第17話 オリエンテーリング2




 オリエンテーリングの四日目。

 ひたすら山を登り、下り、チェックポイントを巡る。


 さすがのエウリアスでも、これは結構きつかった。

 汗を流せない、汚れても汚れっぱなしだ。

 こうした環境になれさせることも、このオリエンテーリングの目的なのだろう。


 戦場という極限状態では、様々な精神的負荷ストレスがかかる。

 そのため、予め経験させて、少しでも軽減させようという趣旨だと思われる。


 エウリアスとトレーメルも、歩きながらほとんど会話を交わさないでいた。

 そんな余裕がないのだ。

 少しでも体力を温存するため、余計な会話を減らし、ただただ足を前に進めた。


 山道の分岐に着き、エウリアスは地図を確認する。

 左に緩やかに登っていくルートと、右に下るルート。

 右の下りのルートは、少し先で斜面がきつくなりそうだ。


「右のルートのようです。」


 エウリアスが地図を確認しながら言うと、ルクセンティアも地図を覗き込み、頷く。


「確認しました。私も右だと思います。」


 ルクセンティアの表情にも、疲労が濃く出ている。

 エウリアスでもきついのに、ルクセンティアは文句も言わずについて来ていた。


 平民の三人組も、かなりきつそうだ。

 彼らは元々貴族たちに怯え、大人しくしていた。

 それが、今はそんな余裕さえない。

 ただただ歩くことにのみ、集中していた。


 トレーメルも頷き、平民の三人組を見る。


「私も右で合っていると思う。お前たちはどうだ。」


 トレーメルに尋ねられた三人は、地図も見ずにただ頷く。

 もう、ただ言われた通りに進むので精一杯なのかもしれない。


「少し行った辺りで、下り斜面が急になっているようです。気をつけてください。」

「ああ、分かった。」

「分かったわ。」


 トレーメルとルクセンティアが返事をするが、平民の三人組は黙っていた。

 そんな三人組を見て、エウリアスは提案する。


「殿下、少し休憩を取りましょうか。」


 急に提案され、トレーメルとルクセンティアが視線を交わす。

 そうして平民の三人を見て、頷いた。


「そうだな。僕もそろそろ休みたいと思っていたところだ。気が利くな、エウリアス。」

「いえいえ。」


 トレーメルのこれは、おそらく嘘だ。

 まだ、昼の休憩からそれほど経っていなかった。

 それでも、エウリアスたちは山道の端に座り込み、少し休憩を取ることにした。


 エウリアスは、相当に疲労の溜まった、平民三人組の限界が近いと感じていた。

 元々、このオリエンテーリングがきついことは分かっている。

 そして、彼ら平民組は何か思っていても、それを発言することができない。

 貴族組に意見する、ということを恐れて。

 もう少し彼らに気を配ってあげないと、いよいよ動けなくなる事態もあり得た。


(これは、俺のミスだな。)


 歩くペースは気を遣っていたつもりだが、エウリアスの予想以上に彼らの消耗は激しかったようだ。

 正規の訓練を受けた兵士たちと、山狩りをした時のようにはいかないことは分かっていたが、それでも見積もりが甘かったようだ。


 エウリアスは、自らの配慮が足りなかったことに、反省するのだった。







 その日の夕方。

 何とか次のチェックポイントに着き、そこで夜を明かすことにした。

 チェックポイントは広場になっていて、他の学院生たちも多い。

 王国軍の騎士や兵士がいるおかげで、ここでなら不寝番を置く必要もなかった。


 ただし、至れり尽くせりで何でも用意されているわけではない。

 薪は自分たちで拾ってくる必要があるし、水もそうだ。

 川があったり樽が置かれたりと、チェックポイントによる違うはあるが、自分たちの分は自分たちで確保する。

 拾った薪で火を起こし、暖を取る。

 これ、本当にオリエンテーリングですか?


「では、水を汲みに行ってきます。」


 エウリアスは休む場所を確保すると、全員の桶やら鍋を集める。

 井戸にあるような大きな桶など持ち歩けるわけもなく、背負い袋に入れたり取り付けられる携帯用の小さな物に、それぞれの水を確保するのだ。

 一度に運べる数は限られているので、数回往復する必要があった


「あ……いえ、僕たちが行きます。」

「いいよ、無理しないで。休んでて。」


 平民組が気を遣ってエウリアスに言うが、それを止める。

 三人は、今日は本当によくここまでついて来れたと思うくらい辛そうだった。

 せめて、少しでも休んで明日に備えてもらいたい。


「それでは、薪は僕たちで集めよう。」

「分かりました、殿下。」


 エウリアスの意図を察し、トレーメルがルクセンティアに提案した。

 ルクセンティアも頷く。


「で、ですが……。」

「できることは、できる者がやればよい。学院で鍛えられれば、いずれは僕よりも体力がつくようになるだろう。その時は、僕に楽をさせてくれ。」


 そう笑って、トレーメルが薪を拾いに行く。

 ルクセンティアもついて行き、護衛騎士たちもぞろぞろとついて行った。

 それを、残されたエウリアスと平民組で見送る。


「殿下の優しさに感謝して、今日はよく休もう。」

「はい……ありがとうございます。」

「いいんだ。じゃあ、行ってくるよ。」

「はい、お願いします。」


 三人が頭を下げるの見て、エウリアスも水を汲みに行った。


(残り二日間。…………何とか全員で乗り越えたいところだけど。)


 厳しいかもしれない。


 一応、このオリエンテーリングはギブアップも認めているが、当然学院は退学ドロップアウトだ。

 このオリエンテーリングを乗り越えるだけの体力と根性が、学院生の最低条件ということらしい。


(できれば、みんなで何とかクリアしたいな……。)


 そんなことを思いながら、薄暗くなった空を見上げるエウリアスだった。




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