第21話 長男と次男
エウリアスは、馬を走らせた。
賊の挙げた名前は、タンストールだった。
タンストールと言えば、タンストール伯爵家。
しかし、タンストール伯爵には何人かの息子がいる。
長男のことはエウリアスも知らないが、次男はバルトロメイだ。
賊に詳しく聞くと、どうやらバルトロメイのことで間違いないようだった。
賊の苦し紛れの自白など、信憑性は疑わしい。
だが、それでもエウリアスはバルトロメイの下へ向かった。
生かしておいた賊は、自分たちで持っていたロープで縛り、転がしておいた。
生きててくれれば、一応は実行犯として証言させることもできるだろう。
その後は斬首だろうけど。
トレーメルには「捕えろ」と命じられていたので、これで命令を守ったことになる。
しかし、襲撃を画策した者が別にいるなら、そちらも速やかに捕えなくてはならない。
(バルトロメイ、どこだ……!)
月明かりを頼りに、エウリアスは馬を走らせた。
エウリアスが辿り着いたチェックポイントは、昨夜泊ったチェックポイントだ。
とりあえず、もっとも近いチェックポイントを目指しただけなので、バルトロメイがどこにいるかは分からない。
「止まれっ! 止まれええええっ!」
エウリアスがチェックポイントに差し掛かると、王国軍の兵士数人が、前方の山道に立ち塞がった。
エウリアスの馬が減速しながら近づくと、兵士たちが緊張し、応援を呼ぶ声が上がった。
それはそうだろう。
今のエウリアスは抜き身の
手にした剣にも、明らかに
そんなのがやってくれば、警戒しないわけがない。
エウリアスは、シャツから
そうしてから、馬上のまま駆け寄る兵士たちに大声で伝える。
「私はラグリフォート伯爵家嫡男、エウリアス・ラグリフォートである! トレーメル殿下が襲撃を受けた! 救援を求む!」
「何っ!?」
「ど、どういうことですか!?」
そうして、トレーメルたちがいるであろうチェックポイントを剣で指し示す。
「あの山の麓辺りにチェックポイントがある! だが、誰もいない無人のチェックポイントだった!」
「た、確かに、その辺りにもチェックポイントに使っていた広場はあります! ですが、そこは今年は使わないはずで……!」
兵士たちも、突然現れたエウリアスの言葉を、信じていいものか迷っているようだった。
いきなり貴族家の嫡男を名乗る者が現れ、それを簡単に鵜呑みにするようでは、警備の兵など務まるわけがない。
それでも、ファミリークレストのネックレスがある分、とりあえず信じようと思う者の方が多いだろうが。
「何者かに仕組まれたのだ! その容疑が、タンストール伯爵家のバルトロメイにかかっている! 火急だ、通せ!」
「し、しかし……!」
エウリアスが兵士と問答をしていると、広場で休んでいた学院生たちが徐々に騒ぎ出す。
何事かと、驚いているのだろう。
そうした学院生たちの中に、一人だけ奥に向かって行く人影を見つけた。
他の学院生たちは馬上のエウリアスを遠巻きに見ているが、こそこそと逃げ出す一人の影。
エウリアスは、その人影を真っ直ぐに見据えた。
「
運良くと言えばいいのか。
どうやらバルトロメイは、このチェックポイントに来ていたようだ。
エウリアスはネックレスをシャツに仕舞うと、馬の腹を蹴った。
ヒヒィーン!
馬が
「ま、待て!」
「お待ちくださいっ!」
馬に跳ねられそうになり、慌てて兵士たちが道を空け、何事かを叫ぶ。
エウリアスは、兵士たちを無視して広場に侵入した。
「逃がすかっ!」
人影は、奥の林に入って行った。
「通せ! 火急だっ、通せっ!」
学院生たちが休んでいる広場を、エウリアスは馬で突っ切った。
馬で林の中に入るが、人影を見失ってしまう。
月明かりもロクにない暗闇では、馬での走行も困難になり、仕方なく馬を下りて奥へと向かった。
林の中を駆けていると、不意に月明かりが大きく落ちている場所を見つけた。
そこだけ、ポッカリと木がないようだ。
エウリアスは予感のようなものを覚え、そこに向かう。
月明かりの中には、一人の男が立っていた。
バルトロメイだった。
(どこに隠していた……?)
ラグリフォート伯爵家の嫡男であるエウリアスでさえ、剣を持参することが許されない。
当然ながら、バルトロメイが剣を持参できるわけがなかった。
エウリアスは、バルトロメイと十メートルほどの距離で立ち止まる。
そうして、剣を向けた。
「大人しく
「…………一体、何の容疑で?」
「言うまでもないだろう。トレーメル殿下襲撃の容疑だ。」
「証拠は?」
「証言がある。実行犯を捕らえたからな。」
エウリアスが言うと、バルトロメイが笑った。
「はっはあっ! それで? 殿下の襲撃するような悪党が、俺の名前を挙げたのか?」
「そうだ。」
「冤罪に決まってんだろう! 適当に
そう、エウリアスを馬鹿にしたように嗤う。
「申し開きは裁判で言え。」
「冗談じゃねえ。やってもいないことで、何で裁かれなきゃならねえんだ。俺は何もやっちゃいねえ。」
バルトロメイが、唾を吐き捨てる。
「じゃあ、何で逃げた?」
「おっかねえからさ、お前がよお? てめえの姿、見てみろよ。」
そう言って、バルトロメイが肩を竦める。
「証拠はない。賊が俺の名を口走っただけ。それで、俺が犯人だって? 言いがかりはよしてくれ!」
エウリアスは、溜息をつきながら頷く。
「
エウリアスの言葉に、バルトロメイの目が一瞬笑みを孕む。
そんなバルトロメイに、エウリアスは宣告する。
「だけど、それでも俺はお前がクロだと思う。だから、抵抗するなら――――斬る。」
エウリアスの言い分に、バルトロメイが顔をわなわなと歪ませる。
「ふざ……け、やがって……!」
怒りに、身体を震わせていた。
「どこまで、傲慢なんだよっ……!
バルトロメイの目が、怒りに染まる。
真っ直ぐにぶつけられる怒気を、エウリアスは正面から受け止めた。
「もし勘違いだったら、すまない。責任はすべて俺にある。」
そうして、エウリアスは剣を構えた。
「もし間違っていたら、その罪は俺の
「ふざけんなっ! 冗談じゃねえぞ! 死ぬならてめえ一人で勝手に死ねよっ!」
「そんな寂しいこと言うなよ、バルトロメイ。俺も、すぐ逝くからさ。」
そう笑って、エウリアスは一歩を踏み出す。
「だから――――先に逝って、待っててくれ。」
エウリアスの理屈に、バルトロメイは怒りのあまり、拳の震えが止められなかった。
理を度外視し、自分がそう思うから、以外の何物でもない。
「どこまでっ……人を馬鹿にすれば気が済むんだっ、てめえらはよお……っ!」
バルトロメイも、剣を構える。
「長男が、そんなに偉いかっ! 嫡男なら、何でも押し通せるのかっ!」
エウリアスの言い分が、傲慢と言えばその通りだろう。
同じ伯爵家に生まれながら、エウリアスの言葉とバルトロメイの言葉では、重さに天と地ほどの開きがある。
だが、エウリアスもただ賊がバルトロメイの名を挙げたから、疑ったわけではない。
賊の証言は、ただのきっかけに過ぎない。
あの襲撃を仕組むとして、どういった準備が必要だろうか。
同じクラスにいながら、そして同じ貴族家の縁者でありながら、一人だけ別の班になったバルトロメイ。
そして、そのバルトロメイが担任の教師と話をしているのを、エウリアスは耳にしていた。
『…………言われたとお……別の班……して……』
『……あの三人……一緒にな……だな?』
『……地図の……も、準備はできております。』
今年は使わないはずのチェックポイントに誘導した地図。
そして、そこで待ち構えていたように襲撃が起きた。
証拠は、今すぐには出せない。
言った言わない、聞いた聞いてないなどに、大した意味はない。
なので、証拠は後から確認するしかない。
今必要なのは、バルトロメイをここで逃がすわけにはいかない。
それだけだった。
「大人しく縛に就くなら、手荒な真似はしない。だが、抵抗するなら斬るしかない。」
「木こりがあああっ! やれるもんならやってみやがれえっ!」
バルトロメイは憎しみの籠った叫びを上げ、エウリアスに襲い掛かった。
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