第16話 オリエンテーリング1
オリエンテーリングは、まず早朝に学院に集まることから始まる。
学年の半分のクラスが、今日からオリエンテーリングに参加することになる。
残りのクラスは明日、エウリアスたちのように早朝に学院に集まるのだ。
ここから二時間ほどかけて、目的の山脈に向かう。
当然、徒歩である。
「ああ…………面倒だ。」
第八王子のトレーメルが、シャキッとしながら愚痴を零す。
周りに平民たちがいるので、あまりみっともない姿は見せられない。
だが、愚痴の一つも零したくなる。
そんなところだろう。
「さすがに一週間も山に籠ったことは、私もありませんね。一週間通ったことはありますが。」
ラグリフォート伯爵領なら、山なら屋敷の近くにいくらでもある。
毎日のように遊びに行ったこともあった。
「お互いに頑張ろう。毎年ほとんどの者が乗り越えているのだ。我々があまり弱音を吐くのもな。」
「そうですね。」
トレーメルの意見に、エウリアスも頷く。
しかし、すぐにトレーメルが溜息をついた。
「しかし…………やはり面倒だ。」
そんな呟きに、エウリアスは苦笑してしまうのだった。
山の麓に着き、一休み。
すでに班は決まっており、事前に担任より教えられていた。
エウリアスはこの班を何とはなしに予想し、貴族家の縁者は一つの班に集めるだろうと考えていた。
エウリアスやバルトロメイは護衛騎士を付けられないが、トレーメルとルクセンティアには付いている。
勿論、彼らの仕事はトレーメルとルクセンティアを護ることだが、六人もの護衛騎士がいる班は、他よりもはるかに安全だろう。
護衛騎士を付けられないエウリアスとバルトロメイも、その恩恵に与れる、というわけだ。
ところが、この予想は少しだけ外れた。
バルトロメイだけは他の班になっていた。
エウリアスの班は、トレーメル、ルクセンティア、他に平民の男の子が三名。
……という構成になっていた。
「よ、よろしくお願いいたします。」
普段近づくこともしない貴族と同じ班になった、可哀想な平民の三人が挨拶をしてきた。
エウリアスは、意識して明るい表情を作る。
「これから一週間、一緒に頑張ろう。」
トレーメルも頷く。
「意識するな、と言われても難しいだろうが、まあよろしく頼む。」
護衛騎士たちもいるが、当然ながら通常のオリエンテーリングの範囲において、手を貸すことは厳禁だ。
そういったことは、班の中で解決していくことになる。
互いに協力する姿勢を示しておくことが大事だ。
そうして、普段は挨拶さえもロクにしない間柄のため、改めてそれぞれで自己紹介。
とは言っても、簡単に名乗るくらいのものだが。
「もうすぐ、私たちの班のようです。」
スタート地点を見ていたルクセンティアが、準備するように言う。
そうして順番に出発する班が呼ばれ、エウリアスたちの班の番になった。
「こちらをどうぞ。」
担任の教師に一枚の地図を渡される。
ルートは、各班でいろいろだ。
最初に入る山も、スタート地点が麓に三つあり、それぞれのスタート地点から同じように順次出発する。
何でも、このオリエンテーリングのために、昔かなり気合を入れて山を整備したらしい。
各班で目指すチェックポイントさえ違うが、山道は限られるため、各々があっち行ってこっち行って、と右往左往することになる。
エウリアスたちは地図を貰うと、そのまま山道に入って行った。
「いやぁ~、いいなあ。ここ。」
足取り軽く、山道を進むエウリアス。
緑の溢れた風景に、にこにこしながら歩く。
こうして山を歩いていると、ラグリフォート伯爵領を思い出す。
「浮かれすぎだぞ、エウリアス。そんなことではすぐにバテてしまうぞ。」
ただの山道を、うきうきしながら歩くエウリアスに、トレーメルが注意をする。
「すみません。どうも故郷の山を思い出してしまって。」
伐採のために山に入る時は、道さえロクにない斜面を登ったりしていた。
整備された山道なら、多少浮かれてもバテることはないと思うが、少し落ち着くことにする。
エウリアスは、山を遊び場にしていたこともあり、かなり山歩きに長けている。
そして何より、父ゲーアノルトからの無茶な課題に、こうして山を歩く課題もあったのだ。
領主の嫡男。いずれは領地を継ぐ者としての、覚悟を身につけさせる課題。
山狩りだ。
(跡取り息子に、山賊狩りなんかやらせるかね。)
その時のことを思い出し、エウリアスは苦笑してしまう。
当たり前のことだが、エウリアス一人で行うわけではない。
近隣領で山賊や野盗をしていた者たちがラグリフォート伯爵領に入り込んだ時、領主軍の一部を使い、退治に行かされていたのだ。
出張から戻って来るまでに片付けておくように、と。
エウリアスが指揮し、補佐に領主軍の隊長も付けられるが、やることは本当に山狩りそのもの。
エウリアスも現地入りし、直接領主軍の兵士の指揮をしていたのだった。
(
普通は鹿狩りとかじゃない?
まあ、
護衛として師匠もいたし、騎士隊も付いていたので、エウリアスとしては特に不安もなくやっていた。
そんなことを思い出しつつ歩いていると、最初のチェックポイントに着いた。
丁度いい頃合いなので、昼食もそこで済ませることにした。
昼食と言っても、背負い袋に入れられる糧食だ。
これからの六日間は、すべてが糧食だった。
自分で兎でも鹿でも蛇でも獲って、食べることは禁止されていない。
まあ、やれるものならやってみろ、といった考えなのだろう。
チェックポイントは回るし、疲労は溜まるしで、そんなことをやる余裕などないだろうけど。
糧食の中身は、すべて同じ物だ。
堅パン、燻製肉、酢漬け。以上。
こればかりは貴族だろうと平民だろうと、みんな同じ。
というか、平民たちに糧食を押し付けて、貴族だけで普通の食事を摂っていたら本気で恨まれるだろう。
食べ物の恨みとは、本当に恐ろしい。
戦場では、食べる物がしっかりあることは有り難い。
六日間同じ物でも、あるだけでマシだ。
そうしたことを身をもって教えるために、全員が同じ物を食べることになる。
「これから六日間も
「はは……。」
トレーメルの呟きに、エウリアスも乾いた笑いしか出てこない。
鉄板とは、堅パンの俗称だ。
そう言われるくらい、堅い。
口の中に水を入れながら齧らないと、歯が取れるとも言われる。
戦場のジョークに、食べ残した堅パンを胸のポケットに入れていたら、矢を防いでくれたなんて話があるくらいだ。
そんな、自分の聞いたことのあるジョークをトレーメルと言い合いながら、昼食を済ませた。
こうして、地獄の六日間が幕を開けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます