第32話 リフエンタール流剣術
騎士学院。
その名が示す通り、騎士を養成するための機関である。
となれば、当然ながらその
しかしながら、入学してくるのは大半が平民の子だ。
そうすると「これまで
そのため、素振りやごく簡単な型の練習から始まるのは、言うまでもないだろう。
エウリアスは現在、そんな型をルクセンティアと向かい合って、練習していた。
中段で二合打ち合い、下段で二合打ち合う。
その後に薙ぎ払いを受け、次は薙ぎ払いを繰り出す。
そんなのを、ゆっくりとした動きで延々と繰り返す。
「…………ユーリ様。真剣にやって。」
微妙な表情で型の練習をするエウリアスに、ルクセンティアが注意をする。
「ごめん、ティア……。」
エウリアスは素直に謝るが、心中は複雑なものがあった。
すでに実戦も経験しているエウリアスが、基礎の練習を疎かにしている、というわけではない。
基礎は大事だ。
だからこそ、毎朝早起きをして練習もしている。
だが、残念ながら騎士学院で教える剣術は、エウリアスの習った剣術とは違うのだ。
そして、帯剣の許可を得たと言っても、授業で真剣を使えるわけがない。
そのため、手にしている剣も、授業の始めに配られるごくごく標準的な剣だった。
そうするとどうなるか。
いつもと違う剣を持ち、いつもと違う動きを繰り返すことになるのだ。
エウリアスは自分の中で、未だに師匠の剣が身についたとは思っていない。
それなのに違う流派の練習などをすれば、自分の中の理想の動きからさらに遠ざかることになる。
それが分かっているため、複雑な心境になってしまうのだ。
ちなみに、ルクセンティアもトレーメルも剣術を修めている。
二人の修めた剣術は、リフエンタール流剣術と呼ばれる、王国で広く普及している剣術だ。
そしてそれは、騎士学院の授業で習う剣術と同じである。
つまり、二人にとっては基礎の基礎をおさらいしている、という感じの授業内容だった。
「そもそも、どうして違う剣術なんて習ったのよ。伯爵家なのに。」
「しょうがないだろ……父上が招いた剣術の師匠が、違う流派だったんだから。」
「で、その師匠もいなくなってしまって、これまで習ったことを繰り返すしかない、と。」
「うう……。」
これも当たり前の話ではあるが、エウリアスの屋敷にいる騎士たちも、リフエンタール流剣術である。
つまり、エウリアスだけが他流派なのだ。
「ユーリ様の流派、何て言うの? ……いっそ、リフエンタール流に乗り換えちゃえばいいじゃない。」
「なんてことを!?」
目を剥いて抗議するエウリアスに、ルクセンティアがにっこりと微笑む。
「フフ……良ければ、私が教えてあげるわよ?」
「――――ッ!?」
ルクセンティアに微笑まれ、エウリアスがドキリとする。
そうして、受け方を間違えてしまった。
「あ
「もう、何やってるのよ。」
ルクセンティアの薙ぎ払いが当たってしまい、エウリアスが腕をさする。
ゆっくりとした動きで練習しているだけなので、本当に痛いわけではないが。
「こら、ユーリ。もっと気を引き締めろ。」
そこに、休憩していたトレーメルが声をかけてくる。
「ユーリの腕は、すでに実戦でも通用するレベルではあるが、基礎を疎かにしてはだめだぞ。」
「そんなつもりはないんだけど……。」
現在、エウリアスは授業で使う剣だけでも、
普段愛用している長剣と、長さや重心のバランスの近い物を使えば、感覚が狂うのを最低限で抑えられる。
そのための模造剣を鍛冶屋に発注もしており、ゲーアノルト経由で学院に申し入れているところだった。
「メル様、交代してもらってもいいですか?」
「ああ、次は僕がユーリを鍛え直してやろう。」
「はい、お願いします。ビシビシ鍛えてあげてください。」
「あの…………そういう授業じゃないよね?」
リフエンタール流でエウリアスを鍛え直そうと結託するトレーメルとルクセンティアに、エウリアスが顔を引き攣らせる。
そんなエウリアスを見て、ルクセンティアが溜息をつく。
「…………の時は、ちょっと格好良かったのに……。」
ルクセンティアが、去り際に何かを呟く。
「何か言った? ティア?」
「何でもないわ。よそ見してると怪我するわよ、ユーリ様。」
エウリアスは首を一つ捻り、それからトレーメルと向き合った。
「さて、それではやるか。早く構えろユーリ。」
「はい、よろしくお願いします。」
エウリアスは一礼して、中段に構えた。
そうして、先程やっていたのと同じ練習を繰り返した。
「そう言えば、エウリアスは聞いたか?」
軽く剣を合わせながら、トレーメルが声をかけてくる。
「何を?」
「ツィラー男爵家の騒動だ。」
エウリアスが訝し気な顔になると、トレーメルが苦笑した。
「ユーリは、王都の別邸ではなく、郊外に屋敷を借りているのだったか。それでは、情報に疎くても仕方ないか。」
「…………?」
トレーメルの言っていることが分からず、エウリアスはますます怪訝そうな顔になる。
そこで、トレーメルが声を落とした。
「一年くらい前からか。貴族家の屋敷で、不審な亡くなり方をする使用人が時々いてな。」
「不審……ですか?」
「ニ~三カ月に一度くらいの頻度で、そんな話が持ち上がるんだ。昨夜は、それがツィラー男爵家の屋敷で起きたわけだ。」
ニ~三カ月に一度。
なかなか微妙な頻度だ。
「…………偶然?」
「かもしれん。」
トレーメルも、たまたまである可能性は否定しないらしい。
「だが、変な影を見たとか言う話もあるようでな。ユーリも気をつけるがいい。」
「それは…………どう気をつければ?」
エウリアスがそう言うと、トレーメルが笑った。
「確かにな。ほとんどの者が、ただの偶然だろうと考えている。…………しかしな。」
トレーメルは、何か引っかかるものを感じているようだ。
「教えてくれてありがとう。父上に言って、少し調べてもらうよ。」
「ラグリフォート伯爵は、今王都に来ているのか?」
「うん。いきなり来るものだから、何事かと思ってびっくりしたよ。」
そんな話をしながら剣の練習をし、ルクセンティアと交代してもらった。
「お疲れ様です、エウリアス様。」
タイストから差し出されたタオルを受け取り、軽く汗を拭く。
エウリアスの学院内の護衛は、基本的にタイストともう一人という組み合わせで行うことになった。
タイストは、学院内でエウリアスを呼ぶときは、「坊ちゃん」ではなく「エウリアス様」と呼ぶようにしているらしい。
呼び分けるとか、大変だろうに。
「…………タイストは、ツィラー男爵の話は聞いた?」
「ツィラー男爵? いえ、何かありましたか?」
エウリアスは、先程トレーメルから聞いた話をタイストに伝えた。
「偶然って言えば、偶然っぽいですが……。何をもって『不審な亡くなり方』としているのか分からないと、何とも言えないですね。」
「うん。俺も、ちょっとこの話だけだと、どうにも判断しようがないと思う。」
そこで、タイストを真っ直ぐに見た。
「普段王都を離れている父上も、もしかしたらご存じないかもしれない。伝えておいてもらえないか?」
「分かりました。人を出しておきます。」
「できれば、少し情報を集めて欲しいと、父上に言っておいて。」
「はい。」
王都には、多くの人が暮らす。
極端な言い方をすれば、不審死など毎日どこかで起きているだろう。
そして、貴族家には多くの使用人が住み込みで勤めている。
これも極論になってしまうが、毎日のようにどこかの貴族の屋敷では、使用人の誰かが亡くなっているだろう。
理由は病気や怪我かもしれないし、事故かもしれない。
ただ、それくらい使用人というのは多くいるのだ。
その中に、時々不審な亡くなり方をする使用人がいても、不思議でも何でもない。
ただ、エウリアスは
(…………然程不思議でもないことが、なぜか噂になった。)
噂には、当然ながら出所がある。
意図的にしろ、自然発生的にしろ、だ。
(誰かが意図的に流したのなら、噂を流した理由があるはずだ。)
そして、もし自然発生的に噂が広まったのだとしたら、何か理由があるかもしれない
噂が発生するきっかけ。
不審の一言では片付けられない、何か。
「気にしすぎかな?」
そう呟き、エウリアスは水袋を貰い、乾いた喉を潤すのだった。
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