第27話 愛称と敬称




 授業の合間の休み時間。

 いつものようにエウリアスは、トレーメルやルクセンティアと話をしていた。


 ルクセンティアとこれまで以上に話をするようになって、分かったこと。

 ルクセンティアはかなりの堅物で、真面目だ。

 それは、公爵家の令嬢でありながら、騎士学院に通っていることにもよく表れている。


 トレーメルの前では言いにくそうにしていたが、ルクセンティアはかなりの危機感を抱いていた。

 王家の権威の低下と、革新派の台頭に。


「今、各地で領主軍の縮小が進んでいるわ。軍を維持する費用が負担だから、と。この意見の多くが、革新派に属する領主たちよ。」


 地方の領主たちにとって、この負担が非常に重いらしい。

 領地の街道や街の治安は、警備隊が担っている。

 そのため、領主軍の解体までは考えていないが、縮小くらいはいいではないか、と。


「大して使いもしない軍に、あまりお金を使いたくないってのは分からなくもないけど?」


 平和な時代が三百年も続けば、「戦力なんてそこそこで良くね?」と考えるのも頷ける。


「そう思うなら、陛下に爵位を返上するべきだわ。領主は領地と王国を護る義務があるの。義務を果たさず特権だけ享受するなど、領主失格じゃない。」


 エウリアスが革新派に理解を示すと、強烈なカウンターが飛んできた。

 エウリアスが微妙な表情になると、トレーメルが笑った。


「ティアの言うことはもっともだ。領主には、そのために大きな権限が与えられているのだからな。」

「その通りです。」


 トレーメルの意見に、ルクセンティアは大きく頷いた。


「ただ、そうした領主たちの領地は、地方が多い。税収が思うように入らず、やむを得ず削れる費用を削るというのも、理解できる。」


 農作物の不作などで打撃を受け、領地を維持するために借金をする領主もいるのは事実だ。

 トレーメルまで革新派に理解を示し、今度はルクセンティアが渋い表情になった。

 そんなルクセンティアを見て、エウリアスは苦笑する。


(……ルクセンティアは、父上に近い考えみたいだな。)


 エウリアスの父ゲーアノルトも、革新派に危機感を抱いていた。

 革新派は、まだまだ主流というわけではないが、無視できない勢力になっているらしい。

 実際、この革新派の主導で、貴族家の家督承継の条件だった『騎士学院の修了』が取り払われてしまったのだから。


 ルクセンティアが騎士学院に通うことを決めた背景には、こうしたこともあるようだ。

 ルクセンティアは嫡男ではないので、元々騎士学院に通う必要はない。

 だが、騎士学院の存在意義を自ら経験し、王国貴族の「範足らん」と考えていた。


 貴族家の令嬢の定番といえば、「結婚」という政治の道具だ。

 しかし、ルクセンティアはそれを拒否し、自ら王国の剣となろうとしている。


 そんなルクセンティアの話を聞いて、


(さすが戦の女神、マリーアンヘーレ様だ。)


 などと、エウリアスがこっそり感動していたことは内緒だが。


 とはいえ、こんな風に自分の思っていることを話せるようになったことは、エウリアスとしては嬉しかった。

 それでエウリアスも、自分の趣味について、ちょっと口を滑らせてしまったのだ。


 時間のある時は、よく浮き彫り細工レリーフや彫刻を造ったりしているよ、と。


 ……ルクセンティアからの評価は、大変厳しいものになってしまったが。







 伝統とともに、礼儀も重んじるルクセンティアは、最初は愛称で呼び合うことを拒否した。

 また、目上の人に「敬称を付けないなどあり得ない」とも。


 そんな風に礼儀を重んじるルクセンティアだが、前にトレーメルの名乗りを遮ったことがある。

 普通に考えれば、これは大変無礼なことだ。

 それがちょっと気になり、トレーメルが席を外している時に、こそっと聞いてみた。


「…………あれは、国王陛下から頼まれたのです。」

「陛下から!?」


 思いもしなかった重大な話に、エウリアスの声が裏返る。

 ルクセンティアは、少々困ったような顔で教えてくれた。


「初めて顔を合わせた時、同じようなことがあったの。その場には王家の方々や父も同席していたのだけど……。」


 そこでもトレーメルは名乗りを、陛下に注意を受けたらしい。

 そして、もし他でもやらかしたら「止めてくれ」と頼まれたそうだ。

 立場を考えれば、他の誰にも止められないだろうから、と。


 王家とも関係の深い、ホーズワース公爵家の令嬢らしいエピソードではある。

 陛下直々に頼まれるなど、エウリアスなら背筋も凍るような話だが、ルクセンティアはそのめいを今も守り続けているらしい。







 ……と、そんな話ができるくらいに仲良くはなったが、やはり立場上はエウリアスの方が目上にあたる。

 嫡男なので。

 そのため、トレーメルはエウリアスを愛称で呼んだが、ルクセンティアは呼ぶ気がなかった。


 しかし、そこを強引に押し通したのがトレーメルである。


「ティアは少々堅物すぎるな。少しは肩の力を抜くことを憶えた方がよい。」

「そう言われましても……。あと、『ティア』というのはできればやめていただきたいのですが……。」

「形から入るのも悪くない。互いに愛称を呼ぶことで、少しずつでも打ち解けていくべきじゃないか?」

「……………………。」


 なぜそうなるのか、とルクセンティアのじとっとした目がありありと語っていた。

 だが、ルクセンティアも最終的には折れた。

 打ち解けるべきという考えに一理あると思ったのか、たんにトレーメルのしつこさに根負けしたのかは不明だが。


「それでは、これからはメル様、ユーリ様と呼ばせていただきます。」


 愛称で呼んでも、敬称だけは絶対に外さないルクセンティア。

 エウリアスとトレーメルは顔を見合わせ、そんなルクセンティアに苦笑してしまうのだった。




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