第22話 貴族家嫡男の意地
バルトロメイは大きな体躯を活かし、力の乗った振り打ち下ろし、薙ぎ払いと連撃を繰り出す。
「クッ!」
一撃一撃に、しっかりとした重さがある。
エウリアスは、何とか剣でいなしながら、その攻撃を捌く。
すでにエウリアスは限界が近く、全身が悲鳴を上げていた。
エウリアスの身体には、倒れ込みたいほどに疲労が溜まっている。
山道を一日歩き、賊との戦闘、馬で三時間ほどをかけて、このチェックポイントまでやって来た。
すでに、満身創痍なのだ。
しかし、それでもエウリアスの心は折れない。膝を折らない。
――――絶対に。
「うらあっ!」
「グッ!」
バルトロメイの薙ぎ払いを躱しきれず、エウリアスは剣で受け止める。
だが、その重い一撃に、エウリアスは押し流された。
足をもつれさせながら、それでも倒れることだけは堪える。
「はっはあっ! フラフラじゃねえか? なんてザマだ、おい。無理すんなよ、木こりぃ。」
「フッ……温すぎて準備運動にもならないな。もう少し、気合いを入れてやってもらえるか?」
エウリアスは微笑んで、剣を構え直す。
足の踏ん張りは利かず、剣を持つ手も震えそうだった。
それでも、エウリアスは何でもないことのように微笑む。
『剣を手にしたならば、
それが、師匠の教え。心構え。
どれほどの苦境であろうと、むしろそうした時にこそ、苦しそうな姿を相手に見せてはならない、と。
「強がってんじゃねえよ、木こりがよおっ!」
エウリアスは、もはやバルトロメイの剣を躱すことができず、ひたすら受けるだけになる。
「おらっ! くたばれ! さっさとっ! 死ねよっ!」
「クッ! フッ! グゥ!」
それでもエウリアスは、押し込まれながらも、何とか受けてみせる。
一歩、また一歩とじりじりと下がりながら、倒れることだけは全身全霊を持って拒否する。
「しぶてえんだよっ!」
「ブフッ!?」
剣を受けたところで顔面を殴られ、エウリアスの唇が切れる。
フラフラと後退りながら、それでも何とか倒れることだけは免れた。
「いい加減しつけえぜ。さっさと死ねよ、てめえ。」
エウリアスは口から流れる血を拭うこともなく、真っ直ぐにバルトロメイを見据える。
そうして、微笑みながら剣を高々と掲げた。
ただ一撃。
大上段からの振り下ろしにすべてを賭ける、攻撃特化の構え。
エウリアスの構えを見て、バルトロメイが愉快そうに笑った。
「はっ! 防御を捨てたか! 必死だなあ、おい。」
「お前ごときに防御なんかいるか。殺してやるから、さっさとかかって来い。」
「減らず口を……。」
バルトロメイの目が、スッと冷える。
そうして、身体中に気合を漲らせ、剣を構えた。
エウリアスは、すでに足が震えていた。
頭上に構えた剣を持つ手も、震えてしまっていた。
このまま放っておいても、あと数分で勝手に力尽きて倒れる。
すでに、限界を超えた状態だった。
「くたばれっ、木こりぃぃいいいいいっっっ!!!」
「来いっっっ!!!」
バルトロメイは身体ごと突っ込むように、エウリアスの胸を狙って両手突きを繰り出す。
エウリアスは、その剣をしっかりと視界に捉える。
(引きつけて――――斬る!)
いつも使っている
それでも、何度となく振るうことで、大体の感じは掴めたはずだ。
(ほんの、一瞬。)
いつものタイミングよりも遅らせる。
いつもよりも引きつけなければ、剣の短さでまた空振りしてしまう。
それは、刹那の差だった。
一瞬だけ遅らせはするが、遅すぎればバルトロメイを突きがエウリアスの胸を穿つだろう。
そして、早すぎればまた空振りだ。
エウリアスの視界に浮かぶ、一筋の線。
それを、手に持った剣の長さに修正する。
エウリアスはすべての意識を集中し、その太刀筋を――――掴んだ。
「フッッッ!!!」
自ら一歩を踏み出し、バルトロメイの突きに踏み込む。
エウリアスは大きく踏み込みながら、
バルトロメイの突きは、エウリアスのブレザーを僅かに斬り裂き、胸のボタンを弾き飛ばす。
エウリアスは右手を大きく伸ばし、振り下ろした剣は、バルトロメイの突き出された左手の前腕を斬り落とした。
ザシュッ!
「ぐうぅぅう!?」
バルトロメイが呻き、信じられないような顔で、自分の左腕を見た。
それから、ギロリとエウリアスを睨む。
「きっ、木こりがあぁぁああっ!」
逆上したバルトロメイが剣を振り上げる。
その時――――!
「がっは!?」
バルトロメイは目を見開き、驚愕の表情で膝をついた。
(――――ッ!)
エウリアスは咄嗟に剣を手放し、倒れ込むようにして横へと転がった。
カッ! カッ! カッ!
エウリアスの転がった場所に、次々にナイフが突き刺さる。
転がったまま茂みに身を隠し、エウリアスはナイフが投げられた場所を探った。
(あの辺りか……? おそらく、あの木の上?)
倒れ込んだバルトロメイに視線を向けると、背中にナイフが突き刺さっていた。
ナイフを投げた者は、どうやらバルトロメイの仕込みではなく、別の第三者のようだ。
エウリアスが気配を探っていると、ナイフが投げられたであろう辺りで、何かが動く気配を感じた。
その気配は、ゆっくりと遠ざかる。
そして、消えていった。
(……どうやら、退いてくれたか。)
エウリアスはそっと息をつくと、茂みを出て、慎重にバルトロメイに近づいた。
バルトロメイは目を剥き、鬼気迫る表情で何事かを呟く。
「……ど……して、俺……ま、で……っ。」
背中に刺さったナイフを見ると、刃に赤黒い何かが塗られているようだった。
地面に刺さったナイフを一瞥すると、そちらにも同様の物が塗られている。
(毒……? さすがにこれは助からないか。)
エウリアスは、バルトロメイに声をかけた。
「……やった者に、心当たりはあるか?」
しかし、バルトロメイには聞こえていないのか、変わらずぶつぶつと呟いていた。
目の焦点も合っていない。
死が、迫っていた。
エウリアスは耳を近づけ、バルトロメイの言葉を何とか聞き取ろうとする。
「……おれ……つぐ、はず……なの、に……どう、し……て…………。……いえ、……か、とく……つげ……る……。」
その言葉の意味を考え、エウリアスは眉を寄せてしまう。
(……継ぐ? バルトロメイが…………
まったく意味が分からなかった。
バルトロメイは嫡男ではないし、トレーメル襲撃とタンストール伯爵家の家督相続には、何ら関係がない。
今呟いていることは、事件とは関係のない、バルトロメイの思い残したことであろうか?
「……………………。」
バルトロメイを見ると、もはや呟きは声になっていない。
ただ、震えるように唇が動くだけ。
その時、離れた場所から声が聞こえてきた。
おそらく、エウリアスたちを探しに来た、王国軍の騎士や兵士だろう。
「おーい、ここだー!」
エウリアスは声を上げると、何とか足に力を籠めて立ち上がる。
「おっとっとっと……ぅわっと。」
ドサッ……。
だが、思ったように力が入らず、転倒してしまった
「
力の入らない、震える足をトントンと叩く。
「もう少しの我慢だって。頼むよ。」
そう呟き、足に力を入れると「ふんすっ」と立ち上がった。
これは、エウリアスの意地だ。
如何なる時であろうとも、貴族は貴族。
人前で弱気な姿は見せられない。
「いたぞーっ!」
「こっちだーっ!」
エウリアスは背筋を伸ばし、襟をパンッと正すと微笑んでみせる。
それから、駆けつける兵士たちの方へと歩き出す。
思いもよらぬアクシデントの発生した地獄のオリエンテーリングは、こうして幕を下ろすのだった。
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