第38話 噂の不審死




 春らしい、暖かな気持ちの良い朝。

 エウリアスが教室に行くと、まだトレーメルは来ていなかった。

 普段、トレーメルはエウリアスよりも早く来ている。

 ルクセンティアはいつも、エウリアスの後から来るので、今いる貴族組はエウリアスだけだった。


「メルは寝坊かな?」

「ははは、まさか。」


 エウリアスの呟きに、タイストが答える。

 エウリアスは自分の席に着き、大人しく待つことにした。


 席に座って、教室内を眺める。

 次々と平民のクラスメイトたちがやって来ては、数人ごとのグループを作り、談笑していた。

 エウリアスは、近くを通るクラスメイトに笑顔で挨拶する。

 すると、相手もややぎこちない笑顔で挨拶を返してきた。


「おはようございます、ユーリ様。」

「おはよう、ティア。」


 そうして教室を眺めていると、すぐにルクセンティアもやって来て席に着く。


「メル様はまだ?」

「そうみたい。寝坊かね?」

「フフ……どうかしら。」


 エウリアスとルクセンティアは、それだけ言葉を交わすと、大人しく授業が始まるのを待った。

 実のところ、エウリアスはまだルクセンティアと二人で話をすることに、慣れたとは言い難かった。

 ルクセンティアの席はエウリアスの斜め後ろなので、じっと見るような真似はしないが、若干の緊張を感じる。


(剣の時間とか、やることが決まってれば、そんなに意識しないで済むんだけど……。)


 騎士学院に入学して、そろそろ二カ月が経とうとしている。

 しかし、未だに慣れないルクセンティアとの会話。

 その原因は、ルクセンティアの容姿にあった。


 戦の女神マリーアンヘーレのように、美しく、可憐で、凛々しいルクセンティア。

 その姿や立ち振る舞いは、エウリアスの思い描く理想の女性のようだった。


(何というか……、自分の妄想が漏れ出てしまったような、気恥ずかしさがあるんだよな。)


 ほーら、こういうのが好きなんだろう? と見せつけられている気分になるのだ。

 別に見せつけられているわけではなく、エウリアスが一人で勝手に悶えているだけの話ではあるが。


 そうして大人しく待っていると、授業が始まる間際になってトレーメルがやって来る。


「おはよう、メル。」

「ああ、おはよう、ユーリ、ティア。」

「おはようございます、メル様。」


 軽く挨拶を交わし、エウリアスが眉を寄せる。

 トレーメルの表情が、いつもより固い気がした。


「どうかしたの?」


 エウリアスがそう尋ねると、トレーメルは唇を引き結んだ。


「…………あとで話す。ティアも聞いてくれ。」

「はい……。」


 トレーメルの様子に、顔を見合わせてしまうエウリアスとルクセンティアだった。







「侯爵家で、不審死?」


 休憩時間、トレーメルに廊下の端の方へと呼び出されたエウリアスとルクセンティア。

 周囲を、三人の護衛を務める騎士に囲ませ、誰も近寄れなくした。

 それでも、一応は声を抑えて、周りに聞かれないように注意する。


「今朝、城を出る時にその話を耳にしてな。どういうことか調べさせた。」

「……それで、いつもより遅かったのですね。」


 トレーメルがいつもよりも遅くなった理由に、ルクセンティアが納得したように言う。


「あまり時間がなくて調べきれなかったが、どうやら使用人の不審死は事実のようだ。」


 普通、屋敷で使用人が不審な亡くなり方をしても、それを届け出たりはしない。

 内々に処理を行うのだ。

 だが、その侯爵は「例の噂」を少し気にしていて、王城に報告に来たらしい。


 王都に限らず、街の治安維持を担っているのは『警備隊』という組織だ。

 街や街道の警備を行い、犯罪の取り締まりを行う。

 王国軍や、各地の領主軍の下部組織のような位置付けで、必要に応じて軍にも応援要請を出すことがある。

 不審な死に方や、明らかな他殺、事件などはこの警備隊に届け出ることになっている。


 ただし、これは平民の話。

 貴族家の屋敷で何かあっても、それを警備隊に届け出ることはほとんどない。

 いくら警備隊と言えど、よく分からない連中を屋敷に入れたくないからだ。

 今回の侯爵も、警備隊に届け出るのではなく、王城に「こうしたことがあった」という報告だけを行ったらしい。


 エウリアスは、トレーメルの話を聞き、考え込む。


「……不審な亡くなり方をする使用人って、二~三カ月くらいのペースって言ってませんでしたっけ? まだ、前回の男爵家の話から二週間くらいですが。」


 エウリアスがそう言うと、トレーメルが苦笑した。


「それを僕に言われても困る。起きたものは起きた、としか言えないからな。」

「何にしろ、少し注意が必要かもしれませんね。」


 ルクセンティアの意見に、トレーメルが頷く。


「ただの偶然というには、ちょっと気になってな。それで、二人にも教えておこうと思ったのだ。」

「そっか。ありがとう、メル。」

「ありがとうございます、メル様。」


 エウリアスとルクセンティアがお礼を言うと、トレーメルが照れくさいのを誤魔化すように頭を掻く。


「屋敷の者に、夜間の警備を厚くするように言うといい。」


 トレーメルのアドバイスを、エウリアスは素直に聞くことにした。







 その日の帰り道。

 エウリアスは、トレーメルから聞いた話を、馬車の中でタイストにも伝えた。


「侯爵家の屋敷で、そんなことがあったのですか?」

「どうもそうらしいよ。詳しいことはまだ分からないのだけど、夜間の警備を少し厚くした方がいいかも。メルにも言われたし。」

「そうですね。私の方で手配しておきます。坊ちゃんは、どうかご心配なさらず。」

「うん、任せたよ。」


 そんなやり取りをしながら、エウリアスは屋敷に戻るのだった。




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