第34話 結婚観と人生観




 正門での騒ぎにより、まだ馬車が渋滞している状態だった。

 完全に解消されるには、少し時間がかかりそうなので、その間に騒ぎの原因である二人に話を聞くことにした。


 エウリアスは二人を自分の馬車に乗せると、タイストだけを護衛として、横に座らせた。

 これで馬車の中はエウリアス、タイスト、学院生の女の子、中年の男性の四人となった。


「わ、私はロランディ子爵領で商会を営んでおります、メンデルト・コルティスと申します。」


 エウリアスの向かいに座った中年の男性が、深々と頭を下げる。

 なんか、馬車に乗せてから一層顔色が悪いんですが、もしかして「もう逃げられない……」とか考えてる?


 メンデルトの隣に座った女の子が、これまた深々と頭を下げる。


「む、むむむ、娘の、イレーネともも……申します。」


 深々と頭を下げる親子を、エウリアスの隣に座ったタイストが冷ややかな目で見下ろす。


「…………自分たちの行ったことを、理解しているのか?」


 タイストにそう問われたメンデルトが、これでもかと頭を下げた。


「もも、勿論でございますっ! 伝統ある騎士学院で、このような騒ぎ――――!」

「そんなことはどうでもいい! こちらのエウリアス様に働いた無礼を――――!」

「タイスト、抑えて抑えて。それはいいから。」


 恐縮しっぱなしの二人に、頭に血が上ったタイスト。

 全然話が進められなかった。


「よくありません! こいつらは――――!」

「はい、ストップ。話を聞くまで、俺は動く気はないよ? ずっとここにいる?」


 にっこりと微笑んで言うと、タイストが二の句を告げなくなる。


「二人も顔を上げて。差し出がましいのは承知で尋ねる。なぜ、こんな真似を?」


 騎士学院には、王国軍の騎士や兵士も詰めている。

 ただの騒ぎで済めばいいが、動けない馬車に乗っていた貴族の縁者が、学院にクレームを入れる可能性もあった。

 そうなれば、もはやただの騒ぎでは済まない。

 社会的な制裁や懲罰の対象になりかねなかったのだ。


 エウリアスが尋ねても、メンデルトとイレーネは俯いたまま答えない。

 そのことに、更にタイストの苛立ちが高まる。

 エウリアスが軽く首を振って、タイストに抑えるように合図を送ると、メンデルトが口を開いた。


「娘が、その…………家出をしまして……。」

「家出っ!?」


 思いもよらぬ話に、エウリアスはイレーネに視線を向ける。

 イレーネは、ますます縮こまるように身体を小さくした。


 どうやら、イレーネは家族に無断で騎士学院に入ったようだ。

 実のところ、こうした話はそう珍しいことではないというのは、エウリアスも耳にしたことがあった。

 主に、タイストとの雑談で。


 騎士学院は、入学すれば寮がある。

 食事と寝床が保証され、衣服も学院の制服や運動着などがある。

 転がり込めば、五年間は生活の心配がない。

 そして、無事に修了すれば王国軍や領主軍に入れる。

 一般の兵士よりも、厚い待遇の騎士としてだ。

 訳あって家を出る場合、年齢的なタイミングさえ合えば、最適な家出先と言われているらしい。


「どうして家出なんて……。それはお父さんも心配するよ。」


 エウリアスは、あまり責める口調にならないように気をつけながら、イレーネに言った。


 メンデルトは少々強引なやり方ではあったが、これも仕方ないかもしれない。

 大切な家族が家出をしたとなれば、冷静でいられなくなるのも無理はないだろう。


「…………でも、急に婚約なんて……。」

「婚約っ!?」


 エウリアスは、今度はメンデルトに視線を向けた。

 なんか、想像を超える話題がポンポン飛び出すな。


 イレーネの言葉に、メンデルトが強い口調で反論する。


「だから、事情はお前にも説明しただろうっ!」

「だからって、いきなり会ったこともない人と婚約しろなんてっ!」

「そんな話、世間ではごまんとあるっ! これ以上ない、素晴らしいお相手なんだぞっ!」

「嘘っ! お父さんは、繋がりが欲しいだけなんでしょ! 私が嫁に行けば――――!」

「いい加減にせんか、貴様らっ! どなたの前だと思ってる!」


 親子喧嘩を始めた二人に、タイストが大喝する。

 途端に、二人が恐縮した。


 コンコンッ!


 そこで、客車のドアが外からノックされた。


「エウリアス様、どうされましたか?」


 外の護衛騎士がタイストの怒鳴り声に驚き、確認にきたらしい。


「ああ、大丈夫だ。タイスト、少し抑えて。」

「し、しかし! 先程から、この二人の振る舞いはあまりにも……!」


 普段、割とフランクな対応をするタイストだが、礼を欠いているわけではない。

 長い付き合いで、あまり堅苦しいのを好まないエウリアスを理解して、そういう態度をしているだけだ。

 持って回ったような言い方はせず、何でも率直に言うように、エウリアスの方が言っているのだ。


「渋滞が大分解消されましたが、どうされますか、エウリアス様。」


 外の護衛騎士が、正門付近の状況を知らせてくれた。

 エウリアスは少し考え、指示を出す。


「少し、込み入った話になりそうだ。コルティスさん……こちらの方の馬車に、ついて来るように言ってくれ。」

「分かりました。」


 外で待機していた護衛騎士たちが動き出し、すぐに馬車も動き出した。

 メンデルトとイレーネが、再び青褪める。

 どこに連れて行かれるか、と不安なのだろう。


「私の屋敷で、もう少し詳しく話を聞きたい。少々お付き合いください。」


 にっこりと笑いかけるエウリアスだが、二人の顔色が回復することはなかった。







 馬車の中と、屋敷に着いてからは応接室で、双方の話を聞いた。

 おかげで、大体の事情を把握することができた。


「…………それは、メンデルトが困り果てるのも分かるな。」

「え、ええ、まあ……。」


 メンデルトがハンカチで額の汗を拭いながら、相槌を打つ。


 どうやら、現在メンデルトの営むコルティス商会は、倒産の危機にあるようだ。

 所謂、連鎖倒産だ。

 大口の取引先が潰れ、売掛金が回収できなくなった。

 その取引先は、卸した加工品を輸送中に野盗か山賊に襲われ、奪わてしまったらしい。

 取引先にとって、これは商会の命運を賭けた大事な取引だったらしく、商品を失って潰れてしまったのだ。


 エウリアスは足を組み替え、肩を落として俯くメンデルトを見た。

 コルティス商会は、鉄鋼や金属加工品を扱う結構大きな商会だった。

 ロランディ子爵領には鉱山があり、そこで採掘される鉱石を製錬、加工し、金属工芸品などを卸すことで潤っている。

 コルティス商会も業績自体は順調だったのだが、さすがに大口の取引先が潰れてはどうにもならなかった。

 その倒産した商会の売掛金が、ほぼすべて回収不能になり、コルティス商会の資金もショート寸前だと言う。


 そこでメンデルトの打った手が、イレーネの婚約だ。

 大店の商会と縁を結び、資金を調達する。

 貴族家ではよくある政略結婚だが、こんなのは別に貴族だけの専売特許というわけではない。

 婚姻関係により、家同士の関係を強化しようというのは、商会でなくてもよくある考え方だ。


 しかし、これにイレーネは反発した。

 家のための道具にされることを、拒否したのだ。

 家を出ることを考えたが、さすがに自立など簡単にできる訳がない。

 そこで目を付けたのが騎士学院だ。

 入ってしまえば生活の保証がされ、将来の就職先も困ることはない。


 話を聞き終わり、エウリアスは優雅な仕草でお茶に手を伸ばした。

 ゆっくりとカップを傾け、乾いた喉を潤す。


(…………首、突っ込まなきゃ良かった。)


 思った以上にややこしい事情に、エウリアスはちょっと後悔していた。

 とはいえ、自分で首を突っ込んで、屋敷にまで連れて来たのだ。

 はい、さよなら、では少々目覚めが悪い。


(とは言ってもなあ。未回収の売掛が一億リケル超えって…………そんなのどうにもならないよ。)


 エウリアスは、ちらりとイレーネを見る。


 コルティス商会を一番に考えれば、確かにイレーネの婚約は悪い手ではない。

 というか、エウリアスとしては政略結婚も当たり前だと思っているので、心情的にはメンデルトに近い。


 実際、父ゲーアノルトも侯爵家との繋がりを求めて、現在の母上を迎えていた。

 その替わりに、侯爵家に多額の資金援助をしたらしいというのを、使用人たちの噂で耳にしている。

 エウリアス自身も、おそらく連れ添う相手はゲーアノルトが決めるだろうと思っていた。


 しかし、それが世間の当たり前かと言えば、そんなことはない。

 本人同士の意思により結ばれる結婚も、普通にある。


 だが、こうした話に口を挟めるほど、エウリアスはに見識がなかった。

 ぶっちゃけ、理想の相手など「妄想以外にあり得ん」とか思っていたので、結婚相手など誰でも良かったのだ。

 心の『もっともピュアな部分』は奥底に仕舞い込み、現実を生きる。


(心の中の女神様たちさえいれば、俺は生きて行ける。)


 そんなことを思っていた。

 美しい女神様の浮き彫り細工レリーフや彫刻に囲まれ、人生を彩る。

 これ以上の幸せがあるだろうか。


 とはいえ、これはエウリアスの結婚観であり、人生観だ。

 それをイレーネに押し付けるのは、何の解決にもならないだろう。

 エウリアスのように「結婚なんてそんなもの」という考えの持ち主ならともかく、望まぬ結婚を強いられるのは、やはり可哀想だと思ってしまう。


 そうなると、一番の原因を解決するのが、もっとも有効なアプローチと言える。

 つまり、コルティス商会の資金問題。


(…………うん、無理。)


 この屋敷の調度品を売り払えば、おそらく一億リケルくらいは軽く超えそうだが、これらはエウリアスの物ではない。

 エウリアスのために用意はされたが、これらの所有者はゲーアノルトだ。


 エウリアスは、メンデルトを見る。


「コルティス商会では卸すだけでなく、金属加工品も造られていたのですね?」


 エウリアスの確認に、メンデルトが神妙な面持ちで頷く。


「はい。注文を受け、一点一点を職人たちが手造りしておりました。勿論、鋳造による大量生産も行っています。」


 つまり、ラグリフォート産家具の金属版のような物だ。


(父上に頼めば、何か使い道を考えてもらえるだろうか?)


 エウリアスではどうにもならないが、ゲーアノルトならコルティス商会の上手い使い道を考えてもらえるかもしれない。

 そのためにラグリフォート家がリスクを背負うことになりそうだが、相談するだけしてみよう。


「今、コルティス商会で加工した製品の、サンプルなどはありますか?」

「え? それは、まあ…………馬車には、いつでもお見せできるようにサンプルを載せております。どこに商機があるか分かりませんから。」


 それを聞き、エウリアスは頷いた。


「分かりました。それを持って、ちょっと行ってみましょう。」

「行く? あの……どちらに?」

「勿論、私の父ラグリフォート伯爵の所です。ラグリフォート産家具のすべては、父が取り仕切っていますので。」


 エウリアスが微笑みながら言うと、メンデルトが絶望したような顔になった。

 なぜ?

 絶好の商機ですよ?




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