第28話 父、襲来
ある日、エウリアスが学院から戻ると、出迎えた執事のステインが強張った表情をしていた。
「お帰りなさいませ、エウリアス坊ちゃま。」
「ただいま。…………どうかした?」
エウリアスが尋ねると、ステインが姿勢を正す。
そうして、真剣な面持ちで伝えた。
「旦那様がお見えでございます。」
エウリアスの頬が引き攣った。
ステインに案内させ、エウリアスはすぐにこの屋敷で最上級の
「お久しぶりです、父上。突然どうされたのですか?」
「戻ったか、エウリアス。」
ゲーアノルトは、テーブルやソファーに資料を広げていた。
「ちょっと待て、すぐに片付ける。」
「……はい。」
まだ二カ月も経っていないが、父の姿にエウリアスは内心焦りまくっていた。
(いきなり、何の前触れもなく押しかけるなんて……。)
ラグリフォート伯爵領から王都まで一週間。
あの忙しいゲーアノルトが、わざわざ足を運んだのだ。
別件のついでに寄った、という線もあるが、何かあったのだろうか。
ゲーアノルトは資料を片付けると、立ち上がった。
「お前の部屋に案内してくれ。」
そう言われ、エウリアスは自室に案内する。
「こちらです。」
エウリアスは、ゲーアノルトを部屋に入れた。
五部屋をぶち抜き、超がつく一級品に溢れた、分不相応な部屋。
しかし、ゲーアノルトは部屋を見渡すと満足そうに何度か頷き、ステインを見る。
「なかなかに良い部屋だ。」
「有難うございます。」
ゲーアノルトの誉め言葉に、ステインが一礼した。
そんなゲーアノルトの様子に、むしろエウリアスが困惑する。
(この部屋が、『なかなか良い』だって!?)
エウリアスからすれば、この部屋は「贅沢にも程がある」だ。
無駄遣いしおって、と叱られてもおかしくない。
それなのに、ゲーアノルトは褒めた。
つまり、この部屋はゲーアノルトの意に適っているのだ。
(ポーツスの暴走かと思ったけど、そうじゃなかったのか……。)
屋敷の手配を最終的に任されたのは、老執事のポーツスだ。
ゲーアノルトが潤沢な予算を提示したのをいいことに、勝手に高級品を集めたのかと思ったが。
(……あのポーツスが、そんなことをするわけがなかったか。)
ステインもポーツスも、ゲーアノルトの指示でこの部屋を用意したのだ。
エウリアスはソファーにゲーアノルトを案内し、
「エウリアスと話がある。呼ぶまで誰も入るな。」
ゲーアノルトは、護衛騎士とメイドに退出を命じた。
突然やって来て、人払いをしての話。
いよいよ何があったのか、とエウリアスは緊張した。
「入学早々大変だったな。しかし、良くやった。…………
エウリアスが内心身構えていると、ゲーアノルトが褒めた。
「陛下やホーズワース公爵から突然感謝の手紙が届き、何事かと思ったぞ。」
そう、苦笑した。
どうやら、トレーメル殿下襲撃事件のことについてのようだ。
エウリアスは、第八王子であるトレーメルの窮地を救った。
そこには当然、褒賞というものがついてくる。
しかし今回、エウリアスは何も褒賞を受け取っていない。
これには伯爵家嫡男というエウリアスの立場。
また、第八王子というトレーメルの立場。
そして、貴族制度そのものが関わっている。
まず大前提として、貴族が王族のために戦うのは当然なのだ。
そのために、爵位を与えていると言ってもいい。
エウリアスが嫡男でなければ、もしかしたらゲーアノルト経由で何か褒賞を授かったかもしれない。
しかし、エウリアスは嫡男。
その手柄はラグリフォート伯爵家のものと看做され、それはつまりラグリフォート伯爵、要は父ゲーアノルトのものだ。
当主に準じる扱いをされる嫡男という立場が故に、感謝はされても、エウリアス個人に国が何かを授けるということはなかった。
それに加え、救ったのが
こう言っては何だが、王家からしたら第八王子の重要度は、そこまで高くないのだ。
万が一があっても「ああ、そうか」で済んでしまう立場。
今回もっとも重要な点は、「王族への危害に及んだ」という一点。
これを決して見逃すな、というのはトレーメルも言っていたが、トレーメルが特別に国への忠誠が高かったわけではない。
王族にも序列がつけられており、『トレーメルへの危害』と『王族への危害』という天秤では、後者の方がより重く捉えられた。
もしも救った相手がトレーメルではなく、国王陛下や王太子殿下であれば。
そして、エウリアスが平民であったなら。
いきなり男爵あたりに叙爵されてもおかしくない大手柄だ。
しかしエウリアスは伯爵家嫡男であり、トレーメルは第八王子。
そのため今回は、ラグリフォート伯爵家の、王家への貢献の一つとされた。
ゲーアノルトは背筋を伸ばし、真っ直ぐにエウリアスを見る。
「私は商談で領地を少し出ていてな。戻ったら『国王陛下と公爵からの手紙が届いている』と言うじゃないか。……正直、あの時は寿命が縮むかと思ったぞ。」
あまり社交に顔を出さないゲーアノルトは、王家や上級貴族とは関りが薄いらしい。
勿論、最低限の社交はこなすし、社交の時期には登城もする。
しかし、ゲーアノルトにとって、社交はあくまで営業の場。
仕事上の調整や商談のためには行くが、それ以外にはあまり出ていない。
「先に王城に行き、
「まあ、あの状況では他に選択肢はありませんでしたから。」
「それでも、エウリアスが立ち向かってくれたことを、誇りに思うぞ。」
手放しに褒められ、エウリアスが少しもぞもぞする。
ここまで褒められることなど、ほとんどなかったからだ。
きちんと課題をこなして褒められても、その後に「もっと貴族らしくしろ」というお小言が付け加えられるのが常だった。
エウリアスが、にっこりと微笑む。
「では、ご理解いただけたということで、もう騎士学院はいいですよね?」
「何を言っている、馬鹿者。学院は『修了した』という結果こそが大事なのだ。どれだけ優秀であろうと、途中で辞めれば意味はない。」
ちぇっ、やっぱりだめだったか。
まあ、そう言うだろうと思ったけど。
ゲーアノルトが頬を緩め、満足げに頷く。
「まあいい。今回の件で、ラグリフォート伯爵家の序列がいくつか引き上げられることになった。本当によくやったぞ。」
序列というのは、家格に次ぐ、貴族家の上下を決めるものだ
同じ爵位、同じ伯爵家でも、明確に上下が決まっている。
これが序列だ。
この序列は、王家への貢献や王国への貢献で毎年決定される。
そしてこれは、一年間の出来事で決まるものではない。
初代まで遡った、その家のすべての貢献で決定するのだ。
勿論、何十年前、何百年前という古い功績は参考程度に加味されるだけで、ここ二十~三十年間くらいの功績がもっとも大きく影響する。
それでも、やはり古い公爵家は新たに
今現在が、どれほど落ちぶれていても、だ。
つまり、この序列が変動するというのは、貴族家にとっては非常に大きな意味を持つ。
一代で三つも上がれば、子や孫に胸を張って自慢できる。
逆に抜かれた家は、生涯の屈辱にもなりかねないほどだ。
平和な世が続き、大きく序列が変動することがなくなったため、この序列争いに命をかける貴族は多い。
「父上が序列を気にしているとは思いませんでした。あまり社交に熱心ではないようでしたし。」
エウリアスがそう言うと、ゲーアノルトが真剣な表情になる。
そうして、しばらくエウリアスを見つめた。
「…………そろそろ、お前にも話しておいた方がいいかもしれんな。」
その呟きに、エウリアスは訝し気な顔になってしまうのだった。
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