第30話 現王派と革新派




 父ゲーアノルトの心にある計画を知り、エウリアスはそっと溜息をついた。


 ゲーアノルトの考えも分かるが、それはエウリアスの思い描く未来とは違うものだった。

 ただ、ゲーアノルトが胸のうちに抱えるものを思うと、無闇に反発する気も起きなかった。

 それは、姿だったからだ。

 これに反発したくなる、エウリアスの方がおかしい。


 ゲーアノルトは、少々温くなり始めたお茶をグイッと飲み干した。


「…………まあ、まだ先の話だ。すぐにどうこうというものではない。だが、憶えておきなさい。」

「はい……。」


 今すぐ、エウリアスに何かしろということではない。

 今は騎士学院に通い、無事に修了することがもっとも大事なことだ、とゲーアノルトは言った。


「学院内で、殿下やホーズワース公のお嬢さんの護衛が増やされたことは、気づいているか?」

「ええ、まあ。」


 これまで、トレーメルには四人の護衛騎士が付き、ルクセンティアにも二人ほど護衛騎士が付いていた。

 だが、襲撃事件を境に、護衛騎士が増やされていた。

 直接、傍に控える護衛騎士の数は変わらないが、近くの廊下などに待機する騎士が置かれるようになったのだ。


「エウリアスにも、護衛騎士を付ける許可をいただいた。帯剣も許可されることとなった。」

「えっ!?」

「なぜ驚く。お前も襲撃された側だろうに。」

「それはそうかもしれませんが……。うちは伯爵家ですよ?」


 エウリアスがそう言うと、ゲーアノルトが呆れたような顔になる。


「伯爵家だから何だ。大事な跡継ぎが賊に襲撃されたのだぞ? 第八王子や三女とはわけが違う。」


 王家や上級貴族家は縁者でも認められ、貴族家では嫡男でも認められない。

 平時ならそれも我慢するが、すでに事件が起きてしまった。

 非常時まで、そんなことを受け入れられるか、とゲーアノルトが強い口調で言う。


「私が王都にいれば、すぐにでも申し入れていたところなのだがな。手紙を読んで急いで来たが、時間がかかってしまった。すまんな。」


 きっと、いくつもの予定をキャンセルして、駆けつけてくれたのだろう。

 エウリアスは、ゲーアノルトに頭を下げた。


「すみません、父上。ありがとうございます。」

「お前が謝ることじゃない。私は、当然のことをしているだけだ。」


 そこで一度話を区切り、女中メイドを呼ぶ。

 新たにお茶を淹れてもらい、話を再開した。


「実のところ、エウリアスが護衛や帯剣の許可を得られたのには、少々事情があるのだ。」

「事情、ですか……?」

「そうだ。今回襲撃された班には、王家、ホーズワース公爵家、そしてラグリフォート伯爵家の者がいた。」

「はい。」

「これらの共通点に、お前は気づかなかったか?」

「共通点ですか?」


 ゲーアノルトから投げかけられた問いの意味を、エウリアスは考えた。

 しかし、特にこれといった共通点は分からなかった。

 エウリアスは、賊の目的を「トレーメル」若しくは「トレーメルとルクセンティア」と捉えていた。

 二人は、王家と名門公爵家だ。

 エウリアスも具体的なことは分からないが、政治的な意図が絡んでいそうだとは思った。


 しかし、ここにエウリアスを含めると、途端に分からなくなる。

 こう言っては何だが、ぶっちゃけラグリフォート伯爵家だけ家格が下がりすぎる。

 エウリアスが首を振ると、ゲーアノルトが考えを話してくれた。


「これらの家の共通点に、『現王派』というのがある。」

「現王派……。」


 聞いたことはある。

 伝統を重んじ、現王を支える貴族たちを、こう呼んでいた。

 それに対し、伝統を変えても、柔軟な考えによって王国をより良くしていこう、というのが『革新派』と呼ばれる一派だ。


 主流派は、現王派だ。

 王国貴族の中で、半数近くは現王派と言われている。


 革新派は、おおよそ三分の一ほどだと言う。

 残りの貴族たちは現王派に近いが、個々の議題で革新派の意見に賛同することもあるそうだ。


 ゲーアノルトが苦し気な表情で、腕を組む。


「王国の法は、多数決で決めているわけではない。これは知っているな?」

「はい。貴族の意見を聞き、国王陛下の裁可によって発効されます。」

「そうだ。とはいえ、多くの貴族の意見を跳ね除け、少数の意見ばかりを聞き入れれば不満が募る。そのため、多くの意見をまとめた方が、陛下の裁可を得やすいのは事実だ。」


 ゲーアノルトの話に、エウリアスは頷く。

 これは、家庭教師から習ったことのある、立法権の話だ。

 司法権や行政権とともに統治権に含まれ、国王陛下が総攬そうらんする。


 領主にも、領地にのみ適用される領法を定める自主立法権が与えられるが、国王陛下の立法権の方が当然ながら上位になる。

 そのため、仮に国法と領法で真逆の内容を定めた場合、国法が優先されて領法は無効となるのだ。


「多くの場合、現王派である我々の意見が通る。だが、稀にが革新派の意見に同調する。家督承継の条件から『騎士学院の修了』が外されたのは、まさにそうした例だ。」


 ゲーアノルトが、憎々し気に言った。

 どうやら、個々の議題で革新派に賛成することのある貴族を、ゲーアノルトは日和見と看做しているようだ。


(…………俺も、いいと思える意見なら、革新派の意見でもいいじゃんとか思っちゃうんですけど。)


 しかし、これを言うとゲーアノルトからお叱りを受けそうだ。

 お前も日和見か、と。

 エウリアスは余計なことは言わず、黙っていることにした。


「これらを踏まえ、先の襲撃事件を考える。現王派のホーズワース公爵家の者が、トレーメル殿下とともに襲われた。そこには、ラグリフォート伯爵家の者もいた。」

「はい……。」

「さらに言うと、今回の襲撃を画策したとされるタンストール伯爵家も、現王派に属するのだ。」

「タンストール伯爵家もですか。」


 バルトロメイの家も、現王派だったらしい。

 ゲーアノルトが、厳しい目でエウリアスを見た。


「もし仮に、すべてが上手くいったとしたら、どうなっていたと思う?」

「どうって……。」


 エウリアスは、残念ながらここにはいないだろう。

 トレーメルとルクセンティアもそうだ。

 で、バルトロメイだけは生きているってことか?


「…………なんか、革新派が怪しくないですか?」

「確かに、今だからそう見えるな。しかし、あの襲撃だけで計画がすべてではなかったとしたら?」

「すべてじゃ、ない?」

「まず、タンストール家は無関係ということになる。そもそもその場にはおらず、裏の動きも見えていないのだから。」

「あー……確かにそうですね。」


 そうなると、なぜか使うはずのないチェックポイントに、エウリアスたちの死体が転がっていた、という結果だけになる。

 当然、エウリアスに渡された地図は回収され、ごく普通のチェックポイントだけが記された地図が残されるだろう。


「そこで、ちょっとした噂をそれぞれに流すのだ。これを画策したのはトレーメル殿下だ、若しくはホーズワース家だ、とな。」

「父上…………いくら何でも、誰も信じませんよ、そんなの。」

「勿論、信じはしないだろう。私だって信じないさ。」


 しかし、後々にそれを証明するような証拠が出てきたら?

 当然ながら、そんなのは捏造だ。

 それっぽい物をいくつか用意し、ほとぼりが冷めた頃に、思い出したようにポンと手元に届く。

 そんなことが、何年も続いたら?


「襲撃の理由も、適当でいいのだ。トレーメル殿下がルクセンティア嬢を襲おうとしたとかな。そんな噂を、消えないように燻らせ続ける。何年も、何年も……。」


 エウリアスはぞっとした。

 どれほど強靭な精神力の持ち主でも、絶対に揺らがないとは言い切れないだろう。

 愛する家族を失った悲しみにつけ込む、卑劣極まりない計画だった。


「この一事だけで、何かを成そうというものではないだろう。ただ、ほんの少し、僅かに傷をつけるのだ。王家と、ホーズワース公爵家の間に。」

「……………………。」


 それは、本当に些細な傷だろう。

 しかし、抉るための確実な目印となり、いつか決定的なくさびを打ち込むための布石。


 エウリアスは、ごくりと喉を鳴らした。


「父上……その計画に、ラグリフォート伯爵家うちがどう関係してくるのですか?」

「お前はたんに巻き込まれただけだろう。数合わせだな。」


 エウリアスはずっこけた。


「ちょっ……父上!?」

「仕方あるまい。それが、今のラグリフォート家の立ち位置だ。」


 ゲーアノルトが、事も無げに言う。


(そりゃあ、王家や名門貴族家と比べたら、伯爵家うちなんか路傍の石も同然だろうけどさぁー。)


 エウリアスは、ソファーにポテッと倒れ込み、やさぐれた。


「……それでも、裏で絵を描いた連中としては、巻き込みたい対象だと思われたのだろう。エウリアスは嫡男だ。私も、現王派としては固い方だと思われているだろうからな。」


 だからこそ、わざわざ担任教師にトレードさせ、同じクラスに集めた。

 ホーズワース公爵家のついでかもしれないが、ラグリフォート伯爵家も揺さぶっておこう、と。


「まあ、こんなのはただの憶測に過ぎないが、憶えてはおきなさい。こちらに心当たりがなかろうと、相手もそうだとは限らないのだから。」

「はい……。」


 エウリアスは身体を起こし、ゲーアノルトを真剣な顔で見る。


「父上。これを画策した者に、見当はついたのですか?」


 しかし、ゲーアノルトは首を振った。


「分からんようだ。しかし、この計画の悪辣なところは、これだけではない。」

「これだけじゃない?」

「画策した者は、失敗してもまったく痛みがない。それどころか、加害側にタンストール伯爵家の者が関わっていたということで、現王派としてはそれだけで打撃だ。」


 裏で糸を引いていた者からすれば、バルトロメイの計画が成功しようが失敗しようが、どちらでも良かったのだ。

 どう転んでも現王派にダメージを与えることができる。

 ゲーアノルトが『悪辣』と評した理由がよく分かった。


 これだけの事件だ。

 いくらタンストール伯爵本人や、嫡男が襲撃事件に関わっていなくても、お咎め無しなんて話になるわけがなかった。

 貴族家の縁者による、王族への襲撃事件。

 その罰は、当然ながら当主にも及ぶことになった。


「本来なら、家は取り潰し。一族郎党斬首が相当だ。」

「はい……。」

「しかし、今回は明らかに裏で操っていた者がいた。お前が耳にした『次男バルトロメイが家を継ぐ』という、荒唐無稽な妄想を吹き込み、信じ込ませた者がいるのだ。」


 そして、バルトロメイを殺害し、口封じまでした。

 それでも伯爵は責任を免れないとして斬首が決まったが、家督を嫡男に承継することは許された。


「かなりの温情ですね。……タンストール伯爵家にとっては、とんでもない災難でしょうけど。」

「実際、取り潰せという声が多かったそうだ。主に、革新派からな。」


 今回の事件は、発生直後から箝口令が敷かれたが、どこかから聞きつけた一部の貴族が騒ぎ出した。

 まだ一般には公表されていないが、王都に詰める貴族なら、ほとんどが知っているという事態になったらしい。


 そうして事件を知った貴族の意見は、真っ二つに割れた。

 現王派が温情を求め、革新派が厳格な罰を求めるという、ねじれ状態になったそうだ。

 本来なら王族への加害という大罪に対し、現王派こそが厳格な罰を求めそうなものだが、派閥の影響力の低下を怖れて温情を求めたのだ。


 ゲーアノルトの話を聞き、エウリアスは肩を竦める。


(はぁ…………政治って面倒くさいね。)


 そんなことを思ってしまう、エウリアスなのだった。




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