第39話 夜間警備と団結力




 夜間警備の強化をタイストに指示し、屋敷に戻った。

 エウリアスを出迎えたのは、別邸に行っているはずの執事のステインだった。


「お帰りなさいませ、エウリアス坊ちゃま。」

「あれ? ステイン?」


 エウリアスは馬車を下りると、首を傾げる。


「もしかして、父上が来てる?」


 そう確認するエウリアスに、ステインが首を振った。


「いえ、旦那様は今朝王都を出られました。」

「え、もう?」


 なんと、ゲーアノルトはすでに王都を発ってしまったらしい。


「言ってくれれば、見送りに行ったのに……。」

「私もそうお伝えしたのですが、昨夜のパーティーで重要な案件がまとまった、と。急ぎ、南部のロランディ子爵領を回って、ラグリフォート領へ戻られるそうです。」


 ロランディ子爵領というと、コルティス商会のある領地。

 ゲーアノルトは、相変わらず忙しく飛び回っているようだ。

 王都に滞在中も、パーティーに顔を出したり、他の貴族家と商談したりと、忙しくしていたらしい。

 以前に言っていた、「領地の発展」に本気で取り組んでいるのだろう。


「旦那様より、エウリアス坊ちゃまに資料をお預かりしております。」

「資料?」


 ステインが差し出した、大き目な封筒を受け取る。

 その厚さから、おそらく中には紙が十枚以上は入っていそうだ。

 封蝋を取り、中身を確認する。


「これは…………報告書か?」


 前に頼んだ、噂についての報告書のようだ。

 エウリアスが封筒に紙の束を戻すと、控えていたタイストが声をかけてくる。


「坊ちゃん。ゲーアノルト様が別邸を発たれたなら、警備計画に別邸の人員を含めてもよろしいでしょうか。」


 別邸にゲーアノルトがいるなら、別邸の警備をもっとも厚くする必要がある。

 ラグリフォート伯爵家の当主が滞在しているのだから、当たり前だ。

 しかし、ゲーアノルトが不在にしているなら、次の優先順位はエウリアスとなる。

 そのため、別邸の警備の一部を、エウリアスの屋敷に回してもいいか確認しているのだ。


「別邸の警備を勝手に減らすと、問題がありそうだけど……。」

「そこは問題ありません。エウリアス坊ちゃまのためであれば、別邸の使用人や騎士もある程度動かしても構わないと、旦那様より命じられております。」


 エウリアスに何かあれば、事後報告で構わないので、一定の範囲で自由に配置換えする権限を与えられているとステインが言う。

 それを聞き、エウリアスは顔をしかめた。


(…………もしかして、官所で集会してシュプレヒコールを上げていたのは、この権限のせいか。)


 別邸の使用人や騎士まで動員した、百人規模の集会。

 万が一に備えた権限だとは思うが、使い方を間違っていないだろうか?


 とはいえ、今の提案は正常な運用の範囲だろう。

 エウリアスは頷いた。


「別邸を手薄にし過ぎないようにしてくれれば、別邸そっちの人員も含めていいよ。」

「分かりました。すぐにかかります。」


 タイストは、エウリアスの護衛を他の騎士に任せ、早速計画を指示しに行った。







 エウリアスは部屋に戻ると、ソファーでくつろぎながら、報告書に目を通した。


 一年ほど前から貴族家の屋敷で、使用人や騎士に不審な亡くなり方をする者が出始めた。

 …………というだけの、非常に曖昧な噂だ。


 王都全体で考えれば、不審死がこれだけとは思えないが、そんな噂が持ち上がっては消える。

 なぜ、殊更に貴族家だけが噂の対象となるのか。

 そのはっきりとした原因までは、報告書を読んでも分からなかった。


(まあ、貴族家はただでさえ注目を集めるからな……。)


 ゴシップは、大衆の娯楽のようなものだ。

 人の死が関わる少々不謹慎な内容ではあるが、おそらくこの噂も娯楽として大衆の耳を楽しませているのだろう。

 貴族家の屋敷で起こったことではあるが、その亡くなった人たちは平民だというのに。


 これまで噂が確認されている貴族家は、全部で七件に及ぶ。

 ただし、これらの家のすべてで不審死があったわけではないようだ。


 五件は、確かにここ一年ほどの間で、亡くなった使用人や騎士がいた。

 理由までは、はっきり分からないが。

 なにせ、屋敷内での出来事は、内々で処理するのが常の貴族家だ。

 おそらく、何らかの病気や怪我で亡くなった人がいたのだろう。


 そして、残りの二件。

 これらついては、亡くなってさえいなかった。

 一人は、老齢による暇乞いだ。

 もう一人は、王都から領地へ移動になっただけ。

 その使用人を知る外部の者が、「あの人、最近姿を見なくなったな」と言うようになり、「何かあったのかもしれない」「もしかして亡くなったのか」となったようだ。

 噂なんてそんなものだとは思うが、あまりのいい加減さに、思わず苦笑してしまう。


 噂では、変な影を見た者がいる、というのをトレーメルが言っていた。

 こちらも、確かにそんな話があったようだ。

 ただ、何かの見間違えかもしれない話が、そのまま尾ひれをつけて広がったと思われる。

 きっかけは、ある屋敷の使用人が言ったことのようだが、その後の噂では必ずセットになって広がったらしい。

 また、変な影も、と。


 エウリアスは、報告書をバサリとテーブルに置いた。


(結局、確実なことは分からず仕舞いか。)


 また、この報告書には、今日トレーメルから聞いた話は含まれていない。

 これはまあ、仕方がないだろう。

 報告書自体をまとめたのがいつか分からないが、さすがに今朝のことまでは入れようがない。


 エウリアスが考え込んでいると、ドアがノックされた。

 入室を許可するとタイストが入って来て、ソファーの傍にやって来る。

 警備計画の変更を終えたのかと思ったが、タイストは眉を寄せ、とても微妙な表情をしていた。


「どうした。何かあったのか?」


 エウリアスが尋ねると、タイストが苦りきった顔で頬を掻いた。


「えーとですね……。少し、ご相談というか……お願いがあるのですが。」

「お願い?」


 何でもはっきりと言うことの多いタイストには珍しく、何と言おうか迷っている感じだった。


「ちょっと、坊ちゃんの方から説得していただきたいのですが……。」

「…………説得?」


 タイストの言っていることの意味が分からず、エウリアスは首を傾げた。







 屋敷のエントランス前に集まった使用人たちを見て、エウリアスは崩れ落ちた。

 ここに集まった使用人たちは騎士ではなく、すべて執事と女中メイドたちだ。

 下手したら、屋敷の全使用人が集まってないか、これ。


 そして、そんな執事とメイドが『団結!』のハチマキを締め、手に棒やら鍋やら掃除道具を持って気炎を上げ始めた。


「よぉしっ! みんなっ、準備はいいな! 我らの手で、エウリアス坊ちゃまをお護りするのだっ!」

「「「おおうっ!」」」


 タイストの夜間警備の強化計画に、使用人たちによる屋敷内の見回りも含まれていた。

 しかし、警備強化を知った使用人たちが、「エウリアス様をお護りしなくては」と言い始め、暴走しているらしい。

 タイストが「騎士たちに任せるように」と説得したが、まったく聞いてくれなかったと言う。


 エウリアスは、萎えた心に気合を入れて立ち上がった。


「やめろやめろやめろ、何言ってるの! 危ないでしょ!」


 使用人たちの前で、モップを高々と掲げるステインの下へ行く。


「ステイン! 何やってるの! お前は止める立場だろう!」

「おお、エウリアス坊ちゃま! 見てください、みんなのこの雄姿を! みんなっ、早速坊ちゃまが陣中見舞いに駆けつけてくださっ――――!」

「聞けよっ、人の話っ!」


 エウリアスは、ステインの持つモップを取り上げた。


「なぜですかっ、エウリアス坊ちゃま!?」

「……………………それ、本当に説明しないとだめか?」


 ショックを受けたように愕然とするステインに、エウリアスの方が愕然とする。


「こういうことは、騎士に任せればいいんだよ。危ないんだから。」

「いーえ、エウリアス坊ちゃまのためなら、我らはこの身を犠牲にしてでも盾となる所存!」

「だから、だめだって言ってるだろ! 大体、夜間にそんなに起きてたら、屋敷の管理はどうするのさ!」


 当たり前の話だが、夜間に起きている不寝番は、数人ずつ持ち回りで受け持つ。

 みんなが不寝番をやったら、昼間はどうするのか。

 言うまでもなく、掃除やら洗濯やら、その他の様々な仕事は昼間に行うのだ。


 そんな当たり前の突っ込みに、ステインが困った顔になった。


「…………夜中にやったらだめですかね?」

「だめに決まってるだろ……。」


 エウリアスは溜息をつくと、使用人たちを見回した。


「みんなの気持ちは嬉しいが、それぞれの職務を全うすることを望む。きっと、まだ仕事も途中だろう? 戻ってくれ。」


 エウリアスの説得に、使用人たちは顔を見合わせ、それぞれの仕事に戻っていった。

 エウリアスはステインにモップを返し、戻るように言う。


「警備はタイストに任せて、必要な要請がスムーズに進むよう、調整をしてくれ。」

「……かしこまりました。」


 あからさまにしょんぼりするステインを見送り、タイストが頭を下げる。


「すみませんでした、坊ちゃん。私が抑えられれば良かったのですが……。」

「まあ、ステインが扇動したんじゃ、タイストじゃ難しいでしょ。」


 屋敷の使用人たちのトップはステインだ。

 しっかりと人望もあるようで、使用人たちをよく掌握していた。

 残念ながら、今回はそれが裏目に出てしまったが。


「…………あのさ、タイスト。」

「はい、何でしょう?」


 エウリアスが、戻っていく使用人を見ながら声をかけると、タイストが姿勢を正した。


使用人みんなが付けてる、あの『団結!』のハチマキさ。あとで取り上げて処分しといてくんない?」


 エウリアスがそう言うと、タイストが顔をしかめる。


「…………やれと言われればやりますがね。多分、無駄ですよ?」


 まあ、いくらでも作れそうだしな。

 エウリアスは肩を落とし、大きく溜息をつくのだった。




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