第19話 月下の襲撃
危険を承知で、チェックポイントで休息することを選択したトレーメル。
まずは、休息するための準備を進めなければならない。
「では、私は水を汲みに行ってきます、殿下。」
「待て、エウリアス。一人で行動するな。護衛騎士を一人つけて――――。」
二人で組んでの行動を指示しようとしたトレーメルに、エウリアスは首を振った。
「今は、殿下の護衛を減らすべきではありません。」
「しかし……。」
「護衛騎士の六人は、分けてはいけません。すべて、殿下のお傍に。」
エウリアスの意見に、ルクセンティアも頷く。
トレーメルは眉を寄せ逡巡するが、小さく頷いた。
「分かった…………すまない、エウリアス。」
「いえ。それでは、行ってきます。」
エウリアスはいくつもの桶や鍋を抱え、広場の傍を流れる川に下りて行った。
エウリアスが水を汲んで戻ると、トレーメルとルクセンティアの姿がなかった。
座り込んでいる平民組の下に、エウリアスは慌てて向かった。
「殿下は? ルクセンティア様はどこだ? それに、護衛の騎士も。」
エウリアスがそう声をかけると、平民組の一人が顔を上げた。
「……殿下とルクセンティア様は、薪を拾いに行きました。エウリアス様には、こちらで待つようにとの言伝を預かっています。」
「そうか……。」
別の男の子が、川の上流側の林を指さす。
暖を取るための薪を、全員で集めに行ったようだ。
(平民組は動けないし、トレーメルたちが拾いに行くしかないか……。)
護衛騎士に拾いに行かせるのも、護りを減らすことには変わりはない。
ならば、全員で拾いに行くのは、そう悪い手ではないと思えた。
全員が固まっているのなら、この広場でも、林の中でも一緒かもしれない。
そう思い、エウリアスは水汲みを再開するのだった。
川と四回ほど往復し、全員分の水を確保した。
だが、まだトレーメルたちが戻って来ない。
薪が無いため暖が取れず、灯りも確保できずにいた。
「少し遅いな……。私は殿下たちの様子を見に行く。ここで待っていてくれ。」
「…………分かりました。」
平民組に指示し、エウリアスは小走りで林に向かった。
そんなエウリアスを、平民の男の子たちは口の端を上げて見ていた。
「殿下ーーっ! ルクセンティア様ぁ!」
エウリアスは呼びかけながら、林の奥へと進んだ。
すでに日は落ち、月明かりも遮られる林の中は真っ暗だった。
林の中を進むにつれ、エウリアスは嫌な予感を覚える。
(二人に、何か……?)
護衛騎士が六人も付いていれば、あっさりとやられてしまうことはないと思う。
しかし、嫌な予感は膨らんでいく一方だった。
(いくら何でもおかしい。薪を拾うだけで、こんな奥まで来るはずがない。)
方向が、間違っている……?
(まさかっ――――!)
エウリアスは慌てて引き返した。
真っ暗な林の中を、エウリアスは走る。
木の根に躓きそうになりながら、それでも前へと足を押し出す。
エウリアスが林を飛び出すと、剣戟の音が聞こえてきた。
薄暗い、チェックポイントの広場。
座り込んでいたはずの平民たちの姿はなく、エウリアスとは別の方向から、人が飛び出した。
「殿下! お逃げくださいっ!」
「だめだっ! 退け、ルクセンティアッ!」
トレーメルの護衛騎士は、一人だけ。
賊に向かおうとするトレーメルを、何とか逃がそうと引っ張っていた。
そして、ルクセンティアは一人で賊に立ち向かっている。
「殿下っ! ルクセンティアァァアアッ!」
エウリアスは全力で走りながら、叫ぶ。
賊は、遠目に五人。
そのうちの三人の賊を相手に、ルクセンティアは防戦一方だった。
トレーメルたちは、エウリアスとは逆方向に向かってしまっている。
トレーメルと合流するには、ルクセンティアを襲っている賊を片付ける必要があった。
ルクセンティアは下がりながらも懸命に牽制し、賊の動きを抑えていた。
そんなルクセンティアに、賊が突きを繰り出す。
「クッ!」
ルクセンティアは突きを躱すと、そこでバランスを崩してしまった。
別の賊が、そんなルクセンティアに
ガキンッ!
ルクセンティアは体勢を崩しながらも、何とかその剣を受ける。
だが、剣が弾き飛ばされ、完全に倒れ込んでしまう。
賊の一人が、ルクセンティアに向かって剣を振り上げた。
凶刃が、ルクセンティアに振り下ろされる。
「死ねえぇぇえええ――――ぐはっ!?」
ルクセンティアの下に駆けつけたエウリアスは、そんな賊の背中に飛び蹴りを喰らわせた。
背中を蹴られた賊が、ごろごろと転がる。
「エ、エウリアス様!?」
「ルクセンティア、無事かっ!」
エウリアスは、ルクセンティアを庇うように立つ。
そうして、もっとも近くにいる賊に組みついた。
「なっ!? じゃ、邪魔だ、このガキ!」
賊ともみ合いながら、横に並ぶように立つ。
賊の腕に、エウリアスの腕が絡みつく。
「ぐぁぁあっ……てめえ、このっ……!」
「フッ!」
賊から離れながら剣を薙ぎ、首を刎ねる。
エウリアスは即座に別の賊に向かい、大上段から一気に振り下ろす。
ダンッ、と強く踏み込む。
「う、うおっ!?」
賊は頭を守るように、剣を頭上で横に向けた。
スカッ!
しかし、エウリアスの剣は思いっきり空振りした。
「あり?」
剣を横に構え、長さを確認する。
「ったくぅ……短いんだよなあ。」
エウリアスは顔をしかめ、剣に文句をつける。
賊の剣は、ごく普通の剣。
エウリアスの愛用している
エウリアスに斬られそうになった賊が、その隙に体勢を整える。
「び、びっくりさせんじゃねえ! このガキがっ!」
「おっと!?」
振り下ろされた剣を躱すと、賊のがら空きの胸に剣を深々と突き入れた。
「がっ……はっ……!?」
「突っ込んで来てくれるなら、長さはそこまで問題にはならないね。」
エウリアスは剣を引き抜き、残った賊に剣を向ける。
先程エウリアスに飛び蹴りを喰らった賊だ。
賊は、トレーメルとルクセンティアを交互に見た。
だが、悔し気に顔を歪めると、逃げ出した。
「待て!」
「だめっ、エウリアス様! 殿下をっ!」
ルクセンティアに引き留められ、トレーメルの方を見る。
トレーメルには、一人の賊が迫っていた。
護衛騎士が何とかもう一人の賊を防いでいるが、分断されてしまったようだ。
エウリアスはトレーメルに向かって走り出すが、少し距離が空いてしまった。
ルクセンティアとともに、急いで向かう。
エウリアスたちが着く前に、護衛騎士が賊ともつれながら倒れた。
賊はすぐに起き上がったが、護衛騎士は倒れたままだ。
「トレーメル殿下っ!」
「殿下っ、逃げて!」
エウリアスとルクセンティアが叫ぶ。
護衛騎士を倒した賊が、トレーメルに向かう。
「フッ! ハッ!」
トレーメルは賊の剣をよく防ぎ、持ち堪えている。
しかし、そこに護衛騎士を倒した賊が加わった。
賊はトレーメルに何かを投げつける。
「くっ! ……目がっ!?」
護衛騎士を倒した賊は、砂を握り込んでいた。
砂をトレーメルに投げつけ、視覚を奪ったのだ。
「トレーメル殿下っ!」
ザシュッ!
エウリアスの叫びとともに、トレーメルが斬られる。
「ぐぅぅううっ……!? がっ!?」
そこに、更に横腹へと突きを入れられた。
トレーメルが、――――倒れる。
「殿下あああああああっっっ!!!」
「こいつ一人で十分だっ! 逃げるぞっ!」
「チィ! 仕方ねえ!」
二人の賊は、そのまま林の方へ逃げていった。
「トレーメル殿下!」
エウリアスは、トレーメルに駆け寄り抱え起こした。
「殿下っ! トレーメル殿下っ! しっかりしてくださいっ!」
「エウ……リ、アス……。」
トレーメルは、一目見て分かるほどに重傷だった。
すぐに手当てをすれば一命を取り留めるかもしれないが、ここには何もない。
医者もいなければ、治療をするような薬も道具もない。
「トレー、メル……ッ!」
エウリアスは、自らの無力さに、拳を震わせた。
そこに、ルクセンティアも駆けつける。
「エウリアス様! トレーメル殿下は!?」
ルクセンティアの問いかけに、エウリアスはただ項垂れることしかできなかった。
その時、トレーメルを抱えた胸に、固い物が当たっている感触に気づく。
『どんな怪我でもさくっと治る、まあ魔法具みたいなもんですよ。』
『死にかけみたいな大怪我でも治しますが、棺桶から飛び出すってものではないので。死ぬ前に使ってくださいね。』
エウリアスの脳裏に、タイストの言葉が浮かぶ。
エウリアスは慌てて内ポケットをまさぐり、その固い感触を掴み取る。
タイストに渡された木箱。中に入っているのは――――
エウリアスは蓋を開け、震える手で、淡く光る薄緑の
「頼む……っ! 効いてくれっ!」
祈るような思いで腕を振り上げ、トレーメルの胸に突き刺した。
その、瞬間――――。
トレーメルの全身が、薄緑の光に包まれた。
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