石に垂らす。
そうして蝋燭を近づけると、皿の上に炎が上がる。
「……さない……絶対に……たしは……許さな…………たいに……るさな……。」
炎を見つめ、女は憎しみに顔を歪め、呪詛を吐いた。
炎は黄色から白色、青色と目まぐるしく色が変わっていく
「……
女が何事かを呟くと、炎は一瞬だけ大きくなり、すぐに小さくなった。
「オゥラン……オゥラン……オゥラン……オゥラン……オゥラン……オゥラン……。」
炎が完全に消えるまで、女のはその言葉を紡ぎ続ける。
やがて炎が消えると、女は血が付いたままの指先を舐め、皿の上の石に視線を向ける。
その石には、何かの記号のようなものが浮かび上がっていた。
■■■■■■
屋敷の夜間警備を強化して一週間。
特に何事もなく、普通に過ぎていった。
まだ薄暗い早朝、エウリアスの私室のドアが軽くノックされた。
返事を待つことなくドアが開かれ、屋敷の
二人のメイドがカーテンを開けたり、テーブルを拭いたりと、てきぱきと作業を開始する。
一人はエウリアスの眠るベッドへ真っ直ぐに進み、傍らに立って声をかけた。
「おはようございます、エウリアス様。」
「…………ん……。」
エウリアスの寝顔が、僅かに動く。
そんなエウリアスの様子に、思わず頬が緩んだメイドが、すぐに表情を引き締める。
「おはようございます、エウリアス様。朝でございます。」
「んんー……。」
もぞもぞと手が動き、軽く目の辺りを拭う。
そうして、ゆっくりと目が開いた。
メイドは、にっこりと微笑む。
「おはようございます、エウリアス様。」
「ぁー……ぉあよぅ……。」
エウリアスは横になったまま首を動かし、部屋をぐるりと見回す。
カーテンを開けるメイドや、花瓶の花を入れ替えるメイドを見る。
「ふぁぁあー……。」
「眠そうですね、エウリアス様。お身体の加減はいかがでしょう? もしすぐれないようでしたら――――。」
「……いや、起きるから。」
もそもそと身体を起こし、そっと息をつく。
その時、窓の外が少し騒がしくなった。
馬の
ばたばたと廊下を走る音がいくつも聞こえ、一つがエウリアスの部屋の前で止まる。
少々乱暴にノックがされ、返事を待つことなく部屋のドアが開かれた。
入ってきたのは、護衛騎士の一人。
騎士はベッドの上のエウリアスに気づくと、真っ直ぐに早足でやって来る。
騎士の表情が、固い。
ベッドの横までやって来ると、騎士が敬礼した。
エウリアスは表情を引き締めて、頷く。
「早朝からお騒がせして申し訳ありません。」
「いや、いい。どうした。」
普段、こんな時間に何か報告がされるようなことはない。
何かしらの問題があったのは、騎士の様子からも明らかだった。
とはいえ、入室の手順など、この騎士の対応は
後でタイストの方から指導させようと、エウリアスは思った。
エウリアスがベッドの端に座ると、騎士がさらにエウリアスの傍に寄る。
そうして、メイドにも聞かれないように、耳元で報告した。
「……先程、別邸より早馬が参りました。」
早馬?
こんな時間に?
エウリアスが眉間に皺を寄せると、騎士が報告を続ける。
「……別邸の使用人が一人…………亡くなったとのことです。」
エウリアスはその報告に絶句し、目を見開くのだった。
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