第33話 正門でのちょっとした大騒ぎ
剣術の授業の後、エウリアスは更衣室で着替えながら、トレーメルと話をしていた。
今日はすべての授業が終わったため、この後は教室の荷物を取りに戻るだけだ。
「……そんな
剣術の流派の話から、これまでの修行の話などになり、流れで山狩りのことを話した。
エウリアスが、父ゲーアノルトから与えられた課題のことを話すと、トレーメルが目を丸くして驚く。
「実戦でも通用する腕前なのは、あの事件で分かっていたが……。まさか
トレーメルの、ゲーアノルトへの評価にエウリアスは苦笑してしまう。
「実際に、斬り合ったりもしたのか?」
「多少はね。」
本来、指揮官が
また、エウリアスの場合はわざわざ出張って来て、見学だけでは不満もあった。
そのため、前に出て他の兵士たちとともに戦わせてもらったのだ。
師匠が万が一に備え、周囲を護衛隊が固めるという、お膳立てされた状況ではあったが。
トレーメルが真剣な表情で、エウリアスに言う。
「それだけの腕を、このまま止めてしまうのは惜しいな。やはり、リフエンタール流剣術に切り替えるべきではないか? エウリアスなら、すぐに上達するだろう。」
「………………。」
現在、エウリアスは師がいない状態だ。
もっと上を目指したいなら、師をつけるべきだ、とトレーメルが忠告する。
「……少し、考えてみるよ。」
「そうするといい。言ってくれれば、僕がよい師を紹介してもいいぞ。というか、僕の師匠を紹介しようか?」
「そ、それは遠慮します!」
王族の剣術指南役など、その人も相当な地位にあるはずだ。
そんな人に見てもらっては、修行に集中できる自信がない。
「ははは、まあその気になったらいつでも言ってくれ。それでは、僕は先に行くぞ。」
「うん。それじゃメル、また明日。」
「ああ、また明日。」
そうして、トレーメルが更衣室を出る。
「…………殿下の言われる通り、リフエンタール流に切り替えるのも手ですよ、エウリアス様。」
黙って控えていたタイストが、エウリアスに声をかけた。
これは、実は以前から言われていることだった。
「うん……、分かってはいるんだけどね。」
自分でも、限界を感じてはいた。
ただ、それでも今の流派にこだわるのは、師を心から尊敬し、師の教えに誇りがあるからだ。
(……師匠、どこに行っちゃったのかな。)
以前、ゲーアノルトに聞いてみたことはあるのだが、教えてもらえなかった。
ゲーアノルトは、事情も含めて知っているようではあるのだが……。
エウリアスはそっと溜息をつくと、タイストから長剣を受け取る。
そうして留め金をベルトに付けると、更衣室を出た。
教室から荷物を回収し、馬車に向かう。
校舎を出ると、学院の正門の辺りで騒ぎが起きていることに気づいた。
「どうしたんだろ?」
「分かりません。確認してみます。」
タイストがもう一人の護衛騎士に目配せすると、馬車に向かって走っていった。
エウリアスがそのまま馬車に向かって歩いていると、一際大きな男女の声に気づく。
(…………?)
何やら言い争っている感じだ。
おそらく、騒ぎの中心はこの声の主だろう。
そこに野次馬が集まり、騒動となっているようだった。
「え、あ? エウリアス様!?」
エウリアスは馬車に向かっていたのを方向転換し、門に向かった。
それに気づき、タイストが慌てる。
「エウリアス様、危険です!」
「どうせこの騒ぎが治まるまでは帰れないだろう? 何が起きているのか、見た方が早そうだ。」
正門で騒ぎが起き、野次馬まで集まっているため、他の馬車も出られずにいた。
「少し交通整理もした方が良さそうだね。」
「そんなのは私たちがやりますから! エウリアス様は馬車でお待ち――――!」
「ちょっと見るだけだよ。」
そうしてエウリアスは、野次馬の傍に立つ。
「すまない。通してくれ。」
エウリアスが声をかけると、目の前の学院生が面倒そうに振り向く。
だが、エウリアスのブレザーを見てギョッとした。
その学院生は慌てて横に移動すると、他の学院生の肩を揺さぶり、声をかけた。
次々と振り返っては、エウリアスを見てギョッとするというのが繰り返され、野次馬の壁に穴が空く。
エウリアスに注目が集まる。
「……お貴族様だ。」
「え、まじ? やばくない?」
「もう行こうぜ。巻き込まれるのは……。」
野次馬の間を悠々と歩くエウリアスに、タイストが項垂れて額を押さえる。
「……エウリアス様。」
普通、こういった騒ぎに貴族が首を突っ込むことはない。
人をやるなり何なりして、報告を受けるだけである。
エウリアスが野次馬の先頭に来ると、何が起きているのかが一目で分かった。
騒ぎの中心は、学院生の女の子と、中年の男性だ。
女の子の腕を掴み、引っ張って行こうとする男性が声を荒らげる。
野次馬は、そんな二人を遠巻きに見ていた。
中年の男性は、黒髪で、やや筋肉質。
ただ、身長はエウリアスよりも少し小さいくらいか?
女の子も黒髪で、髪型はポニーテールにしている。
ぱっちりとした目に、茶色の瞳。
小柄な割に、胸のあたりが結構大き…………げふんげふん。
「いい加減にせんかっ! 我が儘ばかり言いおってっ!」
「いやっ! 放してっ! 放してよっ!」
女の子は必死に抵抗するが、男性の力には敵わない。
男性が引っ張っていく先には、一台の馬車が停められていた。
(野次馬も邪魔だけど、あの馬車も通行の妨げになっているのか。)
道を塞ぐ位置に停められた馬車。
そして、客車のドアが開いていた。
ぱっと見で考えられる状況としては、何らかのトラブルがあり、男性は女の子に用があった。
一度は馬車に乗せたが、現在の場所で女の子が馬車を下りてしまった。
そこで男性も慌てて下り、女の子を馬車に連れ戻そうとしている。
といったところか。
(何にせよ、馬車をどかしてもらわないことには、俺も帰ることができないな。)
やるべきことが定まり、エウリアスは女の子と男性に近づいた。
「ちょっと失礼。二人とも、一度落ち着かれてはどうかな? 通行の妨げになっているようだし、あまり往来で騒ぐのは……。」
「いいから来るんだっ!」
「いやよっ!」
エウリアスが声をかけるが、二人は聞こえていないようだ。
「あー……、もし? ちょっといいかな? こんな所では、落ち着いて話も――――。」
「煩いっ! 部外者は黙ってろっ!」
「なっ!?」
エウリアスがやんわりと声をかけると、興奮した男性は振り向くこともなく怒鳴った。
それを聞き、タイストが腰の剣に手を伸ばした。
「待て待て、タイスト! そこまでしなくてもいい!」
「しかし、エウリアス様っ!」
貴族に向かって怒鳴りつける平民。
その場で斬り捨てられても、文句を言うことさえ許されない所業だ。
だが、女の子の方はエウリアスに気づいたようで、一瞬で青褪めた。
「お……お貴族様……っ!」
その女の子の様子に気づいたのか、興奮していた男性が恐るおそる振り向く。
そうして、女の子と同様に青褪めるのだった。
「もっ、申し訳ございませんでしたっ! どうかっ、どうかお許しくださいっ!」
男性と女の子は、その場で平伏して赦しを請う。
「許されるわけがなかろう! こちらの御方は――――!」
「まあまあ、そう言うなタイスト。間違いは誰にでもある。」
「たとえ間違いでも、赦されることと赦されないことがあります!」
先程の男性の態度に、タイストはすっかり頭に血が上ってしまったようだ。
エウリアスは男性の前に行くと、自分も膝をつく。
「こんな往来でそこまでしなくてもいい。顔を上げなさい。」
「い、いえっ! 本当に申し訳ございませんでしたっ!」
男性と女の子を起こそうとするエウリアスだが、二人は頑なに頭を下げ続ける。
(ていうか、俺がやらせてるようにしか見えないから、まじでやめて……。)
未だ野次馬はあり、どう見ても平民をいたぶる貴族の図だった。
野次馬たちが、ひそひそと話をしているのが見えるだけに、居た堪れないものがある。
「それよりも、まずは馬車を移動してもらえないか? 他の馬車が出られなくて困っているようだ。」
エウリアスがそう言うと、男性も自分のしでかしていることに思い至ったのか、愕然としながら馬車を見た。
エウリアスは立ち上がると、パンパンと手を叩く。
「さあ、みんなももう解散してくれ! 一先ず騒ぎは終わりだ! 詰まってる馬車を通すから、道を開けてくれ!」
そう高らかに声をかけると、野次馬はすぐに動き出した。
「貴方も、御者に言って馬車を動かすんだ。一旦、あの辺りにどかすのがいいだろう。」
「は、はひ……っ!」
男性は慌てて馬車に向かうと、御者に言って馬車を移動させる。
ようやく、渋滞していた馬車が少しずつ動き出した。
それからエウリアスは、男性と女の子を自分の馬車に呼び、話を聞くことにした。
「…………エウリアス様、何でこんなことに首を突っ込むんですか。」
タイストが心底呆れたように言うが、それはスルーしておく。
(だって、ちょっと気になるじゃん。)
怯え、震えながらついて来る男性と女の子に、エウリアスは振り返って微笑みかける。
しかし、二人にはまったく効果がなかった……。
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