第23話 忠誠心とシュプレヒコール
トレーメル殿下襲撃事件から三日が過ぎた。
エウリアスは重要参考人として、王都にある官所に留め置かれていた。
あの日、エウリアスがトレーメル殿下の襲撃を伝えた後、現地の王国軍は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
エウリアスはすぐにバルトロメイを追ってしまったが、王国軍はトレーメル殿下の救出と保護に動いた。
エウリアスの話の真偽は定かではないが、エウリアスがあまりも鬼気迫る状態であり、また
そうして、無事にトレーメルとルクセンティアは王国軍に保護され、
賊が森の中に罠を仕掛け、護衛騎士の半分がやられたこと。
その後に襲い掛かられ、更に二人の護衛がやられたこと。
何とか撃退することはできたが、トレーメル殿下の指示で、エウリアスが賊を追ったことなどだ。
事情の説明がされているため、エウリアスは官所に抑留されてはいるが、何か容疑がかかっているわけではない。
ただ、王族への襲撃事件ということで箝口令が敷かれ、事実関係の捜査をしつつ対応を協議しているらしい。
こうした状況のため、あまりに事情を知り過ぎているエウリアスは、一時期的に自由を制限せざるを得ない、というわけだ。
エウリアスは、捜査に全面協力する姿勢を示していた。
バルトロメイと担任教師の会話。
トレーメルを襲撃した賊の言ったこと。
バルトロメイと対峙した時、話したこと。
同じ班にいた平民たちが、エウリアスに嘘の情報を伝えたこと。
バルトロメイを殺害した者は、残念ながら姿を見なかったことなどだ。
これらの情報も参考にしながら捜査が行われ、その結果や新たに判明したことなどが、王国軍からも情報提供された。
ただし、判明したすべてがエウリアスに開示されたわけではない。
王国軍としては、判明した情報の一部をエウリアスに開示し、関連する何かを引き出せないかと考えているのだろう。
結論から言えば、関係者のほとんどが死亡している。
担任教師、同じ班だった平民組の三人は、事件の翌朝に山中で死体で発見された。
バルトロメイを殺害したのと同じ毒が使われたようだが、この毒自体は非常に珍しく、未知の物らしい。
実行犯である賊もエウリアスが殺害していたため、生き残ったのは賊の最後の一人。
あの、右腕を骨折した賊だけだった。
もっとも、この賊については自白を引き出すだけ引き出したら、斬首されることが決定しているそうだ。
捜査により、バルトロメイを中心にした、担任教師や平民組の三人の繋がりは判明した。
担任は、元々多額の借金をしていたらしい。
バルトロメイは、お金で担任を操っていただけだった。
エウリアスたちと同じ班になった三人の平民は、バルトロメイの同郷だ。
以前、バルトロメイと廊下で話をしているのを見かけた平民が、どうやらこの三人だったようだ。
エウリアスも、しっかり見ていたわけではなかったので、同郷だったと言われるまで気づかなかった。
そして、賊を雇ったのもバルトロメイだった。
さすがに依頼する内容が内容だけに、使用人も使えなかったようだ。
自分で怪しい連中の出入りする場所に出向き、直接交渉したという。
賊も、やばすぎるネタに
一つ目がお金。
かなり吹っかけたらしい、と官吏に教えてもらった。
そして二つ目は、バルトロメイが身分を明らかにすることだ。
尻尾切りされては堪らない、と賊はバルトロメイに身分を明かすように迫った。
交渉は難航したが、バルトロメイも折れるしかなかったようだ。
そして、この賊との交渉自体は、騎士学院入学の一カ月も前に行われている。
担任教師を、お金で手駒にするのも、だ。
なぜ担任教師の交渉時期が分かったかというと、その時期に借金の一部が、大きく返済されたからだ。
返済の際に「返す目途がついた」などという話をしていたことが、捜査で判明している。
つまり、バルトロメイはそんなに前から王都入りし、丸二カ月も水面下で動いていたことになる。
お金で加担した担任教師は、エウリアス、トレーメル、ルクセンティアを同じ班にし、平民組の三人も組ませた。
バルトロメイは疑われないように、無関係を装わせて別の班に配置。
今年は使う予定の無かったチェックポイントを組み込んだ地図を作製し、エウリアスたちの班に渡す。
これが、担任教師の役割。
……と思ったら、実はこれだけではなかった。
何と、エウリアスとルクセンティアを同じクラスに入れたのも、担任教師が入学直前に変更させたようだ。
これは特別なことではなく、「以前〇〇家の縁者を受け持った時、折り合いが悪かったので交換してほしい」なんてのは、教師同士では普通にあることらしい。
入学が迫った時期なのは少し珍しいが、それでもトレードは成立したようだ。
この事実により、エウリアス、トレーメル、ルクセンティアは、バルトロメイによって集められたことが判明した。
そして、自分も同じクラスにさせたのだ。
これについては、理由は分かっていない。
担任教師のことを調べていくうちに、入学直前の時期に変更が加えられた、という事実しか分からなかったからだ。
また、使う予定のなかったチェックポイントに向かう分岐地点には、本来は間違って進まないように立て札が建てられていたらしい。
しかし、この立て札は引き抜かれ、茂みに投げ捨てられていた。
こうなると不可解な点がいくつも浮かび上がってくる。
まず、なぜ一カ月も前にバルトロメイが王都入りしたのか、だ。
様々な工作のためだとは思うが、動きがスムーズ過ぎた。
担任教師が借金をしていることも、なぜ知っていたのか。
王都入りする前から調べて、
次に、資金だ。
担任教師への報酬と、賊への報酬。
この二つだけで、七百万リケルもかかっていた。
しかも、これは前金分だけだ。
財政の苦しいタンストール伯爵家の、それも次男であるバルトロメイが、なぜそんな多額の資金を手にしていたのか。
この資金の入手先も、現在は分かっていない。
また、動機についても不明だ。
はっきり言ってしまえば、バルトロメイがトレーメルを襲撃させて、どんなメリットがあるのか。
死ぬ間際に呟いていた「俺が家督を継ぐ」と、今回の事件がまったく結びつかない。
もし仮に襲撃が成功してエウリアス、トレーメル、ルクセンティアの全員死亡したところで、バルトロメイが家督を継ぐなどあり得ないのだ。
そして、最後に。
バルトロメイや担任教師、平民組の三人を殺害したのは誰か。
また、立て札を捨てた者も分かっていない。
正直、ここまでの話を聞いて、エウリアスは裏でバルトロメイを操っていた者がいたとしか考えられなかった。
資金と情報を提供し、賊への繋ぎ方も教え、…………口を封じた。
もしかしたら、エウリアスたちを同じクラスにしたのも、その裏にいた者の指示だったのではないだろうか。
そうした者がいなければ、今回の事件がバルトロメイ一人で計画されたとは、とても思えなかった。
エウリアスはソファーに座り、足を組んで、優雅に紅茶を一口含む。
そうして、目の前で報告する官吏に微笑んだ。
「私はそう思うのですが、そちらの見解は如何でしょう?」
ティーカップをテーブルに置くと、足を組み替えて背もたれに寄りかかる。
超リラックスモードで、捜査の進展を教えてもらっていた、
ここが、現在エウリアスに与えられた部屋だ。
豪華なベッドもソファーも備え、
騎士に関しては、護衛か監視か微妙な線ではあるが。
エウリアスの屋敷の私室には遥かに及ばないが、めちゃめちゃ好待遇での抑留だった。
まあ、何たって伯爵家の嫡男だし。
王子を救い、賊を捕らえ、画策した者を特定した。
いくら情報漏洩を防ぐためとはいえ、このくらいの待遇でなければ、こちらとしても納得はできないってものだ。
なぜ、俺の自由が制限されなくてはならないんだ、と。
官吏はハンカチで汗を拭い、恐縮したように頷いた。
「こちらも、同じ考えです。正直、バルトロメイ以下、実行犯たちに関しては捜査は非常にスムーズです。証拠なども、簡単に集まりますので。しかし……。」
「バルトロメイの裏には、繋がりませんか?」
「残念ながら、その通りです。」
バルトロメイも、担任教師も、賊も、
そのため、どのように計画が進んでいたのか、その時系列までばっちり追えるらしい。
しかし、最初の最初。
なぜ、バルトロメイがこんな計画を立てたのか。
いつ、どのような理由で。
この部分は、さっぱり見えてこないらしい。
裏でバルトロメイを操っていた者は、相当に慎重な者だったと思われる。
「現在、タンストール伯爵領にも捜査担当の官吏を派遣しています。王国軍もです。ただ、少し距離がありますので……。」
「まだ着きませんか?」
「はい。おそらく今日の夜か、明日の到着になるかと。」
タンストール伯爵領と、ラグリフォート伯爵領は、結構近い。
同じ、王国東部に位置する領地だ。
ややラグリフォート伯爵領の方が、王都に近いだろうか。
そのため、普通に行けば馬車では一週間以上。
捜査のための官吏や軍の部隊はかなり急いでの移動になるが、それでも三日はかかる見通しだ。
エウリアスが内心で溜息をついていると、官吏が恐縮した身体をさらに縮こませ、お伺いを立ててくる。
「あの……エウリアス様。」
「はい、何でしょう?」
だが、官吏は言いにくそうにし、すまなそうな顔になる。
「その……よろしければなのですが、また……お願いできないでしょうか?」
官吏に言われ、エウリアスは呆れた顔になった。
「またですか?」
「え、ええ……申し訳ないのですが。」
「たく…………しょうがないなあ。」
エウリアスはやれやれ……と首を振り、立ち上がる。
「案内してください。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
官吏は恐縮しながら前を行き、エウリアスは後をついて行った。
エウリアスの後ろには、メイドと騎士が付き従う。
そうして廊下を歩いていると、騒ぎが聞こえてくる。
「エウリアス坊ちゃまをぉ、返せえええ!」
「「「返せーーっ!」」」
「坊ちゃんのぉ、不当な拘束を許すなあああ!」
「「「許すなーーっ!」」」
外から聞こえてくるシュプレヒコールに、エウリアスはがっくりと項垂れ、額を押さえた。
「申し訳ありません、エウリアス様。いくら解散するように言っても、聞かないものでして……。」
「……いや、こちらこそ申し訳ない。うちの者がお騒がせして。」
トレーメル殿下襲撃が発覚した後、オリエンテーリングは即時中止となった。
翌日には学院生たちは騎士学院に戻り、解散となったわけだが、エウリアスの屋敷には王国軍からの使者が向かった。
事情は一切説明されず、ただ「エウリアス・ラグリフォートに事情聴取を行う」と。
これに屋敷の使用人たちは驚き、「説明しろ」「できない」「坊ちゃんを解放しろ」「できない」の押し問答になった。
別邸の使用人や騎士にも動員をかけ、実に百人を超える騎士やメイドが、エウリアスの解放を求めて声を上げている、というわけだ。
そして、昨日もこの集会を行っている。
その時に、エウリアスの口から「説明できない事情がある」「俺も納得してここに留まっている」と伝えた。
一旦はそれで解散したのだが、再び今日集まってしまったらしい。
「あっ! あそこっ!」
「ユーリ坊ちゃんだっ!」
集まった使用人たちは、全員が『団結!』と書かれたハチマキやタスキをつけていた。
「坊ちゃんが解放されたぞっ!」
「「「ばんざーいっ! ばんざーいっ! ばんざーいっ!」」」
エウリアスが建物を出て姿を見せると、何を勘違いしたのか、使用人たちが万歳を始めた。
駆け寄る使用人たちをじとっとした目で見て、エウリアスは一言だけ伝える。
「帰れ。」
その言葉に、使用人たちから悲鳴が上がる。
「「「ひぃぃいーーーーーーーーーっ……!?」」」
「そ、そんなぁ!?」
「坊ちゃんっ!?」
そして、集まった使用人たちが怒りに満ちた目で、エウリアスの後ろの官吏や騎士を睨んだ。
「さては、そいつらに脅されているんですね!?」
「なんて奴らだっ!」
もはや、反乱を疑われかねないレベルだった。
何十人という、ラグリフォート伯爵領軍の騎士まで混ざってんだから。
「いいから帰れよ! ただでさえ殺気立ってる時に、何やってんだ!」
エウリアスが大喝すると、使用人たちがしょんぼりする。
事情を知らないのだから仕方のない部分もあるが、王族襲撃事件の直後なのだ。
ぶっちゃけ、本気で王国軍が排除に動きかねない。
「戻る時は遣いを出す。それまでは屋敷で大人しくしててくれ。」
「そんなぁ~……。」
「うう……坊ちゃん……。」
エウリアスの説得に、使用人たちは項垂れ、涙を零す。
忠誠心の高すぎる使用人たちに、大きく溜息をついてしまうエウリアスなのだった。
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